第96話老いた大地の神を討つ
まず一行は地の底で眠るガイアの元に向かう道すがら、魔術師を探した。
混乱の中、ようよう見つけた魔術師に暗示の魔術を掛けてもらうが、強力な精神防壁が備わっているらしく、一切の魔術を弾く。
森の中に隠れるように佇む家の工房で、霊薬も効果がないと知るや、魔女ローラは首を左右に振った。
「御免なさい、この人は私では太刀打ちできない。多分、本当にマティアス神の加護を受けているんじゃない」
「だからそう言っています!寄り道などしないで、先を急ぎましょう!」
チェルシーは椅子に座っていたジュドーの腕を掴み、右手の中指をいきなり折った。
苦悶の声を漏らした男の髪を握り込み、凄みのある微笑を浮かべる。
「あのねぇ、裏付けのない話なんて信用できないの」
「私は力を渡しました、この上何が必要なのですか!?」
「だから、神を殺したとして、その時何が起こるの?事態が悪化しない保証はできる?」
「分かりません!そんなことは教えられていない!」
ジュドーは髪をぐいと引っ張られ、床に投げ倒された。
横たわった預言者の身体を、チェルシーは何度も踏みつける。4回目に入ろうとした頃、ウィルが止めに入った。
芋虫の様に身を捩るジュドーから引き離されながら、チェルシーはウィルに肘を、頭突きを喰らわせる。
「よせ、姐さん!死んじまう!」
「あぁ……糞!こんな奴に行き先を決められるなんて」
5名は東大陸の中央に聳える灰色の峰の麓の洞窟に侵入。
明り一つない岩の胎内を進む。七穂は一匹の魔物とも出会う事なく、眠る老婆――ガイアと出会った。
下方に傾斜した道が途切れると、途方も無く巨大な空間に突き当たる。瞼を閉じた老婆をまじまじと眺めた七穂は、思わず身を引く。
ガイアの眼窩の幅は、七穂の背丈と変わらない。
顔は名古屋駅前の高層ビルのように高く、それらのいずれも、この女神の顔ほど広くない。
洞窟の際からは、ガイアの胸から下はほとんど見えなかった。
「おい、ふざけんなよ…」
「マジでやるのか?」
マーカスとウィルは腰が引けている。
この体格差なら、指の一本で地面の染みに変えられてしまう。
ふぅっと息を吹きかけるだけで、壁に叩きつけられ、骨を折られてもおかしくない。
「この騒ぎが終わったら殺してやる…主神の雷火(マティアス・ライトニング)」
チェルシーが突き出した鎚矛から、死の黄金光が放たれた。
光輝は右眉のあたりを通過し、轟音と共に反対側の岩壁を掘り進んでいく。
まもなく光の余波で顔の右上部が粉々に砕け散る。直後、ガイアは左瞼を開けると、耳障りな叫びで七穂達を揺らした。
そのすぐ後、大蛇のようなものが現れた事に気づいたのはウィル。
最前列から顔を覗かせていた七穂を抱え、弾丸のような勢いで後退。パーティーに襲い掛かってきたのは、ガイアの人差し指だ。
地の底から轟音が昇ってくる。
身を翻して出入口に引き返す間、洞窟の温度は1秒毎に上昇していく。
息を吸うだけで身体が炙られるような熱気に加え、足場が揺れている。頭が痛くなってしばらく後、七穂パーティーはガイアへの道から脱出。
その背後から、赤く輝く、粘つく溶岩が噴き出した。揺れは収まるどころか、更に大きくなった。
「走りなさい!!」
「逃げて!!」
チェルシーと七穂が、雷霆の欠片を撃って溶岩を阻む。
大気を歪める熱と籠められた魔力が、鉄をも溶かす濁流の前に立ちはだかる。
視界を金色の染め上げる神界の光を破ったのも、また神。マティアスよりも古くから生き続ける地母神ガイア。
灰色の岩壁を、龍の首のごとき左腕が貫いた。それが横薙ぎに振るわれ、砲弾のように山の一部がばら撒かれる。
直後、頭部の欠けた老女神の顔が数万年ぶりに地上の空気を吸った。
「おぉ…なんと愚かな子供達。何者の甘言を受けて、我が寝所を荒らすか?」
「アンタの孫の、マティアスよ!あんたに死んでほしいそうよ!」
驟雨のように降り注ぐ問いに、チェルシーは気丈に答えた。
まもなく戦いは始まった。周囲に並ぶ土と樹木、石や岩が七穂パーティーの拘束を試み、ガイアは口腔から雷鳴の如き叫びを浴びせる。
周囲の地面の土が舞い上がり、周囲の岩が砕け散った。一行の装備品に影響がないのは、マティアスの加護を受けたからか。
しかし、凄まじい音圧の影響は大きく、ウィルとミルド、チェルシーの両耳からどす黒い血が流れ出てきた。鼓膜が破れたのだ。
ガイアを討つ事は出来たが、ミルドが犠牲になってしまった。
強力な器物であるアスクレピオスの鈴によって蘇生できたとはいえ、全身の骨を砕かれ、内臓を破裂させた彼は復活して以来塞ぎ込んでいる。
他のメンバーも、致命傷を避けられたとはいえ、傷を負っている。この日のうちにマーリド神を討つのは無理だ。
野営の用意を済ませると、マーカスと以外の男2人は早々と眠りについた。
ガイアが倒れた直後、大きな揺れが東西の大陸を襲った。
地面が割れ、隆起や陥没で通行不可能な区域が無数に生まれる。大地が死んだのだ。
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