第37話迷宮の地下都市――聖堂から城塞へ

「誰かに見られていた気がする」

「!?」

「おい、確かか」

「知らん」


 佳大は無造作に言った。


「くっそ、不安にさせるな…」

「臆病だなぁ、ジャックは。僕と佳大がいるんだ。どんな敵が来ようと問題ないだろう?」


 鉄の鉱石100g、折れたグレートソードの刃、油胞らしいキメの細かい緑の皮に包まれた果実1つ、ズボン3着を入手。

それらを黒雲にしまう佳大の表情は冴えない。柑橘類と思しき果実を手にした佳大に、ジャックが声を掛ける。


「見つかるのはガラクタばかりか…どうした?」

「うん、あぁ、船に乗った時のことを考えててな。船の上で病気になったら嫌だなって」


 エストリア共和国ですら、西大陸まで船を出す事は滅多にない。

その理由は壊血病である。この時代の船上食は保存のきくものが殆どで、遠洋航海となるとどうしてもビタミン不足に陥るのだ。

大航海時代の欧州と同じように、壊血病に船乗りは悩まされていたのである。


「それで、その緑の実が、そのカイケツショウっていうのを防いでくれるのかな?」

「可能性はある。帰ったら実験しないとな。脱出用道具もあるし、先に進もう」


 商店街を南に抜けると、巨大な建築物が視界に飛び込んできた。

尖塔に挟まれた、頭の尖ったアーチ窓が特徴的な切妻屋根のそれは、一見して教会をイメージさせた。

西に入口を向けている赤塗りの扉を開けると、長い身廊に出た。見上げると等間隔で続くアーチ型の梁、その間から光が差しており、中は明るい。


 目を皿のようにして長椅子を見分していくジャックを無視して、クリスは祭壇に歩み寄る。

太い柱には、宗教的な意味ありげなオブジェが埋め込まれており、人物の像が長椅子を見下ろしている。

教会の中に入った事など無い。帰る手段が見つからない事は腹立たしいが、このような機会でもなければ、教会に足を踏み入れる事などなかったろう。

佳大は得にした気分になった。


 クリスは2枚のフレスコ画を頭上に掲げる主祭壇を、躊躇なく叩き壊す。


「何も見つからない――!」

「おい、ジャック!!」

「あぁ、おかしいと思ったよ!」


 祭壇が破壊された直後、出入口、両サイドの側廊から大柄な男達が歩み出た。

いずれも神父が身に着けるカソックのような黒衣に身を包み、いずれもメイスで武装している。

2mほどの体躯は如何にも屈強そうで、手の中にある星型の槌頭で殴られるのは遠慮したい。


 彼らはこれまであった魔物の中では、中々強い部類だった。

佳大の一撃に耐え、絶命させるまでに最低2発は叩かねばならない。戦車が降ってきたような衝撃を浴びる神父姿の巨躯どもは、音を立てて壁や柱に埋まるも、糸で操られたように立ち上がる。

ジャックは佳大の傍をキープしつつ火炎の魔術を見舞い、クリスは乱舞するメイスを潜り抜けて、首や背中に爪を浴びせた。


 まもなく3人は聖堂を退出。収穫は長椅子に放置された丸薬の筒と、投げナイフの束のみ。


「不心得な奴がいたもんだ」


 続いて城塞、墓地を発見した彼らは下層に広がる街を発見。

あれが次の行き先らしい。巨大なノミや、錯乱した様子の人々を蹴散らしつつ、3人は都市の南東に居座る城塞に足を向けた。

跳ね橋を渡り切ってすぐ、凹型の門楼が3人を出迎える。門は大きく口を開けていた。


「先客か…」


 佳大は身じろぎを止め、周囲の様子に意識を向ける。

門の奥に視線を注いでいる彼の鼻をくすぐる風の臭い、2人の息遣い、さらに遠くで徘徊する魔物の足音。

それとは別の、生命信号とも呼べる何かが、佳大の意識に触れる。例えるなら、それは熱。

血の通った熱――獣人のクリスと、魔物であるジャックは微妙に波長が異なっている。


「2階にいる」

「みたいだね。強い人ならいいなー」


 門楼を抜け、中庭に入ると騎兵が駆けてきた。

乗り手は勿論、馬まで鎧を着込んでいる。騎兵の数は徐々に増え、10数体の騎士に包囲される形になる。

クリスは既に飛び出し、騎士を引き倒して殺害している。装甲で覆われていようがなかろうが知った事ではない、無造作な一撃。

別の長槍が迫るが、その頃には原形を留めない程破壊されている。


「火炎の投擲(ファイア・スロー)」


 ジャックは佳大の黒雲に乗ったまま、騎兵に火球を放つ。

火球はジャックが知るそれとは、少々異なっていた。火球は3つに分裂すると渦を巻き、唸り声をあげて騎士を呑み込んだ。


 その間にクリスと佳大が、確実に数を減らしていく。

飛ぶように駆ける少年の爪撃では一撃とはいかず、魔物の騎兵は首がもがれてなお、立ち上がって断末魔と言わんばかりに、槍を一度振るう。

腕や足が折られた程度では、彼らの戦意は削がれないらしい。


 ジャックの守りを意識しない佳大は、何発か貰っている。

金剛杖の先に刀を括りつけたそれは、人間ならたとえ鎧を着こんでいても、一撃で背骨を圧し折られてしまうだろう。

しかし、今の佳大にとっては紙筒ではたかれた程度のダメージしかない。


「おぉ、強いじゃない!前に見たのとは違うね」

「これは……」


 息を呑んだジャックの目の前で、火に巻かれた騎士は絶命。

落馬してすぐに立ち上がるが、3歩と歩かぬうちに倒れる。仕事を済ませた魔術の炎はすぐに掻き消えた。

生み出した熱は芝を燃やしていたが、不思議なほど早く鎮火した。ここが迷宮内だからであろうか。

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