『大隊』の日常

ブラック・アベック #01

この街で、「ミント」といえばドラッグに他ならない。

人気ひとけのない路地裏で「脳味噌がとしますぜ」などと緑色のキャンディーを渡されたなら、ほぼ間違いなく覚醒作用付きの違法ハッカ飴である。

当然というべきか、も数多いが、本物の脱法ミントを取り扱っているのは『大隊』だけである。

製造方法は誰も知らない。

答えに辿り着きかけた者もいたが、全員口封じの為に、誰にも知られずに消されてしまった。

また、この手の薬物に関する話にはお約束の、碌に金も持ってないのにミントを買い漁るマヌケも、やはりいるのである。

当然、そういった者は『大隊』の手によって、罰が下されるのであった。


「ブラック・パレード」という「持つ者」側の男がいた。

身の丈170cm前後と決して高くはなく。

その四肢は女のソレと変わらないくらい、細くしなやかであったが、特徴的な低い声と、髑髏どくろとも道化とも取れるおぞましい顔の化粧のお陰で、女と間違われることはなかった。

「持たざる者」からは、それ程恐れられていなかった。

敵対さえしなければ、彼は寛容な人物だと、皆知っているからである。

また、彼は『大隊』に所属していた。

『大隊』といえば、この街では間違いなく有力な勢力であったので、皆こぞって彼のご機嫌取りをしていた。

そんなブラック・パレードが、最近女を連れ回しているという。

「持たざる者」達は色めき立った。

皆、がどんな女なのか気になって仕方がなかったのであった。(別に2人が恋人同士なんていう情報はないにも関わらず!)


「ブラック・パレードさぁん

いいんですか?

その、お仕事あるのに、こんな所でのんびり昼食取ってて」

ブロンドの女が、猫撫で声で男に問うた。

「構わんさ、ブラック・ロック

腹を空かせて仕事をするのは、嫌だろう?」

そう答えた男は、サンドウィッチを頬張った。

地上35階。

何処にでもある、ありふれた高層ビルの中に構える小洒落たカフェで、昼食を楽しんでいるのは、誰あろうブラック・パレードと、彼が連れ回している女。ブラック・ロックである。

彼等は共に、コーヒーとサンドウィッチを食していた。

勿論、周りの者は皆、彼等に興味深々である…。

「常々思っているのですが、ブラック・パレードさん

BLTサンドウィッチにおけるレタスは、これ、いらないんじゃないでしょうか」

「ふぅむ、異な事を言うじゃないか

BLTサンドはベーコン、レタス、トマト3つがなければ、完成を見ないと考えるね

私は」

ロックは口を尖らせた。

「でも、ブラック・パレードさん

レタスって味ないじゃないですか

味もないのに、存在する意味はないのでは?」

「「美味」という概念を味だけで計るのは、早計というものだよ、ブラック・ロック

レタスは、トマトや肉、パンの柔らかな食感の中に、野菜特有のシャッキリした食感によるアクセントを与えてくれる」

パレードはコーヒーを啜った。

「B・L・T

この3つの調和無くして、そのサンドウィッチは完成しない」

周りの一部の人間は、パレードの発言に頷いた。

ロックは、「そういうものですかねぇ」と言いながら、彼に倣ってコーヒーを啜った。


それにしても、ブラック・ロックは美人であった。

長いブロンドの髪は、川のせせらぎのように柔らかく波打ち、鼻筋は美しく通っていた。

黒いジャケットを装ったその姿は、「ロック」の名に恥じないものであった。

そして、ブラック・パレードの化粧に倣ったのだろうか、黒いアイシャドウで飾られた目は、多少つり目で小悪魔的であった。

一方で、彼女の身体には、ツノも生えてなければ、身体の一部が気体のようになってる訳でもない。

完全にノーマルな、人間の姿をしていた。


「それはそうと、ブラック・パレードさんの食べてるサンドウィッチに挟まってるその緑色のやつ」

ロックは首を傾げた。

「なんですか?」

パレードは片目を吊り上げると。

「アボカドを知らないのか?おまえ」

と、問うた。

ロックが首を横に振ると。

「そいつは人生損してるな

どれ、一口食わせてやるよ」

と言って、サンドウィッチを差し出した。

周りの男達は俄かにどよめきだした。

「ほんとですか⁉︎

それじゃあ、遠慮なく」

そしてロックは、パレードの歯型の付いたに、一切の躊躇なく噛り付いた。


俗に言う"あーん"であった。


俗に言う"間接キス"であった。


一部の人間が「おぉ〜」と声を漏らしたのも、無理もない話であった。

パレードはニヤリと笑うと。

「アボカドシュリンプサンドだ

覚えておけ」

と言った。


かくして、2人は食事を終えた。

カウンターで会計を済ませると。(当然のようにパレードが2人分支払っていた)

「さて、の時間だな」

パレードは、店内の窓に歩みを進めた。

店員が少し慌てるのを。

「お、お客様

出口はこちらで──」

ブラック・ロックが遮った。

「あぁ、いいんですよ店員さん

あたし達、行き先があっちなんで」

ロックは指差した先は、窓の向こう。

大通りを挟んで、約20m離れた向かいの建物だった。

窓を開けたパレードは、店員に振り返ると。

「ご馳走様」

と言うなり、向かいの建物に飛び込んだ。

ロックも急いで窓に駆け寄り、窓のレールに足を掛けると。

「今度はアボカドシュリンプを食べに来るね」

と言い残し、やはり向かいの建物に飛び移った。

店員が窓の外を確認すると、2人はどうやら、20mを優に飛び越し向かいの建物の窓を突き破って、中に飛び込んだようである。

店員が窓を閉めて振り返ると、中は早速、2人についての話で持ちきりだった。


「ワイルド・フォックス」と言う名の、ありふれたギャングの日常は、その日、窓を突き破ってきた闖入者ちんにゅうしゃによって脆くも崩れ去った。

「こんにちは

御機嫌よう

諸君」

最初に入ってきた男に続いて、ブロンドの女も飛び込んできた。

部屋の中で、最も勇気のあるギャングが叫ぶ。

「おまえは…ブラック・パレードか⁉︎」

「知って頂けているとは光栄の極みだな

さて」

ブラック・パレードは首を鳴らした。

「ワイルド・フォックス諸君

君達の構成員の中に、我々『大体』謹製のミント代を、滞納している愚か者がいるようなんだ」

ギャング達は、皆一様に悪寒を覚えた。

頰に脂汗が滴る。

「ツケを…」

パレードが、手に持った剣を構え。

「支払ってもらおうじゃないか」

愉快の極みだと言わんばかりに、口角を上に歪めた。

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