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《魔法世界》が同じ宇宙の何処か別のところにあるのではなく、別の地球の一つではないかという説は早くから言われていて、それは現在では主流となっている。

 証拠としては、ほとんどの地域で使われている言葉がラテン語、あるいはラテン語起源の言語と酷似していること、地形がほぼ地球のそれであること……などがあげられる。

 いわゆる並行世界と言われるものであろう。

 SFなどで言われているアレだ。何かが今の世界と違う世界。IFの世界。

 地球からしたら《魔法世界》は「もしも魔法があったら」のIFであったし、《魔法世界》からしたら地球は「もしも魔法がなかったら」のIFということになる。

 地球と《魔法世界》の最大の違いである『魔法』――これがいつ頃から《魔法世界》にあるのかは、二千年前ではないかと考えられていて、そこまでの世界の歴史は驚くほど地球と似ていた。


 そして地球で言うローマ帝国のある時期に、『魔法』が生み出された。


 この時に『魔法』を生み出した開祖が誰であるのか、奇妙なことに記録があって然るべきだが正確なものは残っていない。どうやら同時期に複数の『魔法』を作り出した者がいたらしいというのは解るのであるが、これは何やらはっきりしない。

 とにかく『魔法』はただちに帝国に広まり、不可思議なことに『魔法』が文化として伝播するよりも早く、帝国より少し遅れて世界各地で魔法使いが生まれた。

 これは『魔法』が生み出されたのと同時に、「魔法の素」とも言える何かが世界に充満したためだと考えられている。この「魔法の素」が何なのかは当時も今も解っておらず、未知の量子のような何かではないかと言われているが、それさえも仮説にすぎない。

 この後に起きたことは、言うまでもない。

 人は新たな力掘り起こすたびにそれの多くを軍事に使用していたし、当時の《魔法世界》ではまだ飢饉だの貧困は解決されていなかった。

 この時に起きた戦争は《魔法世界》における最初の世界大戦となった。残念ながら最後の、とはならなかったが、この戦争で帝国は世界の大半を手中のものとした。地球において新大陸と呼ばれる土地さえも、足を伸ばした。『魔法』によって海を超えることすら可能になったのだ。文字通りの世界帝国を作ることを、彼らは可能とした。

 その後の歴史の詳細は、あえて語るまい。

『魔法』があろうと、なかろうと、人々の行いはさほど変わらなかった。少なくとも、その後の三百年は、動乱の時代が続いた。

 そして西暦でいうところの800年代に、最後の世界大戦は終わった。

 その頃には最大にまで発達した魔法文明ともいうべきものが、《魔法世界》を繁栄の絶頂にまで導いた。すでに帝国は滅んでいたが、それを受け継ぐ四大の精霊の名を冠する王国は残り、幾つもの国家は生まれては消えていった。

「……それも衝突で、色々と様相が代わるのですが」

 真紀は軽く《魔法世界》の歴史の概略を語る。この辺りのことは兵法者でなくともちょっと歴史に興味がある人間ならば知っていることであるが。

「で、『魔法』とは何かいうことについてですが……まあ、私の経験から言えば、『大魔法』以外は地球の魔術と大差はありません」

 また、どよめきがあった。

《魔法世界》の魔法使いたちの『魔法』は、地球の魔術よりも数段強力である、いうのが巷間信じられている話であるからだ。

(そんなに驚くことかな?)

 真紀は首をひねるが、あまり知られていないし、実体験していないとそんなものかなと思い直す。他の師範たちとも話してみたが、《魔法世界》での戦闘経験のある者は少なかった。

 それも当たり前の話で、兵法者だからって別に《魔法世界》に行く義務はない。行っても、大使館のようなところの武官、企業の護衛としてなどの任務も多い。

 魔法騎士などとは訓練や技術交換くらいはしているし、その意味では魔法経験者とは言える。そういう師範たちは慎重な口ぶりで「『験』ができればなんとかできた」と述べていた。

 真紀はそれで正解だと思っているし、師範たちが慎重になる理由も解っていた。

 実戦の有無を、彼らは気にしているのだ。

(兵法者としては、それもまた正解だけど)

 稽古と実戦が異なるということを、兵法者は皆口にする。それは事実で真実である。稽古でできたことが実戦でできないなんてことはざらにあるし、実戦で通じる技が稽古では使えないなんてこともありふれている。

 だが、それについては御法真紀の意見はやや違う。

 稽古と実戦を別けて考える必要はない。稽古でできないことはたいてい実戦でもできない。実戦でやれることは、稽古でもやれたことばかりだ。稽古は実戦のつもりで、実戦は稽古の気持ちで、とはありふれた言葉であるが、真紀はそれでいいと思う。

「基本的に彼らの使う『魔法』は、こちらの魔術師と仕組みは変わりません。自然霊や人工精霊……なんでもいいですが、自分以外の諸力を借りるか、自分の霊力をそのまま使うか。兵法者もその意味では魔術師とも魔法使いとも同じといえます。ただ、私たちは刀剣、薙刀などの武具を使用することで別けられます」

 だから、と真紀は言う。

「『験』ができれば兵法者はたいていの魔術師に遅れをとらないように、『魔法』にも勝てます」

 まだ、講義室には納得がいかない者もいるようだった。

 ティナはぶすったれた顔は変えてないが、一度溜め息を吐くと首を振る。同意なのか、それとも否定なのか、あるいは別の何か――過去を思い出しての所作なのかは、誰にも解らない。

 御法真紀は黒板に「剣」「験」「顕」と書く。

「これらについてはあなたたちはご存知だと思いますが、改めておさらいしておきます」

「剣」――

「これは、活人剣、殺人刀と古くからあるように、格として剣は刀より上にあるものと一部では考えられていました。日本の兵法者の主に使う刀は、これは元々、剣が変化したものでもあり、日本剣術における刀とは、同時に剣でもある――故に、刀を使いながらも剣術……刀を剣とする術、という解釈も可能です。それゆえに、衝突以降では、剣術家として一人前になった者の、霊威を宿らせて妖怪変化、妖術に対向できる者の技を『剣』と呼ぶようになりました」

 この用語、用例、解釈は、衝突以降に流布されたもので、それ以前は一般的なものではない。

 だが、刀を使いながらも「剣術」ということを解釈する上で、一人前の剣士が霊威のある剣技を振るうようになった衝突後の世界観の中では馴染みやすかったというのも事実である。

 史実を厳密に言うのならば「刀術」と称した流派も日本にはあるので、注意が必要なのだが。

「兵法者たらんとする者ならば『剣』に至るのは当然で、ここにいるあなたたちも、大半はすでにそれが使えるか、その寸前という者も多いでしょう。魔術も併修することによって霊威を補う者もいますが、それはそれで実効性もあるのでありですけども、できるならば鍛錬の成果としての『剣』を果たしていただきたい」

 真紀のこの言葉は現役の兵法者としての定型句のようなものである。

 現実には、霊的なメソッドが確立していない剣術の鍛錬だけで霊威を獲得するのは困難なケースも多く、それを補うために修験道などを導入する流派もそれなりにある。

 実は剣術流派の大半は、すでに霊力鍛錬としての方法論を失っているか、初めからない。

 ただ、名人達人と言われる者は例外なく『剣』に至ることを考えれば、修練が足りていればいずれ至るのだという考え方も根強くある。

 御法真紀もそんな中の一人だ。

「この『剣』にまで達していれば魔術を破るのも可能ですし、『魔法』に対抗できることも不可能ではありません。ただ――」

 やはり、『験』にまで至らないと、難しいのは確かです、と言った。

「あの、質問があります」

 そう手を挙げたのは、三段目の席に座っていたショートカットの黒髪の娘だ。

 真紀は顔を上げた。顔を上げて微かに硬直した。

(似てる……?)

 硬直の後、動揺した。だが、相手は気づかなかったらしく、真紀の沈黙を同意と見做して少し躊躇いながらも質問する。

「先ほど、魔術的に霊威を補う方法について、師範は否定的でしたが、現実に修験道で『大魔法』に対抗できた記録を読んだことがあります。そういうケースはどうお考えなのですか?」

「――それは、」

 真紀の脳裏に、部下の姿が浮かんだ。自分を慕っていて、自分を援護しようとして、明王を召喚した娘を。


 知らなかったのだ。


 あんな時に、自分とあの子との戦いの邪魔をしようとした子が、あなただったなんて。

 援護だなんて欠片も思ってなかった。

 知っていたら、どうしただろうか。跳ね除けたりしないでいただろうか。

『修験だけでも、兵法者に優る方法はあると思います』 

 というのが彼女の主張だった。

 霊的戦闘が研鑽されていく中で、古来よりの兵法、武術に霊威が宿るということは知られながらも、それでは足りぬと、より早く、より効果がある霊的戦闘のメソッドの構築が求められた。それが修験系を始めとする修行法の導入である、とは先述した。

 これが当初難航したのは、霊力の伸長が著しいのは若い女子であるということが判明し、女性の兵法者が増える中、修験道は基本的に女性がしてはいけないものとされている。だから修験道系の遣い手は男性が大半だった。武術の霊的メソッドを補うどころではなかったのである。

 勿論、男性兵法者もそれなりにいて、積極的に修験を取り入れる者もいたが多数派ではなかった。古伝の剣術の価値が認められたのに、それをさらに改めるということに抵抗があったのかもしれない。

 ――とはいえ、時代が変われば、諸々と変わる。

 修験者のある人物が神道系の団体に入り、新興の修験道の宗派を始めた。

 それが女性の修行者も認めるという宗旨を掲げ、多くの霊力鍛錬に励む兵法者がそこに駆け込むように学ぶようになった。

 元より、修験道に入るような密教呪術と武術は相性がよい。今の世に霊的メソッドを保つ流派は、多くが九字、真言、などを含めていることが多く、近代格闘技系の者もこの宗派に学んで修験道を取り入れる者も増えた。

 その中から、ぽつりと天才が出た。

 あえて、名は秘す。

 その少女は、元々その団体の神道系呪術を嗜んでいた巫覡であったが、修験系の呪術も取り入れて過酷な行をこなし『顕』に至った。

 彼女が御法真紀の率いる兵法者遊撃部隊に所属したのは当人の強い希望であったが。

『そう遠くない将来、修験者の地位を兵法者以上のものにしてみせます』

 とよく語っていた。

 何処か小うるさくて真面目目な彼女を、真紀はだけど好きだった。恋愛的な意味はなくて、ただ、好ましく思っていた。それは他の部下たちもそうで、先達で同格以上の修験者も部隊にはいたが、将来の自分らの頭目のように彼女を扱っていた。

『隊長』

 と彼女は言った。

『あの時の私の支援は、本当にいらなかったんですか?』

 いや。

『あの子との戦いを邪魔されたくないから、私を殺したんですね?』

 違う。

『私は、隊長のこと――――』

 言わないで。


「…………師範?」

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