第92話管理システム―ウォーデン―
「うわっ、汚いなあ。死体?でも傷みは薄いね。今さっき死んだみたいだ」
「反応が消えた。これか…」
この壁は生きていたのだ。
相手が困るだろうと言うそれだけの理由で壁を破壊した為、何をもって再生室と名付けられていたのかは不明。
佳大が隣の部屋に走り出すと、クリスも摘まんだ腕の骨を放り捨て、随行。佳大は床を蹴り、足を揃えてドロップキックを放った。
ミサイルが着弾したような爆風により、再生室を制御する部屋にあった機材が一時に破壊される。
部屋にいた男女は姿を消している。
機器類を一渡り眺めるが、読み取れる情報は少ない。
再生室を監視する窓の両サイドに、モニターが2面ずつ備えつけられている。
視線を下げると、無数のボタンやランプ、レバーが並ぶ。それらの間に温度、気圧、湿度といった単語が並ぶ。
(うーん……わからん!どうでもいい)
佳大は部屋を出る。
調べてみたはいいが、役に立つ情報は出ないだろう。
クリスと共に出て、施設の中枢を襲撃しに行く。そこなら地球に帰る手段について調べる事もできるだろう。
彼らは遭遇した巨人達を血祭りにあげながら、指揮所に突入。
一段高い指揮官の椅子を、囲むようにオペレーターの席が配置された部屋は、戦艦のブリッジに似ている。
しかし、今は武装した兵士達が集められ、襲撃者を待ち受けていた。
扉が開いた瞬間、獲物を待ち構えていた銃口から吠えた。
轟音に包まれた部屋を、柿色と金色、2色の流星が我が物顔で飛び回る。
オペレーターの一人がスイッチを起動。触れるを幸いに兵士を八つ裂きにしていた佳大とクリスが金縛りに掛かる頃、詰めていた兵士は2名を残して全員細切れになった己の肉体を部屋いっぱいに撒いていた。
「あれ…!?おかしいな」
「動けないな」
呟いた佳大に、銃撃が連続で浴びせられる。
2門のレーザーが、佳大の脳天と心臓を貫く。意識が暗転する直前、佳大は激痛に脳髄を揺さぶられながら、兵士の後ろに控えていた者―この施設の指揮官―以外を皆殺しにする事にした。
うつ伏せになった佳大の頭部と胸部がどろりと解け、彼は膨張する柿色の肉質の塊と化す。クリスに狙いを定めた光線を射線を塞ぐと同時に、残っていた7名足らずを流動する細胞が雪崩のように呑み込んだ。
「大丈夫か?クリス…」
「うん、平気だけど。あいつら馬鹿だねえ、独り一本ずつ狙えばいいのに」
柿色の肉質が収縮する。
佳大の声を発するものは2本の脚で立ち、右手で指揮官を掴んでいたが、およそ人間の姿をしていなかった。
肥えた羆のごとき球体の胴体は身じろぎする度に表面が波打ち、その度に等間隔で並んでいる灰色に濁った3つの目が踊る。
左肩にあたる位置で裂けた口とは別に、巨大な杉村佳大の顔が天井を仰いでいる。喋っているのは天を仰いでいる顔だ。
佳大はオペレーターらしき巨人の残骸を、胴体から砲弾のように発射。
「馬鹿な…心臓と頭部を撃たれておきながら」
「頭を撃たれてもしばらくは生きてる事があるって、何処かの本で読んだけど…まー、いいや。それよりさ、聞きたいことあるんだ」
まだ身体が定まらないらしい佳大の顔が、ゆっくりと正面に滑り落ちてくる。
山吹色の頭髪、柿色の皮膚をしている事を除けば、東洋人青年そのままの顔をしている。
「お前らって、どうやってこの世界に来たの?」
「それを何故教えなければならん」
両腕を痛いほど握りこまれた指揮官は、吐き捨てるように言った。
佳大の胴体から、昆虫の節足のような物が伸びた。
巨大な人指し指が2本、音の2倍の速さで放たれたのだ。
左脇腹を削られ、右腿と左肩を貫かれた指揮官と、衝撃波に見舞われたブリッジが悲鳴を上げる。
「教えないなら別の奴に聞くよ。知ってるなら早くしてくれ」
「……ウォーデンに座標を入力させろ。そうすれば自動で検索してくれる」
「ウォーデンって何?」
指揮官は諦めた顔で、ウォーデンについて話す。
要約するとこの施設――巡洋艦を管理する人工知能の事らしい。
「あれー?じゃあ、あのオペレーターは何?」
「オペレーター…彼らはウォーデンのコンディションをチェックするだけ――」
指揮官が全て言い終える前に、佳大は指揮官を勢いよく床に叩きつけた。
床が破裂し、巨人の身体の破片が2人目がけて飛散するも、紙礫をぶつけられた程度の衝撃しか受けない。
路上で踏みつぶされたカメムシより悲惨な有様になった指揮官に背を向け、何処かにいるらしいウォーデンを呼んだ。
「始めまして、新しいマスター」
「うわぁッ!びっくりした…」
ブリッジの正面に広がっていた黒い画面に、銀色の顔が浮かび上がった。
毛の一本も生えていない、艶のある金属光沢を発する壮年男性と思しき首だけが浮かんでいる。
黄金狼は素っ頓狂な声をあげた佳大を見て、憚ることなく爆笑する。
予想だにしない道を進んだが、ようやく帰れるのだろうか?
心が浮つくのがわかるが、佳大は気を抜いていない。全く順調に進むなどあり得ない、大抵どこかで邪魔が入るのだ。
再生を終えた柿色の闘鬼は、警戒と不信を強くする。
「早速で悪いけど、住んでいた世界に帰りたいんだ」
「世界移動ですね。条件を入力します。入力形式は音声と手指の2つがあります」
「音声で。201X 年の地球、日本の名古屋……」
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