第11話 反省会
「何かもう……散々でしたね」
街に戻ってきた俺とモニカは銭湯で汗を洗い流した後、近くの飲食店で食事を摂る事になった。正直言って異世界に銭湯がある事にも驚いたが、もっと驚いたのは銭湯に牛乳が売られていた事だ。しかも、瓶入りで。これは絶対来てる……他に日本人が絶対来ている。こんな独特な文化、普通に考えて他にない。
色々と悩んだが、俺は無難にホワイトシチューを注文した。肉はアグーホルスとかいう鳥を使っているらしい。モニカはマッシュ・マロ―とかいう魔物の肉を使ったホワイトソース煮という料理を注文していた。もちろん、メニュー表の文字はモニカに呼んでもらった。異世界の文字の読み書きを習っておかないと後々苦労しそうだな。
この世界では魔物の肉を食べる文化があるみたいだ。さすがに俺でも魔物の肉を食べるのは抵抗があったけれど、食べてみるとこれが意外と美味しい。アグーホルスの肉は少し硬さはあるけれど、脂身は少なく鶏肉の様な食感だった。
届いた食事をそれぞれ一口食べた後、モニカは何度目か分からない溜息を吐き、そんな事を切り出した。
「仕方ないでしょう。それに、もとはと言えばモニカが無鉄砲に街の外に出たのが原因でしょう?」
「だって、私はずっと屋敷にいましたから……外に出たことがなくて」
「それでも外が危険な事くらいは分かっていたでしょうに」
モニカは食事の手を止めて視線を落とした。俺の言葉が結構効いたのか、申し訳なさそうな表情をしている。まあ、モニカにも色々と事情があるからあんまり強く言えない。そもそも自分の能力が劣っている事が問題だからな。
「私だってそれくらいは分かっていましたよ。でも、どうしても私は外の世界を見てみたかったんです」
「どうしてそこまで……」
俺が問いかけると、モニカはしばらく黙り込み、ふっと視線を上げた。神妙な面持ちのモニカに俺は食事の手を止める。
「私はお母様が好きだったこの世界を見てみたいのです。お父様は私が外へ出る事を特に悪い事とは思っていません。ですが従者のアルは、私が屋敷の外に出る事すら許してくれないのです」
不満げに話すモニカは力任せにマッシュ・マロ―の肉をフォークで突き刺し、口へ運ぶ。
「事あるごとにアレは危険だ、これはするなと毎日毎日いちゃもん付けてきて。ストレス溜まりっぱなしなんですよ」
眉を顰めて愚痴るモニカ。まあ、確かに色々とお節介焼かれると鬱陶しくなるのは当然だよな。アルさんがモニカを危険な目に遭わせたくないって思うのも分かるけど、モニカの気持ちも分からなくはない。ここまで自分のやりたい事を抑えられちゃ爆発してもおかしくはないよな。
「今日だって厨房を無理を言って使わせてもらって料理をしようと思ったら、アルに危険だからと厨房から追い出されたんですよ! 屋敷の中ですら私の自由を奪うなんて許せないと思いませんか? もう頭にきて家出してやりましたよ!」
啖呵を切ったように次々に不満をぶちまけるモニカ。周りの視線が気になったがモニカの話が理解できるのか苦笑いを浮かべている。
「……すみません!」
「はい!」
お冷の無くなったコップをしばらく眺めた後、モニカは静かに手を挙げて店員を呼んだ。その声を聞きつけてすぐ、店員が駆け付けてくる。
「えっと……ビルアー下さい!」
「かしこまりました」
メニュー表も見ずに何かを注文したモニカはさっきまでの不満げな様子と打って変わって上機嫌だった。
「家出って……心配しているんじゃないですか?」
「そんなの知ったことではないですよ。私だってもう子供じゃないんですから」
「まあ、気持ちは分からなくもないですけど」
そう言って俺はシチューをスプーンですくって口に入れる。モニカは見た目では思春期真っ盛りといった感じだろう。年頃の女の子だし反抗したくなる気持ちは分からない訳じゃない。
「お待たせいたしました。ビルーアでございます」
しばらくすると店員はモニカが注文した飲み物を持ってきた。ジョッキに入ったそれは小麦色で、きめ細かな泡が浮いている。飲み物の中を細かな泡が次々浮き上がっていたから恐らく炭酸飲料……って、これは!
「お酒じゃないですか!」
俺は思わず席から立ち上がりモニカが手にした飲み物を指さして叫んだ。
「はい。お酒ですけど?」
モニカは特に悪びれもせず、俺の行動に不思議そうな表情をしながら当然の様に答える。
「いやいや、飲んで大丈夫なんですか? バレたら捕まりませんか?」
「誰に捕まるんですか? お酒飲んだくらいで」
「いや、それは……そうですね」
そうだった。この世界に俺のもと居た世界の常識が通用する訳がないんだ。お酒を飲める年齢もここでは違うのかもしれない。いや、そもそもお酒を飲める年齢そのものがこの世界では定められていないんじゃないか? だったらモニカの反応も納得がいく。でも、この見た目でビールをジョッキ飲みって……何というか残念だな。
俺は自分の中で納得しながら何も言わずに席に座った。
「セイジさんはおかしな人ですね……飲みます?」
「いいや。俺はいいです」
俺はモニカが勧めるビルーアを手のひらで遮って断る。ビールは苦手だ。匂いも味も。
子供の頃、父さんが美味しそうに飲んでいたビールに興味本位で口を付けた事があった。あれはさすがにトラウマだ。口に入れた瞬間、ビール以外のあれこれも一緒に吐いてしまったのを覚えている。それ以来、ビールの匂いを嗅ぐだけでも吐き気を催すようになった。正直、何であんなのを平気で飲めるのか理解できない。
「そうなんですか?」
モニカは怪訝そうな表情を浮かべながらもビルーアに口を付けた。そのまま片手でジョッキを傾けて喉を鳴らしながら飲んでいる。うわあ……豪快な飲みっぷりだな。ビールをジョッキでがぶ飲みするお嬢様なんて聞いた事ないぞ。何というか残念だ。
「ぷはあ! このキューって来る感じが堪らないですね!」
キューってなんだよ、キューって。セリフが完全におっさんじゃないか。というか、まるで飲みなれているかのようなセリフだな。さすがにこれは意地でも止めろよ、アルさん。
「セイジさんはこれからどうします?」
仄かに頬を紅潮させているモニカは、ふとそんな事を言い出した。
「これから……ねえ」
俺はそう呟きながら天井を見上げる。まだ異世界に来たばかりだし、まだこの世界の事は何も知らない。日本に帰る方法が現時点で見つからない以上、この世界で生きていかなきゃいけないのは必然だ。でも、俺の能力じゃどう考えても生きていくのは厳しいかもしれない。冒険者は諦めて他の職に就いた方が安定はするだろうし、街中だから安全だろう。けれど……正直な事を言えば、色々な街に行ってみたいし胸躍るような冒険もしたい。たくさんの仲間と協力して魔物を倒して、宿がなければ野宿なんかして……そんな日常を送ってみたい。
「俺はまだ、色々と考える必要がありそうですね。これからの事は」
身の安全のためにこの街で仕事をしながらずっと暮らすか、冒険者になって各地を回って旅をするのか……二つに一つか。人生を左右される一世一代の選択だな。これは慎重に考えないと。両立は難しいだろうな。出来たとしても、どちらかに傾いてしまうだろうし。武器屋や雑貨屋の店員みたいに冒険者にはなれても旅に出る事は出来ない。難しい選択だな。
「そうですか……セイジさんがそう言うのなら、今はお互いにこれからの事を考えましょう。私もさすがにこのままじゃ、冒険者なんて恥ずかしくて言えませんから」
モニカは苦笑いを浮かべながら頬をポリポリと掻いた。そして、ジョッキにわずかに残ったビルーアを飲み干してジョッキを勢いよくテーブルに置く。口の周りに付いた泡をおしぼりで拭き取り、ふうっと一息吐くと柔らかな笑みを浮かべてモニカは俺を真っ直ぐに見据え、口を開いた。
「お互い頑張りましょうね」
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