第20話 魔族と人間

「この世界には魔族と人間という二種類の種族があるんだ。私達人間の国がこのハイドランジアと言う国で魔族の国は魔王国と呼ばれている。私達はお互いに敵対関係にあるんだ」

「そう言う事か。で? 何か原因はあるのか?」

「まあ、人種の違い。差別。偏見。他にも色々あるけどな。魔王を倒せば平和になるなんていう一種の宗教じみた話まであるんだ」

「何だか敵対してるって割には単純な理由だな」

「理由なんて単純なものだろ。気に食わないってだけで喧嘩になる事と同じさ」


 俺も注文した料理を食べながらコルトの話を聞く。人種差別なんて俺のいた世界でもなかったわけじゃない。昔みたいに表面化してはいないけど、この世界ではそういう黒いところが浮き彫りになっているって事なのか。


「何にしても魔族と人間は敵対関係にある。昔からそうなんだ。この国に冒険者稼業があるのも魔王討伐の戦力を補うためなんだよ」

「なんだよそれ。俺はそんな事のためになった訳じゃないからな」

「静かに!」


 コルトはいきなり身を乗り出し俺の口を押える。周りの視線を気にするように周りに目を向けた。俺の声は聞こえていなかったようで周りは食事したり談笑したりと気付いていないようだった。

 安心したのかコルトは一息つくと俺の口から手を放して席に座り、そして顔を近付ける様に手招きで指示してきた。

 俺は怪訝に思ってコルトの方へ身を乗り出す。コルトも俺の方へ顔を近付けてきた。整った顔がすぐそこまで近づき一瞬ドキッとしたけれど、無気力な顔でじっと俺を見つめてくるのでその熱も冷めてしまった。


「この国では魔王や魔族を擁護する発言や行動はしない方が良い。反逆者扱いされて最悪処刑される事もある」


 コルトは俺だけに聞こえるくらいの小さな声で囁いた。それって結局は魔王討伐をする上で魔族を擁護する奴は片っ端から犯罪者扱いして殺すって事なんだろう。薄々気づいてはいたけれど、この世界の文明レベルって中世くらいのレベルなんだろうな。意にそぐわない奴は拒絶し、犯罪者に仕立て上げる。劣悪な世界なのは間違いないな。


「そんな圧制があって良いのか? 同じ人間でも考え方が違う奴だっているだろ」

「その考え方の違う奴がどんな目に遭ってきたかを私は知っているから忠告しているんだ。この国にとって魔王やそれにかかわる魔族は敵なんだ。魔王を倒せば平和になるなんて言っているが、本当は魔王を倒して魔王国を支配しようとしているって事だよ」


 コルトは神妙な面持ちで周りに聞こえない様に囁く。この世界にそんな闇があったなんて聞かされるまでは知らなかった。多分、ここでこの話を聞いていなかったら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。


「中には魔王国に忍び込んで村を襲って壊滅させ、女性や子供を攫って裏で売りさばくなんて非道な事をする連中もいる。奴隷はモノによってはかなりの額になるらしいからな。労働力として扱き使ったり、慰み者として傍において置いたり、ストレス解消のための道具として扱ったりしている奴もいる。魔族と人間の間に子供が出来る事はないし、魔族を殺したとしても罪に問われない。それがこの国での現実なんだ」

「でも、魔族には尊厳すらないだなんて酷過ぎやしないか? ……ちょっと待てよ。じゃあ、ニルの事が問題だって言っていたのは?」

「微弱過ぎて普通の人間には感じ取れないだろうけど、あの子は間違いなく魔族だ。本来魔王国にいるはずのあの子がここにいるって事は、攫われてこの国で誰かに売られた可能性が高い」

「じゃあ、ニルの故郷はもう……」

「推測だから何とも言えないが、多分……」


 コルトはそこまで言うと眉を顰めて言葉を詰まらせた。想像を絶する異世界の闇に俺は絶句してしまう。自分が受けてきた理不尽なんて可愛く思えてくる。ニルが経験してきたものを想像するだけでその苦痛が重くのしかかってきた。


「ニルがこの街に……いいや、この国にいて無事でいられる保証はあるのか?」

「そこなんだ。もう一つの疑問なんだが、あの子の体のどこにも隷紋がないんだよ。普通、奴隷として売られた奴らには隷紋といって、買い手への服従を示す印が刻まれる。買い手の命令は絶対、逆らえば隷紋を通じて全身に耐えがたいほどの激痛が奔る。だが、あの子にはそれがない。あの子の買い手が初めからいなかったとしたらかなり危険だろう。隷紋のない身元不明の魔族……あの子が魔族だって事がバレれば殺されてもおかしくはない。どこへ逃げても安全でいられる保証はないだろうな」

「そんな危険がありながら何でニルはこの街に……」

「当てがなかったんだろう。故郷を滅ぼされ両親も失ったあの子は、一度は奴隷商人の下で日々を過ごしていたはずだ。おそらくではあるが、そこから逃げ出してきたんだと思う。あの子の魔波が極端に弱い事が今までバレずに生きてこられた証だとしたら私でも、魔波の感受性が弱い駆け出しの冒険者だらけのこの街に身を寄せただろうさ。魔波が強ならともかく、感じ取れないほど弱い奴を構うような奴はいないしな」

「そんな……そんなのあんまりだろ。そんな酷い事ってあるかよ……」


 俺はニルが経験してきた理不尽さに怒りが込み上げ、眉を寄せて歯を食いしばらせた。手のひらに爪が食い込むほど拳をぎゅっと握り思わず机を叩きそうになる。コルトはそんな俺を見透かしたようにそっと俺の手に自分の手を添えた。


「お前は良い奴だな」

「良い奴って……同情くらい誰だってできる事だろ。なあ、コルト……俺は――」

「――分かっている。放っておけないんだろ? だが一つ言っておく。あの子と関わるっていう事はあの子の全てを受け入れる事になる。同時に命も背負う事になるんだ。お前にはそれだけの覚悟があるのか?」

「確かに……俺の今の状況じゃ難しいかもしれない。満足に魔物も討伐出来ないんじゃニルを守る事なんて」

「そういう事を言っているんじゃないんだよ。覚悟はあるのかと聞いているんだ。この問題は国を敵に回すレベルの問題なんだよ。どれだけ力を付けようと権力に敵う者はいない。所詮はただの冒険者、命を投げ売りしなきゃ生活出来ない人間の吹き溜まりだ。冒険者が掲げられる権力なんざ、国王や貴族にとってはそこいらの農民なんかと同等なんだよ。お前はそういう権力からあの子を守れるのかと、守り切る覚悟はあるのかと、そう聞いている。生半可な物だったら早々に捨てた方が良い。あの子の事も忘れる事だな」


 コルトの言葉には棘があるが言い分は正しい。ただ守れるだけの力があるだけじゃニルの置かれている状況を覆せるわけじゃない。今この場で中途半端な気持ちで覚悟があるだなんて答えるのはあまりにも無責任だ。


「ごめん。少し、考えさせてくれ」

「そうか。まあ、ここですぐに答えを出すよりは賢明な判断だな」


 コルトはそう言ってシチューをすくったスプーンで俺を指し、笑みを浮かべながらシチューを口に運んだ。


「そう言えば、ニルがトレジャーハンターを生業としているって言ってたんだけど、あれって冒険者の分類には入らないんだな。本人からも聞いたんだけどああいうのって誰でもなれるものなのか?」

「そうか……あの子、トレジャーハンターだったのか。あれは簡単に言えば資格だからな、簡単なテストを受けて合格すれば誰でもなれるぞ。マダールの選定も必要ない。第一、あの子は魔族だからまず間違いなく冒険者にはなれないしな」

「そうか。マダールは魔波耐性も分析できるから、質の違いも分析出来るって事なのか」

「そういう事だ。とりあえず、いつまでもこの話をするには場所が悪い。私自身も知っている事は限られてくる。あの子を心配する気持ちは痛いほど分かるが、今は見守ってやる事が先決だ。くれぐれも出過ぎた真似はするなよ?」

「え? 関わるなって言わないのか? まだ覚悟が決まっていないのに」

「そう言ったら、お前は素直に従うのか?」


 そう言ってコルトは答えなんて予想出来ていると言わんばかりに意地の悪い笑みを浮かべている。関わるなと言われれば努力はするけれど……正直、あまり良い気分ではないし、守りきる事は出来ないだろうな。


「本当、性格が悪いよな。コルトは」

「はは。誉め言葉として受け取ってやろう」


 コルトは誇らしげに鼻で笑いながら、残りのシチューをかき込んでいた。

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