第60話 失ったもの、護り抜いたもの
「――伊東衛太郎。これはアナタにだけの通信。アナタの腹部へのダメージはナノマシンで現在四割ほど治癒している。アナタは本当に運がいいわ。本来なら致命傷だけど、今回も小腸以外へのダメージはほぼなかったんだから。……だけど、まだ動いては駄目よ。それと、幸には悟られないように気をつけて」
「……お、おう」
それにしても、あのときにミユキからもたらされたナノマシンだけでここまでのことができたのか?
「……ん?」
何とは無しの違和感を憶えた。あまりに自然だったので、全然気付かないところだった。
スマホも持っていないのに、ミユキの声が聞こえるってのはどーゆーことだ?
「なぁ、幸。俺にも<STARS>のミユキの声が聞こえてくるんだが……」
「……えーっ!」
幸が素っ頓狂な声を上げていた。俺だって上げたいくらいだ。
「――ああ、報告が事後になってしまったわね。幸はさておき、伊東衛太郎のナノマシンは総数が少なかったから、出血して失われる赤血球からヘモグロビンを抽出分解して、ヘム鉄からナノマシンを合成して補ったの。その際、一部を幸と同じように聴神経に配置させて頂いたわ――」
俺までミユキとエア友人になっちまったのか……。
「わぁ! 何だか嬉しいなぁ。おにーちゃんとわたしが一緒なんて。……お揃いだね! ……って、それはいいけど、ミユキ? おにーちゃんの右腕はどうにかならないの?」
「――何とかしてあげたいのは山々だけど、残念ながら右腕の再生は不可能。申し訳ないけど」
トカゲやイモリの尻尾じゃないんだから、当たり前だ。……だが、利き手が無くなってしまったのは、いくら幸を護りきったことの勲章だとしても、手痛い代償だ。
だが、美咲のことで自殺しそうだった俺を救ってくれたのも、それが深刻な
そう考えれば、右腕一本で済んだのはある意味ラッキーだ。
「……そんなぁ。いくらわたしを護った勲章って言ったって、右腕が無くなっちゃうなんて、あんまりだよぉ……」
半べそになりながら、震える幸の手が俺の失われた部分に触れた。
「ンなことねーよ。腕一本じゃ足りないぐらいのことをお前は俺にしてくれたんだからな」
「……えっ? わたし、何にもしてないよ?」
「いいや。……お前は美咲のことで死のうとした俺を止め、美咲のことをしばらく思い出さないように『おまじない』を掛けてくれただろ?」
「……おにーちゃん……思い……出したの?」
「ああ。……それにな、さっきぶっ倒れていたとき、その美咲にハッパ掛けられたんだよ、『幸おねぇちゃんを助けてあげて!』ってな」
「――!」
幸が目を丸くした。そりゃそーだ、死んだ妹にハッパ掛けられるなんて、どんな心霊現象だよ。
恐らくは俺が都合いいように自分で作り上げた夢であり幻聴だろうが、それならそれでいい。
「……俺はもう大丈夫だ。今迄、色々と気を遣ってくれてありがとな」
「おにーちゃん……」
幸は俺の親父やお袋を始め、タカ姉や俺に関係する人たちに美咲のことを思い出させないように言い含め、その人たちも俺と俺を気遣う幸に心を砕いてくれたに違いない。
それは本当に大変だったろうし、本当にありがたかった。
だからこそ、俺は生命に変えても幸を「妹」として護り抜こうとしたんだ。
霧笛が鳴っている。
それに混ざってこちらに向かって駆けてくる足音があった。
「――土岐博士が接近中。二人とも無事なのは、既に連絡済みよ。……どうやら、シルフィア・シルフィードは撤退したみたい」
シルフィアが撤退? ……そうか、奴は幸が転落死したと思い込んだんだ。
「二人とも、本当に無事なのね? ……衛太郎クンは無理しすぎだよ! 重力子盾が働いてくれたからよかったようなものの、作動してなかったら……うう、考えただけで寒気がするよ」
土岐さんは自らの肩を抱いて、大袈裟に震えてみせた。
「ええ、俺もどうして生きているのか不思議なくらいです」
右腕を失い、未だに腹には穴があるはずだけど、生命があるだけめっけもんだ。
「幸ちゃんも大丈夫? MIJUCIは完全に回復したみたいだし、キミの視覚システムが完全であれば、オッケなんだけど」
「……はい! 大丈夫です!」
「けっ! 無理しやがって!」
ちょっと引き攣りながらもにっこり笑う幸に、突っ込みを入れる。
「そ、そんなことないもん! ……おにーちゃんだって、ちゃんと動けない癖にぃ」
幸の頬がぷぅっと膨れる。
やっといつもの俺たちが戻ってきたような気がした。
相も変わらず霧笛が鳴り続けている。
さっきと同じものが、俺には事態の終焉を告げる合図に聞こえた。
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