114話 勇者と死霊術師回
「…………なるほどね」
これまでのいきさつをかいつまんで話したところ、勇者 (魂)はとりたてて疑問を挟むこともなくそんなふうに述べた。
たぶんだが、勇者の理解力が高かったのと同じぐらい、話し手の説明力が高かったのだろう。
なにせ勇者と話をしているのはランツァなのだ。
これは事前に打ち合わせていたことで、勇者との対話が
なぜって、リッチwith死霊術研究員たちには『交渉』なんていうコミュニケーション能力を使った戦闘は不可能だからだ。
リッチたちがなにをしているかと言えば、今にも『フワーッ』といきそうな勇者の魂をがんばって地上に縛り付けるのが予想外にきつく、そこに集中力を持っていかれて話なんかしてる場合じゃない、というのもあった。
魂はとにかくソラへのぼろうとするらしく、それを地上に留め置くのは結構大変な力が必要なのだった。
だからロウソクと魂だけがぼんやりと照らす真っ暗い部屋において聞こえるのは、勇者の落ち着いたイケボと、ランツァの声、それから死霊術師たちの「ぐぬぬ……」「むううう……」などのうめき声だけだった。
うめき声をバックに、ランツァは全然気にした様子もなく話を続ける。
「そういうわけだから、人類には……わたしたちには、レイラとロザリーの力が必要なのだけれど、ほら、レイラとロザリーは、アレじゃない?」
「まあ……アレだね」
勇者の声には深い深い疲労感がにじんでいた。
魂の状態になると嘘がつけなくなるように観測されているのだが、それでも『まあ、アレだね』程度ですんでいるあたりに、勇者の素のコミュ力の高さがうかがえた。
「だから二人をうまく操りたいのだけれど、コツとか、ぶっちゃけてしまうと弱みとか、そういうものを教えてほしいのよ」
「……それは、俺を蘇生するのが一番手っ取り早いんじゃないかな?」
「それは不可能なの」
肉体は『記憶』を素材にしたアレを使えばいいし、魂を呼び出せた以上、蘇生不可能ではないのだが、ランツァはそういうことにして話を進めるらしかった。
これは『過去の死者を蘇らせることができるということにするとまずい』という配慮 (主に人口増加問題など)もあるが……
勇者というのは結局のところ、動乱期・安定期にかかわらず『人の社会』で絶大な力を発揮する人材なのだ。
生きてたら戦争のゴタゴタで殺したい相手ランキングナンバーワンなのであった。
だから生き返ってもらうのは政治的に都合が悪い。
ましてランツァにとっては元婚約者であり、生き返らせて戦争を終結させてしまうと『国王に!』という声が上がりそうである。
上がらなくても民意をあおって上げさせそうでもある。
そういう計算からランツァは勇者復活は絶対ダメだと考えており、リッチもその意見に消極的賛成をしている。
『どっちでもいい』というやつだ。
「しかし……」と勇者がつぶやくと、ランツァはリッチの方をちらりと見た。
リッチは黙って首を横に振る。
これも事前の打ち合わせの通りの行動であり、リッチはランツァが目くばせしたら前後の文脈にかかわらず首を横に振る手はずになっていた。
すると満足な説明もしていないのに勇者は「そうか……」と残念そうにこぼして、
「……わかった。ただ、一つだけ条件がある。どうか、俺の名を遺してはくれないだろうか? 後世にまで、ずっと人々が語り継ぐように……」
「像も建てるわ。救国の英雄として」
「ありがとう」
像なんか建設されてなにが嬉しいのかリッチには全然わからなかったし、名を遺されてなにが喜ばしいのかも意味不明ではあったが、勇者は安心したようだった。
なるほどランツァに任せなければ交渉がここまですんなり進むこともなかっただろう。
魂だけの勇者は嘘をつきにくい状態だというハンデはありつつ、あの勇者をこうも簡単に手玉にとるランツァはやはり怖いし、こういう手合いは世界に一人いればいいなと思うリッチであった。
「……とはいえ、あの二人を操るというのは、なにか決定的な弱みがあったりということではないから、一言で言えないのも事実なんだ。ほら、その……アレだろう?」
「アレね」
「だが、そうだな、まずはレイラについてだけれど……」
勇者はレイラとロザリーの操り方についてランツァにアドバイスした。
それは勇者が口にした時点でもかなりまとまっていてわかりやすいことではあったのだが、話を聞き終えたランツァはさらにわかりやすく、このようにまとめる。
「レイラは『食欲で釣って暴力で発散させればいい。一時間前のことは覚えていない前提で接すること』。ロザリーは『昼神教の経典を読み込んで、特に自助努力だけが自分を救うという点でうまくくすぐること。あとわりと根にもつ』ね」
「……成長したね、女王陛下」
「宗教裁判で殺されたし、国が乱れに乱れたし、成長しなければ死ぬだけだったのよ」
「そうか。……なあ」
と、勇者が声を発した時、リッチは自分が呼びかけられているものと理解した。
魂なのだから視線も顔の向きもなにもないのだけれど、それでも声の意識がこちらを向いているような、そんな雰囲気があったのだ。
だからリッチはかけられる声を待つモードに入ったのだけれど……
勇者がリッチに声をかけたので、どういう会話が始まるか気になったランツァが、リッチの方向をチラりと見た。
するとリッチは事前に決めていた通りに、首を横に振った。
そうしたら勇者は、
「……そうか。ありがとう。なんだか救われた気持ちだよ」
と、なにかに勝手に納得したもので、死霊術研究員たちは会話が終わった気配を察したのと、そろそろマジで限界だったのもあって、蘇生術から力を抜いた。
すると勇者の魂は最初ゆったりゆったり上昇していき……
その上昇速度が次第に速くなり……
最後には、視界から掻き消えるような速度で、ソラへと帰っていった。
「…………なんだったんだ、最後」
リッチは思わずつぶやいた。
ランツァがびっくりして青い目をまんまるにする。
「ええ!? わかって首を振ったんじゃないの!?」
「いや、ランツァがこっちを見たら首を横に振る手はずだったじゃないか」
「そ……! れ、はそうだけれど……! わたしとの会話は終わった雰囲気だったでしょう!? あれ、絶対、リッチになにか個人的な話があった感じよ!」
「ふぅん」
「リアクション、薄っ!」
「いや、まあ……勇者に聞きたいことはあったんだけれど、よく考えたらそれはあとで呼び出す初代リッチの魂に聞いた方がいいことだし、こっちから特に用事がなかったっていうか……」
「かつての仲間になにか、なかったの?」
「別に……ああ、でも、なにが『救われた気持ち』なのかはちょっと気になるな。まあ死霊術的に価値のある話ではなさそうだけれど……」
「たぶん、あなたを見捨ててしまったことを謝りたかったんじゃないのかしら……」
「まあ、最初はがっかりしたけど、よくよく考えると事前にリッチ化について相談しなかったこっちにも非はあるし、いいんじゃないかな。死体を放置していくのは戦場のならいみたいなところあるし」
「あなたがいいならそれでいいけど……」
ランツァは納得できない感じだった。
しかしこの場で『かつての仲間と最後の会話を』とかそういうことにこだわるのがランツァしかいなかったので、研究員たちはさっさと部屋の撤収に入った。
空気感もなにもあったものじゃない。
マジで『研究の一環』だったのだと思い知らされたランツァは、研究員たちをもっと社会に出そうという決意を新たにしたのだった。
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