125話 『私、ふつうすぎて、特徴がないのが悩みなんです』回
王城、謁見の間。
ジルベルダという『次期国家元首内定者』についての話の終わりに、リッチはふと思いついて、こんなことをたずねた。
「というかレイラ並みの腕力ってたぶん『覚醒者』だと思うんだけど、そんな人材がなんで今まで埋もれてたの?」
「魔王に情報戦で負けてて存在を隠されてたみたいね」
「……魔王、倒し切れるの?」
魔王というのは一つの命を共有する群体であり、そのすべてを倒し切らないと殺せない。
そのため、人類領土に根付いている魔王たちの捜索および殲滅に際し、ランツァは魔王の居所などの情報を集めて……
その情報が『もう、出揃っただろう』ということで、魔王への大侵攻の号令をかけたわけだった。
しかしあとになって情報戦で負けてるっぽい要素がボロボロ出てきており、こうなると魔王すべてを補足できているとは言いにくい。
その問題に対してランツァは、疲れ切った息をついてから、こう答えた。
「魔王の影響力がほぼなくなるまで魔王を殺せるとは思うわ。でも、完全に殲滅するのは難しいかもしれない。だから━━」
にこり、と笑う。
その笑顔はまだ十代前半の少女とは思えない凄艶さがあった。
「━━老後は魔王をしらみつぶしにして過ごしましょう」
わけのわからない迫力に、リッチは「リッチもそう思います」と返すだけで精一杯だった。
◆
そういうわけで魔王討伐のための大軍勢が指揮され、いよいよ進撃が始まることになる。
ぶっちゃけ侵攻に大軍勢はいらないのだが、こうやって国家事業っぽくしないとあとあとの展開に差し障るために、兵站を用意し、指揮系統を整理し、行軍スケジュールを計算し、しかも逃亡や練度不足での遅れなどに対応するためのゆらぎを持たせ……という計算をずっとランツァ一人でやっていた。
なお、ランツァの業務は他に政務方面のものももちろんあるので、その忙しさはたった一人の少女の身に降りかかっていいものではありえないし、こなせてしまうのはおかしい。
リッチは『やっぱりランツァもなんらかの覚醒をしてるよなぁ』と思いながら、大元帥という立場で軍の先頭にいた。
リッチの立場位置について、これもまたランツァがいっぱい考えて決めたものだ。
現在、公式には国家の独裁者ということになっているのだが……
なんか急に民衆が『実はリッチは独裁ではなく、女王と協力しているのではないか』とか言い出したため、『それでもリッチは独裁です!』の方針でいくか、『実はみんなの言う通り、リッチは協力者の立ち位置なんだ。死の戴冠式? ああ、まあ、気にしないで』という方針でいくか……
ランツァがいっぱい考えた。
その結果、『協力者』の方針が採用された。
というのも、リッチの戦闘能力風評だと『もう、こいつ一人でいいんじゃないかな』状態になりかねないし、実際そう。
しかし今後のことを考えると人類に活躍してもらわないと困るので、『ランツァ・リッチは名目上総大将であり大元帥だが、実際には南側の軍をあずかるいち指揮官にすぎない』ぐらいの立場におさまる必要があった。
北軍は例のヤバい女が総大将となり、中央軍はロザリーに任されている。
ヤバい女はある方面においてロザリーよりヤバいっぽいので、隣接したくなかったという事情もある。
ちなみに全軍を三つに分けてそのうち一つだけをランツァ・ロザリーのアンデッド(※アンデッドじゃないです)が率いることになっているのは、『人類が魔王を倒さなければならない!』という主張の人たちへの配慮のためだ。
北軍と中央軍を『人類』が率いて、この三軍がそれぞれ独立して侵攻することにより、『早い者勝ちですよ』という体裁を整えたわけである。
北軍はもとよりロザリーが率いる中央軍も人類軍なので、二対一で人類軍の方が多い。
この状況なので『人類の手によって魔王を倒さなければならない』と主張する人たちもある程度は納得して、いよいよ魔王領への大侵攻を始めることができた、というわけだ。
「配慮に配慮を重ねて調整に調整を重ねて……どうして人の相手はこんなに面倒くさいのかしら……」
ランツァが闇落ちしているが、大軍を背負って枯れ果てた荒野をにらみつける彼女の様子は、今までよりは多少マシだ。
久々にデスクワークから解放されたのも理由だろうが、それ以上に、いよいよこの戦いが終われば彼女は女王を引退し、あらゆる業務から解放されるのである。
すべて魔王が生きているからこんなに忙しいのであり、全軍の中でもっとも魔王への殺意が高いのは、ひょっとしたらランツァかもしれなかった。
いかにも戦闘に不向きなドレスを着てその上からマントを羽織り、王杖を持っただけという服装は『城下町にお忍びで遊びに来ました』みたいなノリで、そのノリならせめて王冠ぐらい脱げと言いたくもなるが、そんな格好であっても彼女に『行軍なめてんのか』と突っかかってくる兵士は一人もいないのだ。
なぜって背中に殺意がみなぎってて怖いから。
そんな屈強な兵士たちさえ話しかけるのをためらう様子のランツァに━━
「あのー!」
砂塵の向こうから、なにものかが声をかけてきた。
ランツァは目を細めて砂ぼこりの向こうにあるシルエットを見る。
風が弱まっていきだんだんその姿がはっきりしてくると、そいつの正体がなんとなく予想できた。
そう、実際に会ったことはない。
だが、知っている。
そいつはふわふわウェーブのピンク髪の女だった。
身長は十五歳という年齢にしてはやや低めで、おそらく、歳下であるけれどランツァのほうが背が高いだろう。
星の浮いたような不思議な桃色の瞳はどこか眠そうにトロンと半分閉じられていて、ゆるくてふわふわな雰囲気をかもしだしている。
両手をこまねくようにしながらチョコチョコ寄ってくるそいつは素手だった。
体のラインを隠すようなゆったりしたローブ姿もあり、なんとなく『間違って戦場に迷い込んでしまった、のんびりやのお嬢さん』という気配だ。
しかし、そうではないのだ。
そいつは特殊な薬物をもって人体の限界を越える邪法を扱っていた隠れ里で、そこに伝わる古武術を継承した者……
すなわち、武器を使うより、素手の方が強い。
「あいつヤバいな」
リッチが思わずつぶやくレベルだった。
ただしその発言の真意は、『強い』とか『隙がない』とか、そういう言葉にできるものではない。
ロザリーなんかに漂う、『外れてしまったもの』の雰囲気が全身から濃厚に匂い立っている……そういうたぐいのヤバさなのだった。
「あ、お、お初にお目にかかります、女王陛下……」
そいつはランツァまで十歩ほどの距離でぴたりと立ち止まり、不慣れなカーテシーを披露した。
そして、ぎこちない笑みを浮かべ、
「あ、ああ、緊張するっ……! あの、わ、私、ジルベルダと申します! その、今回は、なぜか北軍総大将ということで、私のようななんの特徴もない者には身に余る大役をおおせつかり……えっと、と、とにかくありがとうございます!」
「……」
ランツァは応じない。
それは高貴な生まれの者が、市井の生まれの者を見下し、言葉を交わす価値もないとねめつけるような、そういう沈黙にもとれた。
けれど実際のところは、警戒だ。
今までなるべく顔を合わせないように話を進めてきたはずの相手が、このタイミングで目の前に現れたのだ。警戒もする。
いくら相手が、ふわふわした雰囲気で、大人しそうで、気弱そうで、かわいい系で、女の子女の子した感じだとしても……
ランツァやリッチは、そういう雰囲気に騙されない。
なぜなら、いかにも清楚で、理知的で、慈悲深そうで、虫も殺せないような見た目のまま、ぶん殴った相手をチリにする聖女を知っているからだ。
しかしそいつは、カーテシー状態でちょっと小首をかしげたまま、ランツァをじっと見て愛想笑いを浮かべるばかりで、動かない。
このままランツァが無言でい続ける限り、そいつもまたずっとそこにたたずんでスカートの端を持ち上げたままでい続けそうな、奇怪な沈黙なのであった。
仕方なく、ランツァは口を開く。
「どういった用事?」
ランツァが生まれで他者への対応を変えるということがまずないのは、ランツァを知る者たちの共通認識である。
だが、傲慢そうに言い放つその様子はいかにも人を見下すのに慣れている者特有の重圧を背負っていた。
(使い分けられるのすごいなあ)
どうにも自分の出番じゃない気配を感じたリッチは、ランツァの横でそんなことをのんびり思っていた。
ようやく質問をしてもらえたピンクの女は嬉しそうに笑って、カーテシーを解くと口を開く。
「あ、あの、女王陛下、私、あ、いえ、わたくし? わたくしどもは、一応、人類が魔王を倒すべきとして集っておりまして、えーっと、それで……」
「……発言内容をまとめてから話しなさい」
「あ、はい。えー…………その、競争、になるじゃないですか」
北軍、中央軍、南軍、どれが最初に魔王領に到達し、魔王を倒せるかの競争。
これが今回、人類の総力を集結して大侵攻をかけるためにランツァが示したものであった。
「……まあ、そうね」
「で、ですよねー? ……でも、私たち、軍を率いたことなんかないんですよ。でも、女王陛下は、革命の鎮圧とかなさってたじゃないですか。私たちより、慣れてますよね、軍」
「……」
「だからですかね、その……私、神の言葉を聞いたんです」
「……」
「せっかく軍隊もいて、その指揮権もあることだし……魔王領に侵攻する前に、ここで女王陛下を
「……」
「これって素晴らしい託宣ですよ。さすが、神様は、私なんかに思い付かないことを思いつきますよね? えーっと、ですから、その〜……殺しますね」
「ヤベーやつだ」
「ヤバいわね」
予想以上にヤバくてリッチとランツァは引いてるし、ランツァ軍に配属された兵士の中で話が聞こえる位置にいた人たちは戸惑いをあらわにしている。
そんな様子を見て「いいのかな? いいよね」とつぶやいたあと、ピンクのやべー女……ジルベルダが攻撃を開始した。
……そういうわけで、対魔王人類軍の緒戦の相手は、同じ人類になってしまったのだった。
======================
平日毎日更新を再開します。
土日祝日は休みです。つまり次回更新は3/28です
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます