第57話 死んでたまるか!

「……うっ」

 頭が……痛い。

 薄ら開いた目に入ったのは、転がっている俺の腕だった。

 血にまみれ、何かを掴むように手が閉じかかっている。

 幸を掴み損なった無念さが滲んでいるように見えた。

 そう、幸に腕を伸ばし、掴もうとしたところをポジトロン・ブラスターで切断され、俺は気を失った。だが、今は痛みが和らいでる。出血も止まっているようだ。これも、ミユキの置き土産――沈痛治療用ナノマシンのお陰だろう。

 その向こうでは、土岐さんが幸と越智仁美――シルフィアを相手に戦っていた。

 三人が入り乱れる乱戦模様の為か、ポジトロン・ブラスターは飛んできていない。

 だが、土岐さんは二人の攻撃を避けるので手一杯のようだ。

 どれだけ気を失ってたのかは分からんが、幸もシルフィアも俺が死に損なったことには気付いていまい。

 タイミングを見計らって、乱入すれば――

 とにかく、幸にこれ以上人を傷付けさせてはいけない。犠牲になるのは、俺とタカ姉の二人で十分だ。

 手を付いて起き上がった――つもりがバランスを崩して立ち損なう。右腕がなくなっているのを忘れて、右手も付こうとしていた。

「まだ俺は死んでねーぞ!」

 地べたを這いずったままで叫ぶ。

 土岐さんに執拗な攻撃をしていたシルフィアの動きが止まり、呆れたように微笑んだ。

「……本当にしぶといのね。流石はゴキブリくん。でも、左手一本でどうするの?」

「衛太郎クン!」

 土岐さんが安堵の声を上げたかと思うと、一瞬の隙を見せたシルフィアに左腕を叩き込む。

 ドゥン――低く鈍い音がしたが、シルフィアは寸でのところで跳び退っていた。

「危ない、危ない。……アナタの左腕、衝撃砲ショック・カノン内蔵でしたわね? ……佐寺幸、伊東衛太郎に止命をさしてあげなさい!」

 幸が俺に向いた。

 俺は幸を前にして、ようやく立ち上がった。

「……ああ、そうそう。さっきはあんなこと言ったけど、本当は佐寺幸は最重要検体なの。この子のお陰で、遠隔操作兵士リモート・コントロール・ソルジャーの研究は一気に進むわ。アナタとの戦いは実験テストケースとしては最適よね。……さぁ、心置きなく、『兄と妹』で殺し合いなさい。……まぁ、『おにーちゃん』は二人目の妹には手も足も出せないでしょうけど」

「……」

 口から言葉が出る代わりに、こめかみから汗が出る。

 無言のまま俺に詰め寄り、拳と蹴りを繰り出す幸。

 潜在能力を全解放しているその動きは鋭く、一撃も重い。幸を攻撃するつもりはないが、そうじゃなくても左腕一本じゃ反撃なんかはできず、防戦一方だ。重力子盾は稼働しているものの、これだけの連続攻撃では、それほど役に立ってはいない。今のところデカい一撃は喰らっていないが、ダメージがない訳じゃない。ちりも積もれば何とやら、だ。

「痛っ……」

 顔目掛けて飛んできた幸のハイキックが、途中で軌道変更して腹にめり込む。

「ぐぁっ!」

 俺は屋上端にまで飛ばされそうになり、その途中で何かに躓いて、後ずさるように転んだ。

 だが、これはある意味、助かったのかも知れない。俺のすぐ後ろの柵はさっきのポジトロン・ブラスターで溶けてなくなっていたのだ。

「あっぶねぇ……」

 今更ながらに別の冷や汗が噴き出した。転んでなければ、落下おちてたのか。

 しかし、一歩下がれば落ちることには変わりない。

 どちらにしろ危険な状況からは脱していなかった。

 俺に立ち上がる隙も与えずに、幸が肉薄する。

 向こう側では土岐さんがシルフィアに左腕を構えながら駆け寄る。

「いっくよーっ!」

 その声にシルフィアは防御の姿勢を取った。

 しかし、土岐さんの腕は正面のシルフィアから右側の屋上入口の上に向けられる。

「――?」

 次の瞬間、土岐さんの腕からワイヤー・アンカーが発射され、入口部分の上にあるアンテナ支柱に巻き付いていた。

「衛太郎クン! あと十五秒持ち堪えて!」

 そう言った途端、土岐さんの身体がワイヤーに引っ張られて、屋上入口の上に降り立つと、間髪入れずにエア・キーボードを稼働し始めた。

「しまったっ――」

 シルフィアの目が大きく見開かれ、土岐さんに向けて拳銃を乱射する。しかし、それらは全て重力子盾に阻まれていた。

 その間にも幸は拳と蹴りを連続して浴びせてくる。

 敢えて、蹴りを受けて立ち、腹目掛けて真っ直ぐ突き刺しにきた貫手を左手で受け止めた。

「いい加減、目を醒ませ! 幸!」

 そのとき――

「オッケ! MIJUCI再起動! ……衛太郎クン、もう大丈夫だよ!」

 土岐さんの歓喜と安堵の叫びに、幸の動きが止まった。

 これでやっと、幸が戻ってくる! 俺は幸をスパイラル・エンタープライズから護ったんだ! ……やったぜ、タカ姉!

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