2.便利屋

 彼女、御島英美が帰ったのと入れ替わるようにして、常連客がやってきた。

 からんからんからからからん、とドアベルがしばらく止まない雑な開け閉め。


「マスター、ビールぅ~」

 肩より少し長めのストレートな金髪を無造作に両手で掻き上げ後ろへ流しながら、いつも酔ってんじゃね?と思う時もある脳筋脳天気男が、カウンターのスツールに腰を下ろすより前に注文する。

「先月の支払いがまだなんだけど?」

 にっこり笑って脳天気男───ジョウ野田川のだがわに告げる。

 こいつの金髪は天然モノで、父親が日本人ではないらしく体躯もそれらしい鍛え方をしていた。知らない人は大抵が日本語が通じないと思うらしく、最初は英語での会話を試みるのだが、日本暮らしが長いこいつは、日本語の方が堪能だった。

 ジャンパーとジーンズという定番の恰好がナチュラルにキマっていても、脳味噌も筋肉になっているのが残念なヤツだ。でもそのせいか人懐っこくて明るい。


「言うほど飲んでないだろう?」

 入って来るときにはジョウの背後に隠れてしまっていたもうひとりが、溜息と共にスツールに腰掛けながら反論した。

「俺はコーヒーでいい」

「いや、だから、先月の支払いをだな、先に済ませてくれって言ってるんだ、雅巳ちゃん?」

「ちゃんは要らないって言ってんだけどおっ?」

 ジョウの陰にすっぽり隠れてしまうくらいには小柄な連れ、コーヒーを所望した橘雅巳たちばなまさみは、その小柄さと名前にコンプレックスを持っていた。

 女の子の服を着せてメイクしたら確実に女の子扱いされるだろう。ちゃん付けて呼ばれるのを嫌がっているのは承知の上だ。

 ふたりとも、二十歳、或いは二十代前半てところだと聞いている。

 ちなみに俺は、他の客に以前尋ねたところ、見た目では同じくらいか、あえて言うならふたりよりは年上っぽい、と思う程度で、大学時代の友達同士じゃないの?くらいの印象らしい。

 聞き流して肩を竦めて笑った雅巳は、カウンターに軽く組んだ腕を乗せた。

「まぁいい、もうすぐ収入がある予定だから、入金次第支払うよ」

 聞き慣れないセリフに、俺は向き直り

「収入……入金……っ?」

「そんな驚くようなコトじゃないし……嫌味ばっか言うならこのビル、引き払ってもいいんだよ?」

 雅巳とジョウのお約束の切り札がコレだった。

 訳ありで部屋を借りたり契約したりのあれこれが、訳ありでめんどくさい俺に変わって、書類の上の手続き関係はこいつらに任せて頼んでいるのだ。

 半地下への階段の突き当たりにあるのが俺の店だが、その右隣にあるドアはこいつらの事務所の入り口なのだ。

 煤けた俺のとこの看板とは違い、もうちょいキレイな壁掛けボードには


─── J&M事務所 ~ 困ったらまずは相談 ───


 こう書かれた紙が貼られていた。

 ふたりの名前の頭文字で、JaMと丸っこいハンコのような手書きマークが隅っこに描かれている。たまに作り替えられているようで、破れてるところはあまり見ない。

 事務所とあるが、実際は便利屋みたいなモノだった。便利屋と明記していたら、受けられないような事案……資格が要るだの、素人には向かないような専門的な依頼が多すぎて困った経緯から、いざとなったら断りやすい名前にしておいた、らしい。

 探偵とかカッコイイ名称にしておけばとは言ってみたが、くすぐったくてイヤなんだそうな。

 そんなこいつらの、時には応接室代わりにもされているのがこの店でもあった。

 はいはい、と軽く返して、ふたりに注文の商品を出す。


「で、入金があるって、仕事入ってたのか」

「ああ、ここ閉まってて、事務所の方で受けたから、マスターは聞いてなかったっけか。まぁ、ただの人捜しだよ」

 雅巳が両手でカップを包むように持って、はふはふ冷ましながら答えた。

 人捜し?とさっきの彼女が脳裏をよぎったが、知らないふりが吉か。

「見つかっても見つからなくても、前金は手付けとしてもらったからなっ」

 にっこり嬉しそうにビールジョッキを掲げてはしゃぐジョウに、あ、ばか、しっ、と雅巳は首を振ってダメ出しするが、時すでに遅しってヤツで、俺はにんまりと口角を上げた。


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