第二部 地下から湧いてきたお手伝いロボット「滅亡をお手伝いします」

40話 二年半が本当に経ってしまったんですよ回

 この二年と少しの歳月のあいだにあったことは、世界の様相をまるまる変えてしまった。


 まず、地下から大量に這い出て来たフレッシュゴーレムたちが人と魔の戦争をめちゃくちゃにしたことが、もっとも最初にあった出来事だ。


 この『ゴーレムめっちゃ出る現象(※命名リッチ)』は最初、大陸南部にあるアンデッドの戦場で観測されたが……


 ほぼ同時、大陸各地で同じようなことが起こったらしかった。


 リッチvs『アンデッド殺し』聖女ロザリーの戦いは大量にわいてくるフレッシュゴーレムがめっちゃ邪魔でそれどころではなくなった。


 しかも魔王領も人類領も襲われており、救援依頼も届いたことにより、戦争をいったん止めて互いの領地の防衛に戻らざるを得なかったのだ。


 魔王領は、協調性はないが個々が強力な魔族たちにより守られた。


 死者は多かったが、領地にはリッチの生徒たちも残っていた。


 おかげで失敗率おおむね五割ぐらいの蘇生が可能だったし、リッチがその日のうちに戻ったことで、結果的に死者は誰もいないで済んだ。

 領地の設備自体は(主に巨人が暴れたせいで)ボロボロだったが、しばらくすれば修繕もできるだろうし、魔王がすでに手配を始めている。


 一方で人類側は、まず国家元首がいない。


 女王ランツァが魔王領にからというもの、王の座は空位だった。


 それでも宗教によりまとまっていたのだけれど……


 女王の宗教裁判の時に殺されてから、リッチの復活を受け入れた高位神官が少なくなかったため、神殿内部でも『教義で蘇生はダメなんだから死ね』派と、『生命は大事』派に分かれてしまっていた。


 こういう組織内の亀裂は『なにか大きな事件』があると一気に表面化する。


 大陸全土で起こった『ゴーレムめっちゃ出る現象』は『なにか大きな事件』に該当した。


 その結果神殿組織は内ゲバが発生し、教義の解釈違いの連中を全員殺せという方向に機運が高まって……


 結果として、ロザリーの所属する『教義でダメなもんはダメなんだから蘇生とか受け入れてないで死ね』という信仰解釈強火派が勝利した。


 だが、もはや人類が宗教を旗頭はたがしらにしてまとまるには、遅かった。


 人類はボロボロで、神殿ももはや求心力を失っており、人類側の多くの町村はほぼ独立自治のような有様となってしまったのだった。


 かくして人類は『人類』として魔王の軍と戦う組織力を失った。


 長きにわたる人と魔の戦争は、第三者の横槍によって、ここに終了したのだった。



「来る日も来る日もフレッシュゴーレムの処理! リッチは研究したいんですけど!」


 戦争が繰り返されすぎてリッチの頭部なみの不毛の荒野と化した平原には、そこかしこにフレッシュゴーレムがポップしていた。


 この無限湧きさえ疑うような新たな『敵』どもの処理がリッチたちの新しい『戦争』であり、これには当然のようにリッチも駆り出されていた。


 この戦争のなにがよろしくないって、まず、研究になに一つ寄与しない。


 フレッシュゴーレムはいわゆる死体の肉を使った自動人形だ。


 これは言いようによっては『死霊術研究の一端』とも言えるのかもしれないが……


 リッチがリッチアンデッド化してまで追い求めたかったのは、『古代人の魂との対話』であり、フレッシュゴーレムとは明らかに別系統のものなのだった。


 まあ、研究において選択と集中ほど愚かなことはなく、なにかの分野がまた別な分野にブレイクスルーをもたらしたりということは、かなりあったりするのだが……


 それにしたってリッチの体は一つなのだ。

 一度に着手したい研究の数には限度があり、今のところ、フレッシュゴーレムはその体から霊体から魂から記憶から、なに一ついらない。


 しかも研究者のさが・・というのか、倒してしまったフレッシュゴーレムは『なにかの役に立つかも……』と思っていちおう収集しているのだが、これの使い道がマジでなくて、いい加減倉庫もパンパンになりつつあった。


「ねぇ、リッチ」


 かたわらから声をかけられて、リッチはフレッシュゴーレムを霊体の黒い帯で絞め殺しながら振り返る。


 そこには金髪碧眼の、少女と女性の中間ぐらいの人間族がいた。


 長い金髪は邪魔にならないよう頭の後ろで一本にゆわえられており、手には『丈夫なので殴打に便利』ということで、奇妙に豪華な杖を持っている。


 粗末なローブに豪華な杖、そして頭には冠まであるとくれば、そのチグハグさに違和感を覚えそうなものだが、もともとリッチは他者の服装に違和感を覚えるほど他者に興味がなく、さらに、この少女の格好にはもう見慣れていた。


 彼女こそが人類統一国家の元女王であるランツァだ。


 たしか最近十三歳か十四歳になったばかり(リッチは人の年齢をうまく覚えられない。興味がないのだ)の女の子だ。


 リッチにもわかるパーソナリティを語れば、それはランツァが極めて優秀な死霊術の学び手であるということだろう。


 彼女はすでに戦場で死霊術を問題なく扱えるぐらいにまで学を修めており、こうしてリッチのゴーレム狩りに同行するほどであった。


 なにより『太古の死者の魂との対話』という、リッチにとって生涯を費やす研究の共同研究者であり、若く柔軟でスケールの大きい発想には、リッチもたいへん助けられている。


 彼女もそのうちリッチ化するために前向きに研究を進めているので、その綺麗な黄金の髪もあと五十年、早ければ二十年ぐらいで見納めとなり、あとは白骨だけになるかもしれない期待の新人なのだった。


 かつて人類女王だった時に一人称が『人類』だった彼女は、「わたし、思うのだけれど……」と前置きして、


「なんか、ゴーレム、多くないかしら」


 ……二年半ぐらいこうやって地道に狩り続けているわけだが、それでもあたりを見回せば、視界には一度に三十体ぐらい映る。


 そいつらは無目的にうろうろしており、感知範囲内(すごく狭い)に入ると、小首をかしげてこちらをじっと見たあと、『アラート! アラート! 管理権限者以外の者が襲って来ます!』と言いながらこちらを襲ってくる。


 わかりやすく状況をまとめると、『助けてー!』と悲鳴を挙げながら殴りかかってくる感じだ。

 厄介だし怖い。


 リッチはそのへんのゴーレムをぐしゃりと潰してから、うなずく。


「あと、見てごらん。大きくなっているだろう?」


「そうね。たしか以前に見た機体は手のひらサイズで、だんだんと子供サイズが増えてきて、今ではもう大人みたいな大きさだわ」


「たぶん、どこかに生産・改良ラインがある。もともと小型の『お手伝い人形』だったのが、世相・・に合わせた用途を得るために、大きく、重く改良されているんだよ」


「へぇ。ということは、誰かがゴーレムの生産ラインを動かしているっていうこと?」


「うーん、そうとしか思えないんだけれど、どうにも古代には、人のように思考して、人のように判断する人形もあったようなんだ。……黒幕がいれば話は本当に早いと思うんだけれど、たぶん、複数の生産ラインが同時に同じような思考で稼働しているだけで、『こいつを倒せば勝ち』みたいなやつはいないんじゃないかな……」


 リッチとランツァの悪い癖の一つとして、『戦闘中でも考察対象を見つけると考察し、議論する』というものがあった。


 この二人が二人だけでいち地方のゴーレム駆除を任されているのは、その絶大な戦闘能力ももちろんあるが……


 魔族は全体的に難しい話を苦手とするため、こうやってちょいちょい難しい話を挟まれるといちじるしく士気が落ちる。


 だからこの二人は隔離され、二人だけで駆除任務に遣わされることが多かった。


 二人は死霊術のちょっとした応用……霊体操作により現出させた黒い帯で、ゴーレムを斬ったり締め潰したりしながら、


「ねぇリッチ、ゴーレムっていうのは、古代において『一家に一台』という普及率のお手伝い人形だったのよね」


「そのようだね」


「……だとしたら、生産能力が過剰なんじゃないかしら。設備だって、機能を上げようとすればそれだけコストがかかるでしょう? お手伝い人形が『商品』なのだとしたら、なるべく初期投資は抑えたいんじゃない?」


「いい疑問だランツァ。でも、君ならもう少し踏み込んで考えられると思うよ。『生産能力過剰』なのではなく、『これが適切な生産能力』だとしたら?」


「…………当時は今より、人口が多かった?」


「その通り! かつての死霊術師の残したものから推測するに、当時の人口は現在確認されている人口の、おおよそ千倍あったと言われている」


「えーっと、わたしが在位中の人口がだいたい三百万ぐらいだから……その千倍って計算すると……三十億!?」


「たぶんランツァの知る数には『生きてるけど生きてないことにしている数』がふくまれてないから、そのさらに倍ぐらいになるんじゃないかな」


「そんなに人がいて、いったいどこに入るの?」


「ああ、当時の世界はこの大陸だけじゃなかったし、百を超える国があったようだよ。……大陸と大陸のあいだには入った瞬間に潰れる・・・『果ての領域』もなかったようだし、そもそも、外海そとうみで隔てられていても問題なく遠距離会話ができたんだって」


「……ちょっと想像ができないわ」


「君ならそんなことないと思うけどな。……うーん、いいなあ。遠距離会話が特にいい。昼神と夜神に世界が切り分けられるまでには、そういう技術があったんだ。まあ、それは滅びたのだけれど……遠距離会話がもしも、もしもだよ、自宅でできたら……死霊術師同士の研究成果発表も気楽にできたのだろうな」


 リッチはその時代に想いを馳せたことが一度や二度ではなかった。


 そこでは今以上に様々な技術が進歩し、しかも人々は長い時間を学問に費やすことが許されていたようだった。

 多種多様なテーマの研究が日夜行われ、研究しているだけでお金までもらえたらしい。


 現代では神学か魔術学ぐらいしか『お金をもらえる』学問はない。

 経済や国家運営などは神学の分野だし、戦争関係はまるごと魔術学に入っている。


 そもそも、もと国教の昼神教が『異なる思想は絶対許さない』というもののせいで潰えた学問もあるだろう。死霊術とか、あと死霊術とか。


「うーん、そう考えると、神殿が求心力を失った今はチャンスなのかもしれない。リッチは死霊術の発展ぐらいしか願っていないけれど、異なる分野の研究成果が死霊術に役立つというのは、ホムンクルスの死体を例にしても、明らかなことだ。宗教という枷が消えつつある今こそ、大・学問時代の始まりという可能性があるな」


「なにか話が飛んだわね……でも、大・学問時代の黎明れいめいというのは、わかるわ。ゴーレムを排除して、人間側の統治からこぼれ落ちた村落を吸収して、学べる環境を作るのにはいい時代ね」


「うん。そうだ、人を助けて学問を広めよう。リッチは死霊術しかわからないけれど、他の分野の、国に認められなかった学問を修めている物好きもいるはずだ。そして、そういう多種多様な学問を自由に学べる場所を作ろう」


「だらだら続けてきた退屈なだけのフレッシュゴーレム退治にも目標ができたわね!」


「そうだね。いっぱい殺していっぱい助けて、大・学問時代を拓くんだ。そして作り上げた施設は『あらゆる学問を学べる場所』という意味を込めて『大学』と名付けることにしよう」


「そこは私も学べるのよね」


「いや、君は教える側なんじゃないかな……まあ、教える側が学べたっていいか。立場や環境で学びたいことが学べないなんて、あってはならないしね」


「やった!」


 二人のフレッシュゴーレム殺しは次第に加速していく。


 大・学問時代の成立に向けて、ふたりの死霊術師はやる気をみなぎらせていった……

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