濡れる
冠梨惟人
草稿
目の前をいく女性は淡い桃色のワンピースを着ている。
花柄のレースをあしらった濡れるスカートのはしを押さえるようにして、地下鉄の駅から続く階段を歩いていく。
後ろからでも、可憐という言葉が似合うと印象を受けてしまい、先を歩く若い女性が気になった。
惚れっぽいか、手痛い裏切りで女から別れを告げられたばかりというのに。
湿った階段を踏む足が重いのは、飲めない酒を飲み込んで優しかった想い出を吐き出したからだけでもない。
折り曲げたズボンの裾先をかすめるように巻き上がった突風が、真っ赤なパラソルの銀色の骨組みを裏返すと、白いものが目に飛び込んで咄嗟に顔を背けた。
昨日まで肌着に白を好む女は信用出来ると疑わなかった。心の片隅に結婚を考えた。
裏返ったパラソルを両手で握りしめている濡れた横顔を見つめた。
一目見た顔に心がもう、揺らされる。
美というものはそれだけで罪。
罰は与えられないか、それだけ思う。
壊れたパラソルを片手で握ると、若い女性は濡れながら走り出した。
見つめていた横顔が遠ざかる。
階段の出口でかざし開いた折畳みから落ちるものに、頰は濡れる。
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