第17話 戦闘狂の戯れ


 俺はグライブ・ハーフランド。

 今リューゲンとムキムキのアルカナ3の男との戦いを見ている。

 リューゲンはアルカナゼロの割に異様に強いのはわかっていたが、まさかアルカナ3の相手をここまで翻弄出来るとは思っても見なかった。


「おらぁっ!!」


 男が剣を豪快に振る。

 多分だが《強化チャージ》を使っているんだろう、攻撃速度が半端じゃない。

 それなりに戦いを経験している俺ですら、太刀筋を見切れるかわからない。

 それでもリューゲンは、まるで未来予知をしているかのように回避している。

 さらに驚く事に、回避と同時に攻撃を仕掛けている。的確に身体へ拳を叩き込んでいるんだが、男もバカじゃない。

 地の神の加護を借りる初級魔法の《ディフェンシブ》を発動させている。

 奴の身体は緑の光が薄い膜のように身体中を包んでいて、その光が防御力を底上げしている。つまりリューゲンの攻撃はダメージになっていない。

 ちなみに、魔法が使えれば全ての属性の初級魔法は大体誰でも使える。

 魔法の属性は六属性。火・水・地・風・光・闇だ。

 火の神の加護は、相手の攻撃を無効化出来るが、無効化出来る回数は最大三回まで。

 対して地の神の加護は、約三分程効果が発揮する。

 緑の光がリューゲンのダメージを完全に殺している為、ほぼ無傷だ。


 しかし、リューゲンは打ち続ける。

 奴が剣を振り上げた瞬間、右脇の下を左拳で叩き、攻撃を回避した後に同じ箇所をもう一度。

 時には素早く二撃をその箇所へ攻撃していた。

 何故だ、ダメージが通っていないのに、何故その箇所を執拗に攻撃するんだ?


「グライブさん、本当にあの優男、アルカナゼロなんですか……?」


 俺を慕ってくれる仲間が呟く。

 それは俺も同様の感想だ。だが、事実だ。

 アルカナを持っている俺達はリューゲンに対して何も感じない。つまり、アルカナがないという証明なんだ。

 リューゲンは、スキルに頼らず、己の技術のみでここまで強くなったという事なのか。

 さらに魔法も使っている様子がない。

 もしかしたら、本当にすげぇ奴に出会ったのかもしれない。

 俺は仲間二人に叫んだ。


「お前達、この戦いをしっかり焼き付けろ! リューゲンは俺達に足りないものを持っている。少しでもいい、実力の一端だけでもいい、あいつから見て技術を盗め!」


 そう、あいつの技術を盗めたら、きっと俺達は強くなれる。

 上級冒険者になるのだって、夢ではない。

 俺達は、まだ先へ進めるんだ!

 仲間達もその事に気付いたようで、真剣になってあいつの戦いを見守った。















 ちくしょう、何なんだこいつは!

 俺の攻撃を全て涼しい顔して避けやがる!

 避けるだけじゃねぇ、避けると同時に攻撃も仕掛けてくる!

 しかもずっと右脇の下だ。

 地の神の加護を借りて《ディフェンシブ》を発動させ、ダメージは全てカット出来ている。出来ている筈なんだ。

 だがなんだ! 奴に打ち込まれる度に軋んだ痛みが出てきやがる。

 まだ我慢は出来るが、これ以上は食らい続けちゃいけない。俺の直感がそう訴えている。

 魔法を撃ち出すのに必要な魔力は、まだ充分にある。初級魔法は後六回は使用できるだろう。

 しかし問題は、そろそろ《ディフェンシブ》の効果が約一分程で切れてしまう事だ。

 効力がなくなったら、きっと滅多撃ちにされちまう!

 アルカナゼロに負けるなんて、冗談じゃねぇ!

 

(なら、ラフファイトで決めようじゃねぇか)


 今やってるのは、正面からの正々堂々とした戦いだ。

 俺が実力が足りてねぇのは俺自身がわかっている。

 足りない部分をどう補うか?

 卑怯と思われていてもいい、生き残った奴が勝者なんだよ!


「うおぉりゃぁっ!!」


 俺は左手に剣を持ち、渾身の突きを放つ。

 当然黒髪の優男は、最小限の動きで回避した。

 俺はそれを待っていたんだ!

 

 腕が伸びきった後、剣を瞬時に手放し、素早く奴の髪を掴んだ。

 何でも攻撃を避けていたこいつも、これは読めなかっただろうな!


「捕まえたぜぇ、ガキぃ!!」


 空いている右手を奴の腹に添えて、魔法を詠唱する。


「『炎の神よ、貴方の指をお借りします』」


 俺の詠唱に反応して、俺の掌が赤く光る。

 さぁ、火属性初級攻撃魔法の《ファイヤーボール》、完成だぜ。

 こんな至近距離だったら、いくら神憑り的な回避能力を持っていようと、腹に大穴が空くのは必至なんだよ!!


「食らえ、ふぁ」


「誰が、誰を捕まえたって?」


 突然寒気がする。

 そして右手首を奴が掴んできた。


わっぱよ、それは儂の台詞じゃ」


「わ、わっぱ!? 何俺をガキあつ――」


「捕まえたって台詞は、儂の方じゃよ」


 不気味な眼光に三日月のように歪んだ笑顔。

 何をされるのだろうか?

 大丈夫、まだ《ディフェンシブ》の効果が残っている。

 打撃に関しては何を食らっても問題ない。

 なのに、強烈に襲ってくるこの不安感はなんなんだ!

 

 そう思った瞬間、右手から激痛が走った。















 あの緑の光の膜が鬱陶しい、儂はそう感じていた。

 どうにかしてあの膜を対処できないかずっと考えていた。

 色々試してみた結果、ダメージは完全遮断されているが、衝撃は伝わっている事は確定した。

 なので、脇下にある《水月》という急所をひたすら叩いてみた。

 衝撃も緩和されているようじゃが、肋骨に衝撃によるダメージを蓄積していっているのは間違いない。

 後二撃で、肋骨を折る事が出来る筈なんじゃが。

 さて、大きな隙を見せたら肋骨を折ってやろう。


 すると、奴は突きを放ってきた。

 悪くない攻撃だが、これもまだまだ甘い。

 どうやら顔を串刺しにしようとしているみたいだったので、首をちょっと傾げて敢えてギリギリで回避する。

 すれ違い様、剣を持つ手が緩んでいるのが見えた。


(ん? 何か企んでいるのかの?)


 すると、儂の髪を掴んできた。

 おお、流石にそれは読めなかったわい。

 こやつは次に何をしてくるのかの?

 わざわざ剣すら手放してまでやってきたのじゃ、きっと渾身の一撃じゃろう。

 

「『炎の神よ、貴方の指をお借りします』」


 む、この詠唱は確か《ファイヤーボール》じゃったな?

 これは食らうと、先日の盗賊のように爆発四散するではないか!

 流石にそれは不味い!

 ならば、全力で阻止しよう。


「食らえ、ファ――」


「誰が、誰を捕まえたって? わっぱよ、それは儂の台詞じゃ」


「わ、わっぱ!? 何俺をガキあつ――」


「捕まえたって台詞は、儂の方じゃよ」


 こんな会話をした直後、儂は右手で奴の手首を掴み、左手で奴の中指を掴む。

 そして関節の稼働域とは逆の方向に曲げてやった。


 ポキリと、中指から乾いた音が聞こえた。


「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 奴は魔法の発動を中断して、儂から距離を取ろうとした。

 あらぬ方向に曲がってしまった指が非常に痛々しい。

 だが、これはまだ一撃目。儂の流派には二撃目が待っている。


 儂は奴の手首を引っ張って身を近づけさせ、そして左拳で奴の右肘を叩いた。

 完全に伸びきっていた奴の右腕は、儂の攻撃によって逆方向に関節が曲がる。


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 悲痛な叫ぶ声を上げる男。

 儂は手首を離してやると、あまりの痛みで地面にのたうち回っている。

 地龍の型の技である《砕破さいは》が決まった。先程の流れの通り、力一杯に関節に対して二度ダメージを与える技だ。

 ふむ、この技でほぼ儂の勝利で間違いない。

 じゃがなぁ、攻撃スキルを見ていないんじゃ。


 別に関節を完全に砕いた訳ではなくて、関節を外しただけじゃ。

 まぁ、痛みは走るが元に戻せるじゃろう。

 儂はまた奴の手を掴み、右肘と中指を元に戻してやった。

 しかしやはり痛かったようで、大声で悲鳴を上げた。


「大の大人がこの程度で喚きよって。ほれ、治してやったぞ」


「う、うぅぅぅぅ」


 うっ、泣いているではないか。

 全くみっともない。

 この程度で泣くなら、最初から大きい態度をするべきではなかったのじゃ。

 まぁ気を取り直してと、儂は落ちている剣を拾い、奴に渡した。


「ほれ、せっかく治してやったんじゃ。儂に攻撃スキルを放ってみよ」


「……は?」


「儂は気が短い。はよせんか」


「は、ははははは! 気でも狂ったか!?」


「さあの。昔はよく狂人と言われたのぉ。不本意じゃが」


 ただ儂は強さを求めているだけなのに、狂人とは失礼にも程がある。

 何をどう見て、儂を狂人と思うんじゃ。


「なら、早速俺様の必殺攻撃スキルを見せてやる!!」


 剣を掴んで立ち上がり、後方に飛んで儂と距離を取った。

 並々ならぬ気迫が、奴から放たれている。

 ふふふ、そうじゃ、それを儂に見せてみよ!


 久々の気迫に、身体が喜びに震えた。


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