ドライフルーツとお酒と①

何だかんだあって、やっとアヴィに帰って来れたのは昨日の夜の事だった。

お父様やお母様、それにマリアンナや邸の使用人の皆の顔が見れた時は心の底から嬉しかった。

王都への往復を含めて、一週間位しかアヴィの邸から離れて無かったと言うのに、何年も離れていた様な気がする。


まあ、何だかんだで濃い一週間だったから余計にそう思ってしまうのだろう…。


王都でお兄様の入学の準備をしながら、美味しい物を食べたり飲んだりしながら、ゆっくり観光するつもりだったのに…。

ナンパをされているサイラスを助けてから事態が急変した。

それにより突然発生した、お兄様のバッドエンド回避の為に、サイラスに先制攻撃を仕掛けたら…彼の復讐を手伝う為、行く予定の無かったエルフの里まで行く事になってしまった。


そこではクリス様の婚約者(仮)に扮しーの、サイラスのお母様の隠された指輪を見つけーの、睡眠薬入りのスーリーのジュースをエルフの長達に盛りーの、擽りの拷問を仕掛けーの等と…色々な事があったが、最終的には何とか解決する事が出来たので本当に良かったと思う。

後は彼等の歩み寄りと時間が解決してくれるだろう。頑張れ。


これでサイラスは、色々な柵から解放されたのだから、お母様の最後の言葉の通り『自由に生きて欲しい』が、是非とも私に関わらないで勝手に生きて行って欲しい。


成り行きで手伝う事にはなったが、私自身はサイラス含めた攻略対象者に近付く事を今でも良しとは思っていない。


そうは言っても…ミラはアヴィ家に住んでるし、クリス様とハワードはダンジョン探索で一緒だし、サイラスは普段は辺境に住んでいるとはいえ、辺境伯の手伝いしている限りはどこに現れるか分からない。お兄様は仕方無いとしても…。

何だかんだで、皆私に近い所に居るな…。


もういっその事、彼方まで出て来てしまえば良いのに。彼等は、彼方と魔物討伐の旅に出る事になるのだ。

そしたら、彼方に全てを任せて(押し付けて)、私はのんびりとお酒とリカルド様の為に生きる事が出来る筈なのだ。



「あー。お酒が飲みたい…。」


私は現在、自分の部屋にあるソファーに座り、一人で紅茶を飲んでいる。

一口分の紅茶を飲み込み、大きな溜息を吐きながら天を仰いだ。


早くお酒の飲める年にならないかな…。


最近は…

『アイスクリーム』、『アイスクリーム』、『アイスクリーム』…と、そればかりだ。


私が広めたいのはアイスクリームでは無く、お酒だと言うのに…何でこうなった。


それは確実にアイスクリームの信者達による普及活動に他ならない。

隙あらば『アイスクリーム』の話題を捩じ込んで来るから、私が作る事になる。


『作らなければ良いじゃないか』って?


お兄様の瞳に抗える位なら、とっくに作ってはいないだろう…。

私だってアイスクリームは好きだし、色んな人の間に広まってくれるのは嬉しい。街中で気軽に食べられる様になったら、それはそれでまた嬉しいしね。


でも…アイスクリームじゃ、私の《お酒欲》が収まらない。


…もうちょっと、こう……子供でもお酒を楽しめる方法とか無いかな。

直接飲むのはアウトだけど、何かに入っていればアルコールは多少薄まる。



アルコール入りの美味しい物…。


サヴァランは駄目だろうし…、他には…ケーキ、焼き菓子、アイスクリーム…。


ふっ…。ここでアイスクリームが出て来るとは、私も信者達に影響されている様だ。


遠い目をしかけて、我に返る。



…あれ?でも、ちょっと待ってよ。


アイスクリーム!良いじゃないか!!


アルコール入りのアイスクリームと言えば

『ラムレーズンアイス』だ。


これなら、子供でも合法的にお酒を摂取出来るじゃないか!


思い立ったら、善は急げだ。


私はティーカップをテーブルの上に置いて、急いで厨房に向かった。





*****


トントン。

ノックしてから、調理場のドアを開けようとすると、中から誰かが開けてくれた。


「あれ?シャルロッテお嬢様。どうかしましたか?」


ドアの近くにいたのはノブさんだった。


ノブさんは、アヴィ家にいる三人の料理人さんの内の一人で、魔術の使える貴重な人材である。

確か、25歳の独身。茶色の瞳に赤茶色の髪の、ひょろっと細長い青年だ。


以前、教えた炭酸水も、時短アイスクリーム作りもノブさんは完璧にマスターしたらしい。

最近では、デザート担当として、日々の夕食の締めを彩ってくれている。


「ノブさん、こんにちは。ちょっと試したい事があるのですが、調理場お借りしても良いですか?」


「勿論、それは構いませんが…もしかして、新しいアイスクリームですか?」


私を中に招き入れる、ノブさんの茶色の瞳がキラリと光った。


…何故分かる。


「え…あ、はい。そんな感じです。」


私は軽くというか…かなり引き気味に答えた。

そう言えば、ノブさんもアイスクリームの信者だったな…。


「手伝わせて下さい!!」

「お断りします!!」


即答で切り捨てる。


「どうしてですかぁ…。」

二十五歳の男がアイスクリーム位で号泣するな…。

もう…。仕方無いな。


「はいはい。冗談です。私には分からない事が多いので、手伝って貰えると凄く助かります。」


そう言ってニコッと笑うと、泣いていたノブさんの顔が一瞬でパアッと明るくなった。


「はい、喜んで!!」


単純。と言うか、そんなにアイスクリームが好きなのか…。


私は色々と諦める事にした。


「ドライフルーツってありますか?後は、お菓子とかに使うお酒とか。」


早速、尋ねてみるも…。


「ドライフルーツって何ですか?」


…この世界にドライフルーツは無いらしい。

焼き菓子が主流な世界なのに勿体無い。


逆にそれだけ生のフルーツが手に入りやすいから、ドライフルーツにすると言う発想が生まれなかったと言う事かな?


ふむ。無いなら作るしかない。


「フルーツは何がありますか?」


「今日の分はこちらに。」


ノブさんに案内されたテーブルの上には、色とりどりのフルーツ達が沢山並んでいた。


「味見をしても良いですか?」

「はい。どうぞ。」


この世界のフルーツは、見た目だけでは味が分からないのだ。


リンゴの形をしたみかんを食べなくても、みかんだと気付けるか?と言う話だ。


ラムレーズンと言えば葡萄だけど…。


先ず、紫の葡萄の形をした、フルーツを一粒摘まんで味見してみる。


プチっと弾ける果実。

…この味は桃だ。


「それはモスクですね。」

ノブさんがニコニコしながら言う。


桃のドライフルーツ。食べた事は無いけど、美味しいと聞いた事がある。形も葡萄の様だし、これは決まり!


そう思いながら、次に選んだのはこれ。

黄色いレモンの様なフルーツに手を伸ばすと、ノブさんが食べやすい様に切ってくれると言うので、お言葉に甘えて切って貰う。


櫛切りにカットされた、レモンの様なフルーツ。レモン独特の酸っぱい味を想像しながら恐る恐る口に運ぶが…。


…酸っぱくない。


これはパイナップルの味だ!

熟れたパイナップルの様で、甘くて美味しい。


「レップルです。美味しいですよね。」


私はノブさんに同意する様にコクコクと頷いた。


これもドライフルーツにする候補に入れておこう。



次はオレンジ色の杏の形をしたフルーツに手を伸ばす。それを半分にカットして貰い、パクッと齧り付く。


…これは。


「それはアーマスですね。」


葡萄だ!!


これでラムレーズンが作れる。


後は肝心のラム酒だけど…。

お酒の少ないこの世界に果たして存在するのか…。

無かったら作るしかない…か?


ラム酒の原料は確か…サトウキビだっけ。

材料があれば作れるかもしれないけど…。


「ノブさん、ラム酒ってありますか?」


「ラム酒?聞いた事無いですね。何に使うんですか?」


「お酒として飲んだり、お菓子とかに使ったりするお酒なんですが…。」


そうか。無いのか…と、諦めかけた時。


「ラム酒は知りませんが、菓子類に使う《メイ》と言うお酒はありますよ?」


《メイ》?


「見せて下さい!」


透明なビンに入ったメイ酒は、カラメル色をしていて、独特の甘い匂いがした。


おお…これはラム酒だ。


ラムレーズンを作る際に何度か嗅いだ物と同じ匂いがする。


「…メイ酒って普通に飲んだりしないのですか?」


「メイ酒をですか…?」

不思議そうに、ポカンと口を開けるノブさん。


ラム酒は普通に飲む事が出来るが…この反応だと、メイ酒はで飲んだりしない物なのだと分かる。


「いえ…。メイ酒とさっきのフルーツを使っても良いですか?」


「はい。どうぞ。」


ノブさんに手伝って貰って、隅にある調理台に材料を持って移動する。

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