術殺機兵群

饗庭淵

序章

狂王の憂鬱

「この世界は、僕が滅ぼすはずだったのに」


 廃墟となった都の真ん中で、瓦礫に座り、男は一人ため息交じりに呟く。



 彼もかつては「王」だった。

 生まれながらに彼は高い魔力を有していた。赤子のとき、すでにそれは暴風であり、ひとたび癇癪を起こせばそれは災害であった。そのために、貧しい一軒家の屋根は吹き飛んでしまった。

 幸いにも彼は賢明だった。その惨状を目の当たりにして、赤子ながらに彼は悟った。

「力あるものは闇雲に力を振るってはならない」「その力を弁えねばならぬ」

 彼は泣き止み、嵐は嘘のように静まり返り、その後は両親の愛を受けすくすくと育った。

 彼は生まれながらに「王」たる資質も備えていた。


 やがて成長し、学童となり、彼はその暴風のような魔力を内に秘めながら静かなる知性をもって常に級友たちの中心に立っていた。どんな悪童も彼には逆らえなかったし、逆らおうという気持ちさえ芽生えなかった。

 彼には人を惹きつける才能があった。彼に従いさえすれば安心だという確信があった。

 彼は共同体に秩序をもたらした。


 彼には力があった。この力さえあれば世界はなにもかも思いのままだ。そんなふうに妄想していた時期もあった。

 生まれ落ちて十年。なに不自由のない生活を送りながら、彼は過度に自我を膨張させなかった。なにか直接的なきっかけがあったわけでもなく、推論によって彼は自身の力にも限界があることを知った。

 たとえば、自身と同程度の魔術師はこの国だけでもどれだけいるのだろう。

 それがたった一人存在しただけで、「世界を思いのまま」にするという企みは頓挫する。

 そうでなくても、組織化された有能な魔術師集団にも対抗できるかは怪しい。そして国家は、そのような集団を確実に擁している。

 誰に聞かされたわけでもなく、彼はそう理解した。


 だから彼は圧倒的な力を有しながらも傲岸にはならなかった。

 一人の力には限界がある。だからこそ民を従え、組織としての力が必要になる。

 彼はやがて独り立ちし、国を築きはじめた。彼に惹かれた人々が、さらに人々を引き連れる。

 そうして共同体はみるみる大きくなっていった。


 彼は優れた「王」だった。

 民の声に耳を傾け、自らの能力を弁え、組織を編成し、統率し、理想の国家を築き上げていった。貧しき人々、力なき人々に希望の光を与え、導いていった。老いも若きも誰もが幸福を享受していた。

 他国からの承認がなければ正式な「国家」とは言い難い。ただ、それも時間の問題に思えた。

 新興国の独立など既存国家からすれば許しがたい事態ではあったが、気づいたころにはもはや容易く排除しがたいほどにその国は「力」を持っていたからだ。


 しかし、ある日、彼は気づいてしまった。

「なんのためにこんなことをしているのか」

 彼はこれまで「できるから」そうしてきた。「そうしなければならないから」とそうしてきた。

 生まれながら力を持ち、人を惹きつける才能があった。彼は自然に人々の中心に立ち、指導者となり、「王」となった。

 そこに彼の意思は存在しなかった。

 善政を敷き、人々に愛されながら、彼は支配に飽いていった。


 彼には「王」になる資質があった。

 だが、彼には「王」を続ける資質がなかった。


 彼は。ゆえに、彼はその日すべてを壊した。

 嵐の中心はただ静かに、なんの感慨もなくただ殺し、ただ壊した。

 民を皆殺しにし、築き上げた都を瞬く間に滅ぼした。

 彼にはそれだけの力があった。



 彼は立ち上がる。

 彼がいま立っている廃都は、の都をはるかに上回る。

 十年以上の歳月で築き上げた国家をたった一夜で滅ぼした彼を、周辺国家は〈狂王〉と呼び、討伐の対象とした。一刻も生かしてはおけない邪悪であると宣言した。

 彼の出身国でもあるアイゼル皇国はその指導的立場をとった。

 情報機関〈風の噂〉を総動員した捜索。

 軍の最強戦力である皇国英霊騎士団の集結。

 彼は突発的に現れる嵐のように禍を撒き散らしながらも、その追跡を躱し続けていた。


 それが今や、このありさまである。


「滅ぼすなら、僕だと思ってたんだけどな」


 とはいえ、それもやりたくてそうするわけでもない。

 自らの国を滅ぼして気づいたのは、自分の意思で行動したからといってなにか得られるわけでもないということだった。「別にこんなことがしたかったわけじゃない」そんな虚無感だけが残る。

 力を持ちながら、彼はその力をなにに使えばいいのかわからなかった。

 軍にでも入隊し、騎士として力を振るえばよかったか。

 貧しき人々を救い、溢れるほどの称賛と感謝を浴びせられながらも、心はなにも満たされなかったのだ。「世のため人のため」といった大義でなにか心が動くとも思えなかった。


 追っ手を適度に振り払い、各地を放浪しながら、いっそ皇国ごと滅ぼしてしまうのも手だろうかと考えた。

 そのためにはどうすればいいか。一人ではやはり足りない。追われる身では今からどこかに腰を下ろして組織を築くような余裕はない。

 やはりあの国は滅ぼすべきではなかったか。いや、あの国を滅ぼしたから追われているのだ。

 思考は堂々巡りになる。

 滅ぼし方を考えているが、別に滅ぼしたいわけじゃない。


 それが、今やこのありさまである。皇国は今や滅んでいる。

 あたり一面、瓦礫の山だ。死体はもはや消し炭で、風に吹かれてどこかへ消えた。大地は融けて冷え固まったかのように、ガラス状に凸凹している。ここが「都であった」ということも、ただ知識として知っているからそう認識できているに過ぎない。

 彼はもはや追われることはなくなった。少なくとも、皇国には。それはもはや滅んでしまったからだ。


「感謝はしている。ある意味でね」


 その出来事は彼にとってはあるいは初めて、事態だったのかもしれない。

 滅ぼしたいわけではなかったが、滅ぼせるなら滅ぼす。そのくらいの気でいたが、そんな彼よりはるかに早く、世界は灰塵と帰してしまった。


 彼には欠けていた感情があった。生まれてから一度も体験したことがなかったゆえに、知らなかった感情だ。


「計画を崩されるというのが、とは思わなかった」


 彼は初めて「怒り」を覚えた。そしてようやく、「やりたいこと」を見つけることができた。

 “敵”と対峙し、それを破壊する行程においてのみ、彼は充足感を覚える。


 ――そうだ、僕はこのために生まれてきたのだ。

 それはかつてない充足感だった。

 その嵐の残骸が、そこかしこに転がっていた。


「また来たのか」


 億劫でもあり、煩わしくもあり、それでいて底から湧き上がるような抑えきれぬ歓喜もある。

 あらゆる生命の絶滅した廃都に、影が迫る。彼を取り囲むように、無数の影が。


 それは命なき人形たち。

 系外より来たりし、世界を滅ぼす侵略者たち。

 地上に生存していた約六億の原住民95%を瞬く間に死滅させ、完全なる絶滅を志向する機構。


 術殺機兵群。

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