王都へ⑤
お城の侍女さん達に手伝って貰って、お兄様にプレゼントして貰ったドレスに着替える。
縦ロールの髪の毛は丁寧に薄紫色のリボンと一緒に編み込まれたシニヨンに。そこにドレスの刺繍と同じ紫色の小花と白の大小の花を散らして、全体を華やかに仕上げてくれた。
やっぱり、王城の侍女さん達は一味違う。
勿論、アヴィ家の侍女さん達だって最高だけどね!
全ての用意が終わると、侍女さんが晩餐会の会場まで案内してくれた。
既にお兄様は到着していて、私をエスコートする為に中に入らず待っていてくれた様だった。
お兄様は私をジーッと眺めた後、
「良く似合ってるよ。シャルロッテ。」
そう言って、蕩ける様な甘い笑みを浮かべた。
「お、お兄様の見立てが良いからですよ!」
私は、真っ赤に火照る顔を隠す為に、お兄様の腕にギュッとしがみ付いた。
そんな私の態度を、クスクスと笑って見ているお兄様は、絶対に私をからかっている。
もー!褒められ慣れてないの分かってるくせに!!
ぷぅっと頬を膨らませると、
「ほら。行くよ?」
お兄様は指で私の頬をつついて膨らみを潰した。
私は余所行きの顔を作り、扉が開けられるのを待った。叔父様とはいえ、国王達に会うのだから緊張しない訳が無い。ギーッと扉が開かれ、ドキドキした気持ちのまま私達はゆっくりと中へと進んで行った。
華やかなシャンデリアの下には、大きな円卓が置かれていた。今日は円卓での晩餐になる様だ。そこには、既に国王夫妻とクリス様が着席している。
私達は入口付近で一度立ち止まる。挨拶をする為にだ。
「本日はお招きにあずかり光栄の極みです。」
お兄様が右手を胸に当て忠誠を示す礼をする。それに合わせて私もドレスの裾を掴み、最上級者への礼をした。
すると、ユナイツィア王国の国王であり、私達の叔父でもあるチャールズ様がその場で立ち上がり、私達に向かって両手を広げた。
「良く来た。堅苦しい挨拶はそこまでで良い。ルーカス、シャルロッテおいで。」
私とお兄様は促されるままに、叔父様の元に向かう。
入口から一番遠い上座には国王である叔父様が座り、左横にはシルビア様。シルビア様の左横に私。叔父様の右横に、お兄様、クリス様の順番で座っている。
「シルビア様、お久し振りです。」
ニコリと微笑む私に、
「良く来てくれましたね。シャルロッテ。貴女の活躍はクリスから聞いてますよ。」
シルビア様は隙の無い完璧な笑みを浮かべた。
「クリス様…?」
チラッとクリス様の方に視線を向ければ、何故かクリス様が怯えだした。
「へ、変な事は言ってない!!シャルの強い所を話しただけだ!!」
…私はそんなに怖い顔をしているのだろうか。ただ、見ただけだと言うのに。
思わずペタペタと自分の顔を触ってみる。
「ふふっ。シャルロッテのそういう顔はジュリアそっくりね。お父様とお母様はお元気かしら?」
「はい。お母様は相変わらずですよ。お父様は…懲りない人です。」
「まあ…!エドワードも変わり無い様で何よりだわ。」
クスクスと笑うシルビア様は少女の様に可愛いらしい。
私達は談笑しながら、暫く晩餐を楽しんだ。
デザートの一つとして《シャロン》が出で来た時は歓喜した。まさか
シャロンはマカロンに似た食べ物だった。外側はサクッとしていて、中はしっとりモチモチで、滑らかなクリームが挟んであった。
あまりの美味しさに続けて五つ程食べたら、お兄様や叔父様達に笑われた。
『食べ過ぎるとシャロンになっちゃうよ』って。
美味しいから良いんだもーん!
アヴィ家の皆のお土産は、シャロンにしよう。そうしよう。
多めに買って自分でも食べるんだー!
美味しいお菓子が食べられて、気合いは充分に入った。景気付けにお酒も飲めたら最高だけど、飲めないから仕方無い。
さて、最悪の結果を回避する為の行動を始めようか。
*******
お腹がいっぱいになった私は、一足先に晩餐会から離脱する事にした。本日の宿泊場所である客室へと侍女に案内してもらうのだ。
私が一人にならなければ、サイラスは出て来ないだろう。
出て来ないならそれでも構わない。
私が部屋を出て行くのを、ずっと心配そうに見ているお兄様。
私はそんなお兄様を安心させる為に、精一杯の笑みを浮かべて見せた。
近くの客室に案内される筈なのに、侍女はどんどん先に進んで行く。
この侍女はサイラスの仲間なのだろう。
きっと案内された先にサイラスが居るのだ。
さて、罠に掛かったのは、果たして私かサイラスか…。
「シャルロッテ様。こちらです。」
侍女がカチャッと扉を開け、私を中に促す。
私が中に入ったと同時に閉められる扉。後ろには既に侍女の姿は無い。
ここは…パウダールーム?
「今晩は~。シャルロッテちゃん。」
やはり、サイラスが待ち構えていた。
昼間のヒラヒラでフリフリなロリータファッションではなく、王城への侵入の為なのか、侍女のお仕着せを纏っている。
変装してるつもりかもしれないけど、エルフの侍女なんてそうそういないからね!?
「今晩は、サイリー様。それとも、サイラス様とお呼びしますか?」
ニコリと微笑む私に、サイラスは驚いた様に目を丸くした。
「私がいる事に少しも驚かないのねぇ~?」
「はい。想定内ですから。」
「…じゃあ、私がこれからしようとしてる事も知ってるって言うのぉ?」
「勿論。」
私は悪役令嬢さながらの冷笑を浮かべた。
「サイラス様。私は、私を含めた皆が幸せに生きる事だけを望んでいます。」
サイラスに向かって歩みを進めれば、不穏な空気を察知でもしたのか、サイラスは私を見据えたまま黙って一歩後退した。
「平和的な理由で私を利用するだけなら良い。そうではなく…最悪の状態に関係の無い人達まで捲き込むのなら許さない。」
言いながら自分の後頭部に手を回し、そこから大きめな白い生花を二本抜き取る。
「…何を…?」
困惑しているサイラスの問いには答えない。
「この二本の花は貴方の運命です。」
左手で持った花に右手を翳す。
「先ずは…。」
サイラスには聞こえない位の呟きを口にすれば、一本目の白い花は業火に焼かれた。
一瞬で燃え尽き、灰も残らない。
「次は…。」
また小さな声で呟けば、二本目の白い花は一瞬で凍り付いた。
顔面蒼白になったサイラスは、歩みを止めない私に壁際まで追い詰められる。
「綺麗ですよね。コレ。」
手の中にある凍った白い花をサイラスに見せつけ、その後でグシャリと握り潰す。
粉々になって、指の隙間からこぼれ落ちる花弁。
「ほら。もっと綺麗になった。」
サイラスの目の前で、パラパラと全ての花弁を手の中から落とす。
「これは警告です。炎に焼かれ灰も残らない運命か…凍り付いた後に粉々にされる運命か…。どちらがお望みですか?」
お兄様と立てた作戦。
それは【先手必勝】だ。
腹黒サイラスだが、実は攻められる事に弱いのだ。
今回の事の様に、サイラスの想像を上回る事を先にしてしまえば、サイラスは動けなくなってしまう。
しかし、これは賭けでもあった。サイラスが私の事を何処まで調べているか分からなかったからだ。
結果的にセーフだったが、私の性格まで調べられていたらアウトだったかもしれない。
自分で言うのも難だけど…私は破天荒で斜め上の行動を取る事が多いけど、お兄様の様に私の行動パターンを把握してしまえば分かりやすいのだと言う。
まあ、サイラスの目的は私のチートさんだからね。
魔力が高いだけの令嬢だと思っていたら、痛い目を見るよ?エヘッ。
「どうして…邪魔をするんですか…。」
サイラスは崩れ落ちる様に座り込み、ガックリと項垂れた。
お姉さんを装う事はもう出来ない状態らしい。言葉遣いが元に戻った。
「邪魔?私を捲き込もうとしたくせに、よく言えますね?」
こっちはお兄様の命が掛かっていたかもしれないんだ。
必死になるに決まっている。
「私はただ…あいつらに知らしめてやりたかったんです。圧倒的な力の差と言うもので…。」
「そんなのは自分だけでやって下さい。迷惑だ。」
今回の私は被害者側の立場なのだから、文句位は言わせて貰う。
…しかし、正直サイラスには同情をしている。
長寿であるエルフの母を精神的に追い詰め、死なせた同胞達。サイラスは理不尽な行いを受けて母を亡くしたのだ。
そして私は…和泉は、理不尽に殺された。
家族に残された者と残して来た者。
「…誰も傷付けないと言うなら協力しても良いですよ。」
私は深い溜息を吐いた後に、ニコリと笑う。
「…っ!!」
「…その顔は何ですか?協力しませんよ?」
人を化物を見る様な顔で見るなんて失礼だ。
プンプン。
お兄様を意識して作った表情だというのに、お兄様に失礼じゃないか!!←
「こんなの…最初から制御出来る訳が無かったんだ…。」
サイラスは絶望の表情を浮かべ、自分の顔を両手で覆った。
こんなのとは何だ!
…公爵令嬢を捕まえて失礼な。
「シャルロッテ!!ここに!…居たの…?」
ガチャっとパウダールームの扉を勢いよく開けたお兄様は、私とサイラスを交互に見て止まった。
お兄様は私の魔力の波動を感じ、急いで来てくれたらしい。
「…終わった?」
「はい。ポッキリ折りました。」
私はエアーで長い棒を折る様な仕草をしてみた。
「そうか…。じゃあ、取り敢えず場所を変えようか。」
苦笑いを浮かべるお兄様の提案を受け、パウダールームを後にした。
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