第35話 槍の雨
クローディアをも巻き込んだ光の束は巨大な爆炎となって辺り一面は火の海となった。
爆炎の影響で黒煙と土煙が立ち上り、クローディアとグラタンを覆い尽くす。
「はっ、はっ、はっ……ぐっ」
攻撃の激しさを物語るようにコルトは息を荒げて膝を付いた。
コルトの体に巻き付いていた機械的な部品は次々に崩れ落ち、粒子となって消えていく。
そのままコルトは地面へ倒れ込んだ。
「コルト!」
俺はすかさずコルトへと駆け寄り、抱きかかえる。
額には汗が滲み、苦痛で顔は酷く歪んでいた。まるで全速力で短距離を走った後のような呼吸の粗さだ。
「だ、大丈夫だ。いちいち騒ぐな」
そう吐き捨てるコルトは俺を押しのけて、ふらふらと立ち上がった。
だが、明らかに大丈夫なんてものじゃない。胸を押さえて、息をするのもやっとな様子だ。
「大丈夫って……そんな状態で大丈夫な訳があるかよ!」
「見くびるなよ。お前に心配されるほど私は弱くはない」
苦痛に満ちた表情をしながらコルトは俺を睨んだ。
口では強気な事を言ってはいるものの、無理をしているのは明白だった。あれほどの強力な攻撃を放っておいて使用者自身に影響がないなんて、そんなものはあり得ないはずだ。多分、そうとうな魔力を消費しているはず。だとすると……魔力切れの症状か?
「心配しなくていい。魔力は確かにかなり消費したが、この程度、少し経てば元に戻る」
俺の考えを見透かしたようにコルトは吐き捨てた。
荒げていた呼吸は徐々に落ち着きを取り戻し始め、目の前の、未だ立ち上る黒煙と火柱に目を向ける。
クローディアとグラタンの生死を確認できないが、あれほどの攻撃を受けて生きているのは奇跡ってものだ。さすがに無傷って訳もないだろう。
だが、予想に反してコルトは更に顔を顰めて黒煙と火柱をギュッと睨んだ。
「クソ……バケモノかよ!」
コルトがそう呟いた直後、立ち上っていた黒煙と火柱が瞬時に消滅する。
火の海になっていた辺り一面の草原は焼け、黒い煤のようなものが舞い散っていた。
「クソッ! クソクソクソ! こんな事……あってはならないですわ!」
身に付けていたドレスは所々焼け焦げ、髪は燃えて毛先が縮み、肌の大部分に火傷を負ったクローディアが立っていた。グラタンは触手もろともその肉体に大穴が空き、そこから粘液が糸を引いて垂れ流しになっている。無傷とまではいかないが、あの攻撃を受けて立っているなんて……。
「おいおい、嘘だろ! 限界突破でも落とせねぇのかよ!」
「良いから! 一発でも多く魔法をぶち当てろ! 気を緩めるな!」
異常な耐久力に一度は怯んだ皆だったが、一人の掛け声とともに次々に魔法を飛ばして応戦する。だが、それもグラタンには一切聞いていない。クローディアの方なんて他の冒険者や衛兵なんか見向きもしないしな。
声を荒げて叫ぶクローディアは両手の爪を立てて髪を掻きむしり、怒りに満ちた形相でコルトを睨んだ。
「小娘がァ……愚鈍な人間もろとも食い尽くしてくれますわ!」
「――おい」
クローディアは声を荒げて叫び、俺達の方へ手を伸ばす。
同時に、聞き覚えのある声に呼びかけられクローディアはその方向へ目を向けた。
「あれほど私に興味を持っていたくせに、寂しいなぁ。私を忘れちゃいねぇか?」
「……!?」
さっきまで周りの状況に目もくれず、ただただ踊っていただけのライムが、槍を肩に担いで得意げな笑みを浮かべていた。その体は青白く光っていて、体の周りではいくつもの波紋が繰り返し広がっていた。心なしか静かな雨音のようなものが聞こえる気がする。
「貴女にもはや興味はありませんわ。貴女はそこで下品に踊っていただけでしょう? それよりも、そこの小娘ですわ!」
クローディアは啖呵を切ったように檄を飛ばし、コルトを指差した。
大穴の開いたグラタンはそれでも触手を瞬時に生成して即座に飛ばしてきた。
「私の可愛いグラちゃんに穴を空けてくれやがって……ただで済むと思うなよ! 溶かし崩すだけじゃ足りねぇ! 八つ裂きにしてやる!」
コルト目掛けて一斉に襲い掛かる触手。
コルトはハンドガンを構えようとするが上手く腕が上がらず、半分ほど上がったくらいでだらんと垂れてしまった
「ああもう!」
俺はそう叫んでコルトの前に立つ。
脚や刀を掴んだ腕は震え、刀はカタカタと音を立てていた。
正直怖い、怖すぎる。こんな状況、日本に住んでいた頃には経験する事なんてないだろうな。
魔物相手なんてものじゃない。武器をとって戦う事が……こんなに怖いなんて、知らなかった。
魔物さえ満足に相手に出来ない俺がこんな短期間で対人戦とか、勝てる気がしねぇよ。
「何してんだ! 無能は引っ込んでろ! お前の出る幕じゃない!」
「うるせぇんだよ! コルトだってボロボロじゃないか! あいつにとっちゃいいカモだろ!」
叫ぶコルトを突っぱねて、迫りくる触手を斬り落としながらコルトを庇う。
目で追えないほど速いわけじゃない。刀のまともな振り方なんて何一つ分かっちゃいないけど、映画やアニメで見覚えがあるおかげでその点は何とか上手くいっている。
でも、これは単なるまやかしだ。相手の出方が変わればぶっ潰れる!
「ああ……あああああ!! 鬱陶しい! 邪魔ですわ! 欠片ほどの魔波もない出来損ないが、図に乗ってんじゃねぇぞ、クソガキ!
蠢く無数の触手の先が針のように鋭く尖る。太さはそれぞれだが、小指ほどのものから人間の太もものサイズのものまで様々だ。
「本当は餌にしたかったのですが止むを得ないですね。まあ、人間を蜂の巣にするのもまた一興ですし、良いのですけど、ねッ!」
狂喜に満ちた笑みを浮かべてクローディアはこちらに手を伸ばしてきた。
それに反応するように無数の棘と化した触手が襲い掛かる。それは今までの触手攻撃とは違う。速度が倍以上だ。
「く、クソッ!」
「お前、ちっとは力量を考えろ! 無駄死にする気かよ!」
「俺だって正直、怖いんだよ! でも、仕方ねぇだろ! ――ッ!?」
コルトに気を取られてた事で一瞬触手から目を逸らしてしまった。小指ほどの小さな触手が迫りくる。
俺はコルトを庇いながら躱そうとするが、間に合わず触手は俺の右肩辺りを掠めた。
「ぐっ!? あああああ! く、クソ……痛ぇ!」
棘は思ったよりも鋭く、しかも先端部分は硬いようで俺の肩の肉を抉ったようだ。
瞬時に押さえるが血が止めどなく流れ、肩を伝って指先まで流れてきた。そのままポタポタと雫となって地面に滴り落ちる。
「お、おい! だから言ったろ!」
コルトはそう叫び、ハンドガンを構えて触手を撃つ。
だが、先ほどまでと違って触手は弾丸を弾き飛ばし、尚も迫り続けていた。
クソ! このままじゃ、俺もコルトもやられてしまう! この怪我じゃ、刀をまともに構えられないし、痛すぎてそれどころじゃねぇ……って、なんで俺、この大怪我でまともに思考が回るんだ?
「あははははは! せめてもの情けで、五体満足で殺してあげますわ!」
声に反応してグラタンは棘触手の一斉攻撃を仕掛けてきた。
他の皆も魔法や武器で対抗するも全く歯が立たず、どんどんその距離を縮めてくる。
クソ! 何か、何かこいつを止める手立てはないのかよ! 何かないのか!?
「おい。無視してんじゃねぇぞ、クソビッチ!」
そう冷たく吐き捨てたライムがゆっくりと俺達の方へ歩み寄り前に立つ。
ライムの声に反応したのかグラタンの攻撃が途端に止まった。
「クソビッチとはご挨拶ですね。戦闘中に下品に踊っていた貴女が今更前に出るなんて……何がしたいのかまるで理解出来ませんわ」
「ああ……テメェ程度の小さな脳みそじゃ、理解出来る訳ないよな。あ、そうか……テメェの頭の中には脳みそじゃなくてスライムが詰まってんだろ?」
ライムはいつも通りの様子で声高らかに笑いたてるクローディアを嘲笑った。
侮辱されたクローディアから途端に笑顔が消え、顔を強張らせる。
本当にこいつは……人を馬鹿にさせたらピカ一だよな。
「スライムを……侮辱しやがったなぁぁぁぁぁぁ!! クソビッチが!!」
今までにないほど怒りに満ちた表情を見せ、クローディアは檄を飛ばした。
グラタンはそれに反応して無数の棘触手をライム目掛けて飛ばす。四方を塞がれて逃げ道がない!
「時間、作ってくれてありがとな。おかげで助かった」
ライムはそんな状況でも逃げ出すことなく、ただ一心にクローディアとグラタンを見つめながら俺達に声を掛けてきた。
「後は任せな。あのクソビッチは私がお仕置きしてやる」
そう言って俺達の方へ振り向き得意げに微笑んだ。
ライムは槍を胸の前で構えそのまま手を反した。どういう訳か、槍は刃先を天に向けたまま浮いている。ライムはそれを放置して両手を横に伸ばした。ライムを包み込む青白い光に反応し、槍も徐々に青白い光を放ち始める。先ほどまで静かだった雨音がはっきりと分かるほどの音を立てていた。まるで土砂降りの中に立っているかのような……。
「
槍にこもった青白い光が一気に天へ飛んでいく。
それは瞬く間に黒雲を呼び寄せ、空一面は黒い雲で覆い尽くされた。
雨でも降りそうな、そんな黒雲。ニルが魔法で呼び寄せた黒い雲と同じだが……ライムも魔法が使えるのか?
「何ですの? 天候操作の魔法かしら? でも……」
「ああ。そうだぜ? これは天候操作(フェザーピュート)の魔法じゃねぇ。私にはそんな大層な魔法なんて使えねぇし、そもそも魔法自体からっきしダメでよ。ガキの頃は無能だなんだと言われたものだぜ」
ゴロゴロと不穏な音を立てて黒雲の中で青白い光が点滅する。
クローディアの言葉に反応するライムは得意げな笑みを浮かべながら語りだした。
「じゃあ、この雲をどう説明するんですの? まさか、偶然出てきたなんて言わないですわよね?」
「ケッ……雲なんかに気を取られてる場合じゃないと思うぜ。ほら、見てみな」
ライムが槍を手にしながら空を指差した。
その直後、クローディアとグラタンの頭上の雲だけが大きく裂けて開いていく。
そこには空の色ではない。青白い光が束になって広がっていた。
「な、何ですの? これ」
「蒼雨無槍――篠突雨。私のマスターランサーとしてのスキルで、指定した範囲に光の槍を降らせる技さ。それは雨のように降り注ぎ、身を削ぐような打ちつける雨となる……せいぜい、顔だけは守れよ。同じ女なんだ、ぐちゃぐちゃになった顔なんて見るのはさすがに胸が痛むんでね、クソビッチ」
「く、くそがあああああああああ!!」
クローディアが叫んだと同時に、おびただしい程の光の槍がクローディアとグラタンに降り注ぐ。
槍の降り注ぐ音はまるで、さっき聞いた土砂降りの音と酷似していた。
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