19話 英雄のあり方とはだいぶこんな感じだよねという回

「王族なんか嫌いよ!」



 リッチが研究室に入ると、そんな声が聞こえた。


 中を見れば、二人の少女が向かい合っている。


 一人は深紅クリムゾンだ。

 赤い毛並みを持つ獣人の少女で、本名は別に深紅ではないが、固有名詞を覚えるのが苦手なリッチがそう呼ぶうちに、深紅で浸透している感ある。


 もう一人は――元女王、ランツァ。

 金髪に碧眼の、幼くも美しい見た目の少女だ。


 そんな身長が同じぐらいの二人の少女が、向かい合っている。


 深紅は険しい顔で。

 ランツァは笑顔で。



「あんたたち偉い人は、わたしたちのことなんか、なにも考えない……! わたしの村だって、兵士や将軍たちが素通りしていって、そのあとアンデッドに滅ぼされたのよ!」

「そうなの……かわいそうに……」

「そ、そうなの……恐かった……本当に恐かったんだから……それというのも、偉い人が、わたしたちのことなんかなんにも考えてないから……!」

「前線近くの村はそんなことになっていたのね。……わたし――いえ、人類が今さら謝ってどうなるものでもないとは思うけれど、ごめんなさい。人類がもっと実情を知っていたら、なにかを変えられたかもしれないわ」

「そ、そうよ……」

「ねえ、もっとあなたのことを人類に教えて? そうしたらきっと、わたしとあなたは、お友達になれると思うわ」

「う、うん…………あああああ! そうじゃなくて! そうじゃなくって! ……なんで王族なのにそんないい人なの!? 王族ってもっと傲慢で自分勝手なものでしょ!? これじゃあ、これじゃあ……わたし、あなたのこと恨めない……!」

「いいのよ、恨んでも。わたしは女王だったもの。民はわたしを『国政』と思うもの……民の不満を受け入れる覚悟はできているわ」

「……へ、陛下……」

「いいのよ、『ランツァ』で。さあ、教えて、あなたのこと。あなたの不満、あなたの恨み……わたし、きちんと応えてみせるから……」

「お、王族なんか……王族なんか…………き、き、き……嫌い……」

「……」

「…………っていうわけでも、ないわ……」

「ありがとう」

「こちらこそ、陛下……」



 深紅がランツァの前にひざまずいた。


 リッチはその光景を見て『またやってる』と思った。


 ランツァを魔族の領地に連れてきて、深紅たちに引き合わせてから、毎日あんなことしてる。

 なのでリッチはあれを二人なりのあいさつみたいなものだと考えていた。



「終わった?」

「先生!」

「リッチ!」



 ランツァと深紅が同時にリッチのほうを向く。

 深紅の頬には照れたような赤みが差していた。



「せ、先生……見た?」

「何度も見てるよ」

「……わたし、恨もうと思って……王族とか貴族は最低のやつらばっかりだって思ってて……それでランツァに色々言いたいんだけど……会話してるちになんか、なんか違うなって……」

「そうみたいだね」

「……でも、わたし、くすぶってるんです。わたしの村をめちゃくちゃにした王国軍への怒りみたいなものを、どこかで発散したくて……そのために毎日ランツァになにか言ってやろうと思ってるんだけど……できなくて……だってランツァ、悪い子じゃないし……」

「記憶が混濁しているのかな? 君の村をめちゃくちゃにしたのはアンデッドであって、王国軍じゃないよ」

「アンデッドに襲われる前に、王国軍が素通りしていったんです。そのさらに前には、『前線に出るから』って村の食糧を持っていったし……っていうことは王国軍が悪いってことになりません?」

「君は恨む相手を探しているの?」

「だ、だって……受け入れたつもりなのに、もやもやするんです! わたしたち、なにも悪いことしてないのに、奪われるし、殺されるし……冷静に考えれば考えるほど、どうしてわたしたちばっかり不幸なのかって、そう思えてきて……!」



 深紅の悩みがリッチにはわからぬ。

 たぶんまだ幼い彼女が述べているアレコレは、多分に『人間的な』感情なのだろう。

 けれどリッチは幼いころからだいたい今みたいな性格で完成されていたので、そういう『やり場のない感情もやもや』的なアレはよくわからず、対処法も思いつかない。


 そんな時だった。


 ――ちりん。


 涼やかな鈴の音が、研究室に響く。

 音の方向――研究室の入口を見れば、そこには、



「話は聞かせてもらったわ。この巨人将軍レイラに任せなさい」



 すっかり新たな肩書きになじんでいる、元人族の英雄であった。

 黄金の毛並みを持つ彼女は、ずんずん進んで、深紅の目の前に立つ。


 二人の身長は大差ないが、さすがにレイラのほうがやや大きい。



「赤い毛並みのお嬢さん。話は聞こえたわ」

「れ、レイラ……さん……」

「もやもやするのね。わかる」

「わかってくれるんですか!?」

「そうよ。私もそういうことあったもの。まだ私が幼い少女だったころ……前線近くの貧乏な村が私の故郷でね。そこには『徴収』っていう名目で前線へ向かう兵隊が、よく食糧を持っていっていたわ。だから幼いころの私は常に空腹で……なんで自分ばっかりこんな目に遭うんだって、もやもやして、イライラしたわ」

「そ、そうですよ! そうですよね!」

「でもね、そのもやもやは、ある日解決したの」

「どうやって……?」

「ご飯の徴収に来た軍隊を殴り倒したのよ」

「……軍隊を?」

「殴り倒したの」

「それは、村のみんなで立ち上がって?」

「ううん。独断で」

「……」

「村長とかにものすごく怒られたわ……」



 レイラは黄金の瞳を細めて、どこか遠くを見た。

 たぶんレイラ以外もだいたいそんな顔になっている。



「でもね、赤毛のお嬢さん。私は、そんな自分の行動を後悔していないし、間違っているとも思ってないわ」

「そうなんですか?」

「ええ。だって、私に『間違ってる』って言った人は全員殴り倒したもの」

「……」

「いい? どんな人でもね、殴り倒されたら、殴り倒した相手に『お前は間違っている』だなんて言えなくなるのよ」

「そ、そうでしょうか……?」

「言えなくなるまで殴ればいいの」

「……」

「それで赤毛のお嬢さん、なんの話だったかしら」

「あの、もやもやしてるっていう話です」

「そう。私のもやもやは、もやもやの原因を全部殴り倒したことでなくなったわ。つまり――暴力があなたを救うのよ」

「……そうでしょうか?」

「あなた、暴力の経験は?」

「な、ないですけど……ケンカとかはまあ、したことはありますけど、暴力と言われると……」

「じゃあ、たしなんでみる?」

「なにをですか?」

「暴力を」

「暴力をたしなむ……?」

「そうよ。人の悩みは、だいたい、暴力で晴れるわ」

「そうですかあ!? ほんとにぃ!?」

「もやもやも、イライラも、原因があるはずなのよ。原因を殴って黙らせたら、すっきりするのは当たり前でしょう」

「でも……わたしのこの気持ちは、きっと、時代とか、社会とか、そういうよくわからないものが原因で……」

「だったら時代を殴りなさい」

「……どうやって?」

「難しいことを私に聞かないで。あんまり私をもやもやさせるとぶん殴るわよ」



 語調が静かなのでイヤな迫力があった。

 深紅だけではなく、その場にいた全員がシンと静まりかえる。



「……ともかく赤毛のお嬢さん、誰かを殴りたくなったら、私に言って」

「え、い、言ってどうなるんですか?」

「殴りかたを教えてあげる。……じゃあね」



 レイラはそう言うと、勝手にリッチの机をあさって、食べ物の入った袋を手にして去って行った。

 しばし、沈黙が流れ……



「……しまった。鮮やかすぎて反応できなかった」



 リッチは感嘆した声でつぶやく。

 そう、今のは立派な勇者どろぼう行為――


 だけれど不思議と、責める気にはなれない。

 あげる予定になかった食物まで根こそぎ持って行ったレイラにしかし、リッチは怒りよりも感動を覚えてしまったのだから……

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