ショートストーリー 2

第四部~

【3万PV記念】ハズバンズ・クラブ


 古竜の繁殖は、娯楽ではなく経済行為だ。

 大貴族の多くが、この繁殖を副業に資産をやしていることはよく知られている。中小貴族でもひと財産築き、そこから五公十家の地位まで昇りつめた家もある。


 そのような重大な関心事であるから、自然と繁殖の現場も厳粛げんしゅくなものになる――かといえばそんなことはなく、飼い主たちが雄竜に大真面目に声をかけてやっているなか、冷やかし半分に観覧している貴族もいる。

 フルートグラスを手に竜たちの交合を眺めているのは、オンブリアの竜王デイミオン。そしてその叔父で古竜の交配に詳しいヒュダリオンと、王の副官ハダルクだった。夏でも過ごしやすいタマリス、王都郊外の竜舎に、古竜と繁殖関係者が集まっている。


のほうが、楽だと思うんだがな」

 デイミオン・エクハリトスは堂々と卑猥なことを言うと、端正な顔に憂いをにじませた。「なぜ妻に嫌がられるのかわからん」


 王はどうやら――と前置くまでもないが――古竜の繁殖現場を見て、自身の性生活をふり返っているらしかった。

 女性たちが聞いたら噴飯ふんぱんものの発言だが、その場にはさいわい、男性しかいなかった。


「おまえは身体がでかすぎるんだ。その古竜みたいな身体でのしかかられたら、女性はおびえてしまうのだ」

 ヒュダリオンは、こちらも精悍せいかんな顔で堂々と言いきった。甥の図体をどうこう言えない体格の美丈夫である。


「大切なのは、メスを思いやる心! その点、レクサ号を見ろ。あれは首を甘噛みすることでメスへの服従を示しているのだ。でもメスへの気遣いを忘れぬ細やかな配慮。オスとしての、『あえて負ける』余裕。これが、メスを惹きつけるテクニック――」

 ヒュダリオンが得意げに話している目の前で、当のレクサは相手のメスから「シューッ」と威嚇されていた。レクサはその気迫におびえ、長い首をすくませて後ずさった。

 繁殖を担当する係の竜医師が、あわてて両者をくっつけようとしている。


「……」

「……」

「……」


 男たちは押し黙った。


「いやぁ、こりゃ残念、『タマリスの種竜たねうま』の古竜とくりゃガンガンいくかと思ったんですが。主人に似ず、意外な弱腰ですなぁ! ありゃメスにナメられとる。もっと腰をいれていかにゃあ」

 厩務員が卑猥な冗談をとばした。

 

 (その呼び名はやめて)とハダルクは思った。こほん、と空咳をして気まずさをごまかす。

「ま、まあ、『あえて負ける』余裕については、閣下の言に私も賛成ですね。夫婦円満の秘訣は、夫の譲歩にあり、とも言いますし」


「それは骨身にしみている。ちょっとしたことで、すぐ機嫌を崩すんだ。こっちが折れないといつまでも不機嫌だし」

 デイミオンはため息をついた。「昨夜も、夜着をちょっと破いたくらいで……」


「それは……陛下のほうに非があるのでは?」ハダルクはうろんな目で王を見た。

「破かれたくなかったら、なんであんなに扇情的なふうに作るんだ! 紙みたいに薄いんだぞ。身体が透けて見えて……」

 デイミオンは男性らしい美貌を野卑にゆがめ、指先を近づけて「紙のような薄さ」を示した。

 ハダルクはあきれかえり、ヒュダリオンは顔を赤くした。

「しかも、『夜着くらい何枚でも仕立ててやるから、続きをしよう』と言ったらまた怒るんだ。『デイのそういう、お金で解決しようとするところがイヤ』とか言って。俺は譲歩したのに」

 怒りが再燃したらしく、デイミオンはグラスの中身を一気にあおった。緑がかった白の発泡ワインは、やけ酒にはもったいない高級酒だったが、王に苦言できる者はいない。


「その……女性心理としては、色っぽい下着で夫の気を引きつつも、『かわいいね』『君に似合うよ』などと褒められたくもあり、下着そのもののかわいさにも着目してほしいなどといった感性があるように思われます」

 ハダルクは、長い結婚生活でつちかった考察を披露した。


「あれは、ほんとうに正解がわからんよなぁ」ヒュダリオンが遠い目になった。「服を褒めればいいのか、本人を褒めればいいのか? かといって冷静に評すると『もっとがっついてほしい』などと要求されることもあり」

 理不尽だ。ヒューは中年夫の悲哀をにじませつつ頭をふった。


「そんな器用な真似ができるか」デイミオンは一蹴いっしゅうした。「こっちは切羽詰せっぱつまってるんだぞ」

 小姓がワインをそそぎ、王はさらに口をつけた。苦々しい顔になったのはワインのせいではなさそうだ。

「下手に出てさんざん機嫌をとって、明け方にようやく一回……」

 だが、その『一回』の内容を思いだしているらしく、青年王の口もとが緩んだ。年長の二人は顔を見あわせ、処置なしというふうに首をふった。



「この十年でよくよく分かった。結局、リアの機嫌しだいなんだ。妻の機嫌が悪いと、なにひとつできない」

「さよう」思い当たるふしがあるのか、ヒュダリオンも賢者のような顔になった。「すべては妻の機嫌次第だ」


 どうやら、結婚生活についての二人の意見が合致したらしかった。ハダルクとしても異論はなかったので、深くうなずいておいた。


 すべては妻の機嫌次第、それが夫たちの結論である。






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