145話 宗教がだんだんヤバくなってる回

「我々の人生はなんのためにあったのかを、考えることがあります」


 それは独白の調子ではあったけれど、その場にその声を聞く者は多かった。

 あまりにも多くの人たちが、たった一つの建物につどい、礼拝の姿勢 (静)……つまりフロントブリッジを行いながら、たった一人の女性の言葉に耳をかたむけている。


 聖女ロザリー。


 歳を経てなお変わらない、静謐な美貌をたずさえたその女性は、もはや昼神そのものよりも、昼神教の象徴のようになっていた。


 その姿かたちにはもはや聖性さえもあって、長い紫の髪が揺れるたびその軌跡に燐光が舞い、紫の瞳に捉えられた者は魅了されて呼吸が止まるほどであった。

 内地勤務……ようするに『前線』に立たない時間でも常に戦闘用神官服をまとい、手足には愛用のガントレットとレガースをつけているのだが、そのほっそりした腰の高いスタイルは、おおよそ戦う者には見えなかった。


 触れればたやすく折れそうなほどか弱く、儚く見える。


 けれど、誰もが向かい合った瞬間に、その存在の密度とでも言うべき重厚さに圧倒される。


 今の聖女ロザリーはそういう存在であり、密かに『ロザリー教』なるものが昼神教内に立ち上がるほど、彼女個人の信者が増えていた。

 まあ、昼神をさしおいてロザリー本人を崇めているとロザリーに知れると、よくて説得、悪くすると制裁が待っているので、ロザリー信者は命懸けではあるが……


「長い長い戦いがありました。幾度もの政変がありました。国家元首は死に、蘇り、また死に、また蘇り……神のご意志に叛く者どもが、真昼の輝きの下に堂々と跋扈していたことが、あったのです」


 白い石でできた大きな礼拝堂で、つま先と肘から先だけをつけた状態で、体を一枚の板のように引き締め、たくさんの信者たちがその姿勢を維持していた。


 ただの停止に見えるのだが、正しい姿勢で行われる時、その礼拝動作はかなりの負荷を主に腹筋に与える。


 そのせいで信者たちの体は熱を帯び、石造りの天井の高い空間だというのに、火でも焚いているかのような熱気がこもっていた。


 ロザリーは信者たちの姿勢をチェックするように彼らのあいだを歩きながら、よく通る声で説法を続ける。


「しかし、神は真昼の輝きを悪しき者どもが浴びるのをよしとなさいませんでした。人々は立ち上がり、死霊女王ランツァと、それに従う死霊術師どもを人の国より追い払い、夜の国へと押し込めることに成功したのです」


 これが昼神教の公式見解で、ランツァが新魔王になった経緯はこのように総括されている。

 そして魔王国側の公式見解としてはあくまでも代表者はリッチなのだが、ロザリーが『リッチに政治とか代表者とか絶対無理』と知っているので、ランツァの方を死霊術集団代表者みたく扱っている。

 つまり昼神教の公式見解はだいたいロザリーの個人的見解がそのまま採用されている。ロザリーの言葉に逆らえる者が教団内に誰もいないので。


「我らは魔族の王を倒し、そこにいた哀れなる、魔族に幽閉されていた者を救いました」


 なにせ魔王が人族ぶったので、ロザリーは魔王を倒した記憶も、誰かが魔王を倒したという話を聞いた記憶もないが……

 ランツァが新魔王に収まってるので、リッチあたりが倒したんだろうと勝手に思っている。

 根拠はないが、ロザリーが『たぶんそう』と思えば『そう』なる。それが今の昼神教だ。


「しかし、夜の者どもを滅ぼすことは叶いません。やつらは死しても蘇生し、幾度も蘇り、我らの聖なる拳でさえ、滅しきることがあたわなかったのです」


 そんな戦いはしてないが、そんな戦いをしたような気がするので、そんなふうな感じだ。


 昼神教の歴史はロザリーが断言したことをもとに編まれていっている。

 そしてロザリーはなんでもかんでもだいたい断言する。

 なので根拠がなくても歴史になる。

 後世の史家がかわいそう。


「我らは死霊女王ランツァの奸計により、退却を余儀なくされ……再び、『前線』を挟んでのにらみあいの状態にされ、戦いは今なお、続いているのです」


 ここで述べる『ランツァの奸計』というのは、リッチが戦場で兵士を皆殺しにするまでやろうと思っていた作戦のことだ。


 あの当時、ランツァは戦後処理のためにロザリー、魔王、リッチ、ついでにピンクのヤバいやつに指示を下した。

 その指示のうちロザリーが受けたものの中に、『昼神教から適切な者を選んで、王候補として推薦しておいて』というのがあった。


 ジルベルダピンクのアレが『ランツァを追い落とす新王』にふさわしくなくなってしまったため……

 あと魔王を倒した実績を得られなかったため……

『もう昼神教に追い出されたことにして、魔王領の王におさまるわ』ということにしたランツァが、昼神教から王を出させようとしたのだった。


 ロザリーはその選定のために人族の王国に戻るよう言われて、そうしたのである。


 ぶっちゃけると魔王領にロザリーとかいう危険人物を残しておきたくなかったランツァの奸計で正解だ。


 ロザリー、情報を全然持ってないのに正解にたどりつくことが多い。


「……我らの人生は、戦いのためにあるのでしょうか?」


 戦いは続いている。


 少し前までは『人を滅ぼさないように加減した魔族』と『加減され食糧や兵器の供給を調整されていることを知らない人』との、言ってしまえば『戦争ごっこ』だったが……


 今は人もそれなりに強くなっていて、きちんと『戦い』になってきている。

 どちらかが気を抜けばどちらかが滅びるような雰囲気が戦場には確かにあって、だからこそどちらも熱が入り、戦争は激化していた。


 激化した戦争の中で昼神教の神官戦士たちは優れた戦力として戦場で名をはせていて……

 今、ここに集う者たちは、全員が、昼神教神官戦士と認められることを目指しているマッスルエリートたちであった。


 だから、その存在は……

 その志は。

 その鍛錬は、存在意義は、たしかに、戦いのためにあって、ここにいる者はみな、戦いを望んでいるのだ。


 けれど、ロザリーは言う。


「神はこうおっしゃっております。『戦いとは、最後の手段である』と」


 これは本来もっと複雑な言い回しで語られているのだが、ロザリーはこうやって『多くの人にわかりやすい言い回しで語る』ことがかなり多い。

 なので聖典のもとの文言はふわふわして、ロザリーが鍛えた者たちは『聖典の文言』なんだか『ロザリーの意訳』なんだかわからないままの言葉を『神の言葉』として胸に抱くのだ。


 読めばいいのだが、マッスルエリートたちはあまり聖典を読むのは好きではないので、ロザリーの言葉だけ覚えてればいいやみたいなところがある。


 そしてロザリーもそこを理解しているので、相手が聖典を読んでいない前提で簡単に平易に語るのだ。

 そうしてロザリーの言葉が神の言葉と混同されていくループが続く。


「昼神教は戦うための教えではありません。我らが聖戦をするのは、後の世に、この聖戦という名の特例を続かせないためなのです。━━立ち上がりなさい」


 フロントブリッジをしていたマッスルエリートたちが、静かに、しかし力強く体を起こす。


 筋肉の壁のようなその集団の先頭で、ロザリーは天井を見上げて、語る。


「あなたたちの足元には、先人の筋肉があります」


 石畳のことだ。


 たしかに筋肉なしで建築はできないし、この場にいちいち昼神教が筋肉であることに異を唱える者もいない。

 なにせ昼神教が筋肉である前提の社会で育った若者たちなのだ。


「そうして、あなたたちの頭上には、未来の筋肉があるのです。大腿筋が、上腕二頭筋が……未来を支える礎となるでしょう。さあ、未来の重みに耐えられる筋肉を作り上げていきましょう。━━出発信仰!」


 どこに行くのか、というか今日はどこかに行く日なのか、そのへんの説明は今もなかったし、事前にされてもいない。


 しかしマッスルエリートたちは粛々とロザリーの歩く後ろに続く。


 筋肉の導きに従う限りにおいて、彼らの未来は明るいのだと、今までの人生が証明してくれていた。

 だから、人類でもっとも優れた筋肉であるロザリーのことを疑わないし、疑問も挟まない。


 昼神教を支える筋肉はこのように太く強くなり続けている。


 ……いつの日かきっと、死霊術を倒し……


 一つの信仰のもとに統一された、美しい国を作るため、彼らは今日も筋肉を鍛えるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る