第二十五話 背負う過去

アクティニディア、フィルメルス城



レウメス、魔術ゴーレムの襲撃、アンテの死から数日が経った頃。

フィルメルス城では兵士達と共に忙しく動き回るクローゼの姿があった。


「ええ、それは見張り塔の復興作業班の方へ運んでもらえるかしら。それは、分かったわ。私の方から渡しておくわね」


クローゼはフィルメルスの代わりに作業の進行や確認、統率役をしていた。


「ふぅ、さてと……」


住民に被害はなし、兵達も怪我をした者は居たものの死人はゼロと人的被害はほぼないに等しい。

ただ一人、アンテを除いて。

あれだけの数の襲撃を受け、壊れた見張り塔や一部城壁の補修だけで済んでいるのは大勝と言っても過言ではないだろう。

しかし、一部の人間の心には決して忘れることの出来ない傷が確かに刻まれた。


フィルメルスの私室の目の前に来たクローゼは扉を軽くノックする。


「どうぞ」


返事はすぐに返ってきた。

部屋に入るなりクローゼの持った大量の報告書を見てフィルメルスが一言。


「やっぱりわたくしもてつ」


「怪我人はじっとしてなさい」


クローゼは即答だった。

部屋に座って事務作業はしているものの、フィルメルスは医師からすれば絶対安静と言われた状態だ。

長時間の出血、魔術ゴーレムの大剣を反動にした無理な攻撃による右足の骨折、身体的、精神的疲労等、とても何かをして良い状態ではない。

それでも戦闘後、頭に包帯を巻き、片足を引きずり壁に手を当てながら城内で動いている姿をクローゼに見られ強制的に部屋から出ることを禁止されたのである。


「でもこのままじゃ貴女が倒れてしまいますわよ?」


「私の心配なら大丈夫よ」


フィルメルスは大きくため息を吐く。


「確かに今のわたくしが言っても説得力がないかもしれませんが……」


クローゼの表情を見てフィルメルスは途中まで言い掛けた言葉をやめる。


「はあ、分かりましたわ。引き続きわたくしの代わりを、書類のサイン等はこちらでやりますのでちゃんと持ってくること!」


「ちゃんと持ってくるわ」


サインや確認が必要な書類だけを机に置いてクローゼはすぐに部屋を出ようとする。

扉に手を掛けたところで振り向くことなく小さな声でクローゼはこう言った。


「ありがとう」


静かに扉は閉まる。

一人部屋に残ったフィルメルスは持ってきた書類を見ながら考える。


(クローゼ、貴女は自分を責めすぎですわ……。それではいつかその重さに耐えられなくなりますわよ……)



部屋を出たクローゼは再び城内を見回る。


(感情を出さないようにしているつもりだけれど、フィルメルスには隠しきれないみたいね。何かしてないと正気で居られない。本当に弱いのは私ね……)



あの日、クローゼがフィルメルス城の近くに戻ってきた時にはミルマがレウメスの障壁を斬りつけている時だった。

目の前には停止した魔術ゴーレム、遠くに見えるのは血だらけのフィルメルスと傷だらけのミルマ、そして倒れているアンテの姿だった。

障壁、召喚、転移等といったレウメスの魔法を止めたのはクローゼだ。


(そうだ、私はいつも間に合わない。私があと少し早く着いていれば、ミルマに二度も魔法を掛けることも、今回だって誰も傷つくことなく、アンテだって死ぬこともなかったのに)


「クローゼ……?」


脳内での考え事に集中してしまっていたクローゼは声を掛けられるまで近くにいたミルマに気が付かなかった。


「ミルマ……」


「遅くなってごめんね、私も手伝うよ」


ミルマは森での魔力を持ったゴブリンとの戦いで負傷こそしていたものの、重傷というほどではなかった。


「平気よ、まだ休んでいた方がいいわ」


「こんな近くで声かけるまで気が付かないクローゼは普通じゃないよ。いつも一人で無理するんだから。私はこの通り、元気だよ」


「体の問題じゃないわ。心の……」


「だーめ、それはクローゼだってフィルメルスさんだって同じでしょ」


クローゼは少し考え込む。

その様子を見たミルマは真剣な表情で話す。


「あのね、みんなは、ううん、私はクローゼが自分で思っている以上にクローゼの事が心配で大好きなんだよ。だからもっと頼ってほしいな」


素直なその言葉に驚き、嬉しさを感じたクローゼはそれを隠すために後ろを向きミルマに声を掛ける。


「仕方ないわね、手伝わせてあげるわ」


「やったね!!」


笑顔のミルマはクローゼの後ろに着いていく。


(私は幸せ者ね、信頼できる仲間が居て、大事に思ってくれてる人がこんなにも近くにいるんだから)


「あー、また考え事してる」


「し、してないわよ?」


「嘘だ! 私には分かるもん」


途中、クローゼが立ったまま寝る等問題はあったものの、そこはミルマがカバーし、二人は確実に仕事をこなしていった。



それから約一週間、アクティニディア全域が大体元通りになった頃。

城には一人の人物が訪れていた。


「これをアクティニディア女王、フィルメルス様に渡してほしいのだが」


城門では一人の男性が門番の兵士に手紙を渡していた。


「フィルメルス様に確認を取って参りますので、少々お待ちを」


一人の兵士が確認の為、城内へと消える。

手紙を渡した高齢の男性が堂々と佇む中、兵士が戻ってきた。


「確認が取れました、どうぞこちらへ」


「おお、この国は対応が早いな。我が国も見習いたいものだ」


兵士の案内でフィルメルスの自室へと辿り着く。


「フィルメルス様、先程のお客様をお連れしました」


「通してもらえるかしら」


兵士がドアを開け、高齢の男性が部屋へと入り、兵は一礼をしドアを閉める。


「マルスプミラのオーディス様で間違えありませんわね?」


「はっ! いかにも、私めがオーディスでございます」


「わざわざ訪問された理由は、こちらの手紙に書いてある通りで?」


「お恥ずかしい話、今マルスプミラには国王が不在、すぐにでも救出に向かいたいところですが、兵を育てる時間もなく我々が外へ出ることが難しい状況、そこでもし可能であれば少しお力を貸して頂けないだろうかと……」


手紙の内容、それは国王奪還の為にアリュールやルナールといった主力が外へ出た際国の守りが手薄になる為、兵士を借りたいという内容だった。


「国王不在の今、実質代行のような立場の貴方が自ら足を運んできた。わたくしとしましても協力したいとは思いますが……」


フィルメルスは一度手紙に視線を落とし、オーディスに向かい言う。


「この内容では受けられませんわね」


オーディスはそう簡単なことではないことは分かっていた。その答えに驚きはしなかったものの、引き下がるわけにはいかない。


「他国を守る為に兵を貸してほしい、そう簡単な話ではないことは分かっております。その上でどうか再交渉をお願いしたい。内容に至らぬ点があったならば私めが出来ることであればなんでも!」


「そんな必要はないですわ。ただ、交渉内容の一部分、これを見直し、考え直してくれれば構いません」


フィルメルスが飲めない条件。それは兵達を借りる代わりにマルスプミラの領土の一部をアクティニディアに譲渡するという内容だった。

オーディスは考える。


(通常であれば譲渡する領土の範囲が足りない、ということであろう。だがこの表情は何かが違う)


考えるオーディスを見てフィルメルスが指摘する。


「民、ですわ。譲渡される領土に住んでいる人達はどうなりますの? いきなり今日からここは他国の領土になります、と言われて納得出来ると思いますの? それとも領土内に引っ越せということですの?」


予想外の指摘に驚くオーディス。


「な……」


「国王不在で国が回らず、焦る気持ちもあるのでしょうが、自国の民を大事に出来ない国へわたくしの兵達を預けることは出来ません」


フィルメルスは手紙に書いてある領土の譲渡の部分に線を引き、その下へ新たな条件を追加する。


「これで宜しければお力になりましょう」


戦闘外での兵達の安全及び人権の保証。

たった一文だった。



それからさらに一週間程が経ち、城も落ち着き、国民はそれぞれの生活に戻り、兵達も通常の業務へと戻っていた。

マルスプミラの交渉は成立し、フィルメルス城にはアリュールとオーディスの二人が来ていた。



フィルメルス城、会議室



「この度は寛大なお心で我が国へご協力頂き……」


オーディスがフィルメルスに頭を下げる。


「お堅いですわね……。これが普通なのかもしれませんが、ここはわたくしの国。わたくしがルールですの! もっと気楽に喋って下さいませ」


アリュールはそれを知っている為、軽くお辞儀はしたが、横に居るオーディスと違い、表情は笑顔だ。

現在はアクティニディアに所属している全兵士の三分の一をマルスプミラに派遣し、それを確認してからルナールに指揮を任せこの二人が国王奪還の為に訪れていた。

部屋にはミルマとクローゼも招待されている。


「本当に二人で行くんですか?」


ミルマがアリュールに問いかける。


「はい。ゴールの今までの動きからして、何処に現れても不思議じゃありませんから。マルスプミラにはルナールが、もしアクティニディアに攻めてきた場合にミルマさんやクローゼさんが居れば安心です」


「ちょ、わたくしは?」


「骨折中の女王。会議室は任せるわね」


自分の名が出ないことに意義を唱えたフィルメルスであったが、クローゼの一言に反論出来ずに黙るしかなかった。

そのやり取りを横で聞いていたオーディスの表情が少し明るくなる。


「ふむ、とても重要な作戦会議とは思えない雰囲気。いや、常に余裕がある強者だからこそ出来る事か……」


マルスプミラ国王、グロウの居場所についてはクローゼからの情報のみを頼りに、アリュールとオーディスの二人で行われることとなった。

その情報源についてフィルメルスはクローゼに聞いたが『森で遭遇したゴブリンが言っていた』としか言わず、フィルメルスは何か隠しているとは見破っているものの、嘘を吐いて仲間を傷つけるような人物じゃないとその情報を信じた。

作戦の実行は翌日、会議室から出たミルマは一人考える。


(クローゼの事は大好きだし信頼してる。強くて優しい、絶対に裏切ったりしないって。でも何かを隠して……ううん、違う)


ミルマは首を振り考えていた事を頭から消そうとする。


(言えない何かを背負って?やめよう……。少し疲れてるのかな、今日はもう休もう)


以前同様与えられた部屋に戻り、ミルマはすぐに目を閉じた。

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