女神は全てを知っている

 ルーンガルドに戻った俺たちは、まずダークエルフ村に避難していた女性や子供たちを迎えに行った。

 避難民にはもちろんエレナも含まれている。


 本当は俺まで行く必要はないんだけど、エレナに必ず迎えに行くとか言ってしまったし。


 ダークエルフ村にテレポートで到着。

 あちこちで生きたままの再会を喜ぶ家族たちの声を聞きながら、俺とソフィアはエレナの家に向かった。

 ちなみにソフィアはもう妖精の姿に戻っている。


「こんにちは~!」


 扉をノックしてから、ソフィアの元気な挨拶と一緒に中へ。

 入ってすぐにルネとお母さんがいた。

 ルネは俺を見るなりお母さんの後ろに引っ込んでしまう。


 その様子を見たソフィアが言った。


「あらあら、英雄さん嫌われちゃいましたねえ」

「うっ……」


 俺は先日、シオリンガルドでルネを怒らせてしまった。

 別に悪い事をしたわけではないんだけど、寂しくてルネが拗ねてしまった形。

 

 ルネとしてはバツが悪く、自分から謝るという事もしにくいのだろう。

 ここは俺が歩み寄ってやらないと。

 

 と思ったけどこちらが何かする前に、俺たちを見たお母さんが珍しい虫でも見つけた様な表情になった。


「あら、ヒデオ君とソフィア様じゃないの。ちょっと待っててね」


 それから口に手を添えて奥に向かって叫ぶ。

 ちなみにいつの間にかお母さんも俺の事を君付けで呼ぶようになっていた。


「あ、ちょっとまだ心の準備が……」

「エレナ~! ヒデオ君来たわよ~!」


 そんな、タカシ~! クッキー買って来たわよ~! みたいに言わんでも。

 俺とエレナは最後に会った時、お互いの人生の中で最も恥ずかしいかもしれないという場面を演出してしまった。

 会えるのは嬉しいけど、色々と恥ずかしいのだ。


 エレナが来るまでに何とか心を落ち着けようと深呼吸を繰り返していると、奥の部屋からそろりそろりとこちらの様子を窺うシルエットが一つ。

 頬を赤く染めながら、噂のあの子が扉から身体を半分だけ出していた。


 目が合うと、何故かエレナを抱きしめた時の感触を思い出してしまう。

 ふわふわで暖かくて何だかいい匂いがして……。

 エレナもあの時の事を思い出しているのか、頬を染める赤はどんどんその色を濃くしながら領域を拡大している。


 いやいや、今はそんな場合じゃない。

 俺は頭を左右に振って気を取り直してからエレナに手を差し伸べた。


「エレナ。迎えに来たよ」


 すると俺の後ろから真の魔王の声が聞こえて来る。


「エレナ。迎えに来たよっと……」


 そちらを振り向くと、ソフィアが真面目な顔でメモを取っていた。

 どうにかしてぶっ飛ばしておきたいところだ。


 怒りに震えていると、隅の方から今にも消え入りそうな呟きが聞こえる。


「私を迎えに来たわけじゃないんだね……」

「いや、も、もちろんルネの事も迎えに来たに決まってるじゃないか」


 お母さんの後ろに隠れながらこちらをちらちらと見ているルネが、これまでにない所謂ヤンデレの様な雰囲気を出している。

 暗い顔をしたままルネはお母さんに語り掛けた。


「お母さん、私、ひでおにいちゃんに捨てられちゃったの?」

「語弊のある言い方っていうか根本的に何か間違ってるからそれはやめろ」

「そうよ、ルネ……あなたじゃまだお尻のボリュームが足りないの」

「あんた実の娘に何て事言ってんだ」


 段々場が混沌として来た。

 このままだといつまで経ってもルーンガルドに戻れないし、無理やりにでも収拾を付けないと。

 そう思った俺はアレに頼る事にした。


 ルネの近くまで歩み寄り、屈んで目線を合わせる。

 お母さんの背に顔をうずめたままで、ルネはこちらを見てはいない。


「それじゃほら、いつもみたいにジェンガで遊ぼう。な? 一緒にルーンガルドまで行こうぜ」

「…………」


 ルネはお母さんの服の裾を掴む手に力を込めた。

 俺が焦っている事を察してくれたのか、エレナも奥から出て来て助っ人に加わってくれる。

 こちらに来て、同じ様にルネと目線を合わせて語りかけた。


「ほら、ヒデオ君が遊んでくれるって……ジェンガ、好きでしょ?」

「…………もう飽きた」


 あまりに身も蓋もない一言に、俺もエレナも言葉を失う。

 まあさすがにジェンガしか遊ぶものがないとそりゃ飽きるわな。

 

 とは言え諦めるわけにはいかない。

 せっかくまた会えたのに、喧嘩したままルーンガルドに戻ったのでは後味が悪すぎる。

 俺は後先考えずに妙な提案をした。


「じゃあほら、新しい遊びを教えるから!」


 ルネの身体がぴくりと動く。

 相変わらず視線はこちらに向けないままで応えてくれた。


「……どんな遊び?」

「え、ええとほら、何かすごいやつ!」

「……お尻にボリュームのない私でもいいの?」

「その話はそろそろやめてくれ。いやそうじゃなくて、ルネがいいな! ルネじゃないとだめだな~! なっ、エレナ!」

「ええっ? う、うん私もルネと一緒に行きたいなっ」


 焦って突然エレナに振ったもののノってくれた。有難い。

 黙ってルネの返事を待つ間、場には緊張が流れた。


「…………準備してくる」


 ルナはお母さんから離れると、スタコラと奥に消えて行った。

 さっきまでとは違い雰囲気も軽く、スキップに近い足取りだ。

 何とか仲直り出来たらしい。さて、新しい遊びを考えておかないと。

 それに、俺には色々と決断しなければならない事がまだ残っている。


 俺は立ち上がり、隣にいるエレナの方に身体を向けた。

 エレナも立ち上がってこちらを見る。


「エレナ、ルーンガルドについたら話があるんだ。いいかな?」

「う、うん……?」


 何の話かわからないのだろう。

 エレナは首を傾げ、少し不安げな様子で返事をした。


 その後、最後の戦いの話なんかをしながらルネを待つ。

 ルネが戻って来るのには妙に時間がかかった。

 どうやらしっかり準備をしたらしく、荷物が多い。泊まるつもりだろうか。

 合流したので、家を出ようとすると何故かお母さんがついて来る。

 

 これからルーンガルドでは各首領に対する、俺がこの世界に来た経緯の説明などが行われる。

 本来ならばルネも来るべきではないのに、お母さんともなれば尚更。

 しかもお母さんは無駄に荷物を抱えている。


 来た時は気付かなかったけど入り口の近くに荷物をまとめてあったらしい。

 その量はルネよりも更に多く、まるで旅行にでも行くような感じだ。


 だから俺は聞いてみた。


「あれ? お母さんもついて来るんですか? ルーンガルドではしばらく会議と似た様な事しかやらないんですけど。しかもその荷物……」


 するとお母さんは何故か不思議そうな顔をした。

 ソフィアの方をチラ見してから返事をする。


「えっ? だって……あらそう? まあいいじゃない。行ってはいけないという事でもないんでしょ」

「そうですけど。まあいいや、それじゃあ行きましょう」


 確かに来てはいけないという事もないのでそれ以上止めたりも出来ない。

 まあしばらくは家族水入らずでエレナと過ごすつもりなのだろう。

 サンハイム森本なら皆もいて賑やかだし。と、勝手に納得しておいた。

 

 全員いるのを確認すると、テレポートでルーンガルドに飛んだ。




 ルーンガルドに着くと、とりあえず俺の部屋で全員の荷物を降ろす。

 エレナ一家にはそのまま待機してもらい、俺とソフィアは本日の説明会的なものの会場となる多目的ホールに顔を出した。

 

 ライルがいたので話しかけてみる。

 話しかける寸前にライルもこちらに気が付いた。


「よう。集まり具合はどんな感じだ?」

「お疲れ様です。全員が集まるまでにはまだまだ時間がかかりそうですね。戦が終わったばかりで家族と積もる話などもあるのでしょう」

「そうか。それじゃまたちょっとしてから顔を出すよ」

「かしこまりました」


 ライルの返事を聞いてから踵を返し、多目的ホールを出た。

 廊下を歩きながらソフィアが話しかけて来る。


「ねえ英雄さん。結局どうするんですか?」

「何がだよ」


 もちろんわかってはいるけれど、決断を先延ばしにしようと足掻くかの様に、ソフィアの方を見ずにそう返事をした。


「日本に帰るかどうか、ですよ」

「…………一応聞くけど、帰る事は出来るんだな?」

「ええ。結果的に生きたまま転生する方が多く発生する事態にはなりましたが、それでもチート系主人公が大分減った事、アレスに刑期を短くするという餌で働かせる事が出来るという事から、今なら英雄さんも含めて全員転生可能です」

「そうか」


 少しの間を置いた後、俺はたった今決断した。




「日本に帰るよ」




「いいんですね?」

「ああ。日本には家族がいる、いつかは帰らなきゃいけないなら今の方がいい」

「それもそうですね」


 ソフィアの返事は案外に軽い。

 そこでようやく視線を向けると、ソフィアはこちらを見て微笑んでいた。

 数日前から疑問に思っているこの態度。

 でも、構うことなく俺は言葉を紡いでいく。


「さすがに俺の家族も心配してくれているだろうしな」

「そ、そうですね……」


 何故だかばつが悪そうに苦笑するソフィア。


「そう言えばお前は向こうの様子とかわかるんだろ。最近もたまにいなくなってたし……俺の家族とかどう過ごしてるか知ってるか?」

「え、え~と、どうでしょうねえ。あれれ~忘れちゃったあ~あはは……」

「お前何で目が泳いでんだよ。こっち見て言え」

「あっ! ほら、部屋につきましたよ! 早く扉を開けてください!」


 そう言って何かを誤魔化すように一足先に部屋の前へ到達するソフィア。

 後を追ってゆっくりとそこに立つと、ソフィアを睨みながら扉を開けた。


「ひでおにいちゃん、お帰り~!」

「お帰りなさい」


 エレナとルネが挨拶と一緒に出迎えてくれた。

 もちろんお母さんもいる。

 そして俺はエレナを連れ出す事にした。


「エレナ、さっき言ってた話があるってやつだけど……今大丈夫かな?」

「う、うん。どこでする?」

「えーっ! 私ももごふっ……」


 ルネがついて来ようとするも、ソフィアが口を押えて止めた。

 お母さんは元より邪魔する気もないだろう。


「ルネちゃんは私と遊びましょ♪ 二人共、行ってらっしゃい!」


 納得いかない顔のルネとお母さんと笑顔のソフィアに見送られ、俺たちは部屋を去った。

 それから玉座の間を目指して歩いて行く。


 玉座の間は初めてエレナと出会った場所だ。

 俺が魔王になって幹部たちが自己紹介をした時、エレナもそこにいた。


 これからエレナには全てを打ち明ける。

 そんな話をする場所としては、ここが一番いいと思ったんだ。


 俺の緊張が伝わっているのか、エレナの足取りもどことなく重い。

 付き合ってもいないのに別れ話をするみたいな雰囲気になっている。


 玉座の間について扉を開けた。

 中に入って玉座の前に立ち、エレナの方を振り返る。


「エレナ、これからすごく大事な話をするから聞いて欲しい」

「……うん……」


 エレナは目を合わさずに、俯いたままで頷いた。

 その瞳は潤んでいる。

 何となくいい話じゃないのはわかってしまっているのだろう。

 でも、ここで話さないといけない。

 

 そうしなければ全ての事実を、エレナは皆と一緒に知る事になる。

 それは俺が嫌だった。

 エレナには俺の事を誰よりも先に知って欲しいと思ったから。


 俺は深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。

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