083
「
そう俺が見つけたのはサトウキビの群生地。
それは、現代地球の麻薬と称しても過言ではない……中毒症状すらある黄金の作物。
何と言っても、あの時代でも食用としては世界で一番作られていたものだからな。
米や小麦、トウモロコシよりも上とは恐れ入る。
「ブレイク、いいから囓ってみろ」
「わ、私が!? この草を!?」
「いいからいいから。騙されてるから囓ってみろ」
「それはつまり閣下は私を騙していると?」
「騙されてくれると助かる。ほれ、ここら辺だよ」
「むぅ…………で、では!」
オークキングのブレイクは、意を決した様子でサトウキビの茎に囓りつく。
「む? むぅ? むぅうううううっ!」
ブレイクは感想をくれなかった。
しかし、ガリガリと延々とサトウキビを囓る姿が、それを体現していると言って過言じゃなかった。
サトウキビをしゃぶり尽くしたブレイクが、目を輝かせながら俺に肉薄した。
「閣下! これは一体っ!?」
「実はこれの栽培をオークたちに任せたくてな」
「今すぐ! すぐにやりましょう!」
どうやらブレイクも糖の魔力に取り憑かれたようだ。可哀想に。
俺の魔力もあれば、ほんの数日で芽が出る事だろう。
サトウキビがあれば黒砂糖が作れる。精製する事は難しいが、黒砂糖と
そうだ、調印式の宴の時に、カイゼル王に
そうすれば、魔族の食文化も捨てたものでもないと証明出来るかもしれない。
魔族が食べるものは基本的に穀物、魚、果物、獣の肉などである。
たとえ俺が獣だとてそれを規制する事は出来ない。それは当然あの楽園でもだ。
ゴリさんは果物を食べるが、シロネコは魚だけでは満足出来ない。狩りには出掛けるのだ。
自然の摂理をぶち壊す事なんて出来ない。それはいつの時代、どの場所でも変わらない。
さて、サトウキビが二十本もあれば足りるし、プロトタイプの黒砂糖でも作ってみるか。
まず、超基本的な事ではあるが、よく手を洗いましょう。魔力で覆っているとはいえ、私の爪を使います。汚れがあっては大変です。
そして次にサトウキビを細かく切り刻みます。それはもう塵レベルまで。私くらいのレベルになれば一瞬です。漫画だと一コマで済むでしょう。
切断する事で生じる【搾り汁】。これと石灰を合わせ不純物を沈殿させる。
そうして残った上澄みの液体。これを魔力圧で濃縮させ、煮詰め、結晶化させる。
この結晶こそ、黒砂糖さんである。
さて、どんなもんかな……?
「んっ、濃厚で深い甘さ! うまい!」
そして甘い。
さぁ、ここからだ。糖分による世界の支配を始めよう。
「ふふ、ふふふふ……はぁあああっはっはっはっは!!」
そんな事で笑っていると、いつの間にか世界は闇で覆い尽くされていた。
翌日、俺は厨房に入ろうとした……しかし、入れなかったのだ。
何故なら俺は巨大なクマさん。サイズ的に無理なのだ。
これでは黒糖菓子を作るのに弊害が出てしまう。そう思った俺は、通りがかった
人間に変身……なんてそんな難しい事を俺の魔力操作で出来る訳がない。
なので、サイズ調整だけでも出来ないか、というのが俺の
「ふむ、こんなものか」
「お見事です、閣下」
「感謝する」
体感で二メートル程だろうか。
かなりのサイズダウンである。といっても、体内の魔力を押しとどめるのが難しく、必要な時以外は控えた方が身体も楽だろう。
「卵に小麦粉、バターに少量の水……そして黒砂糖」
ふふ、ふふふふふふ……ふふ。
◇◆◇ ◆◇◆
「お待たせ致しました陛下」
「ふふふふ、待っておったぞコディー……?」
「待っておりましたわ閣下♪」
何だあの
ここは魔王の城か何かか? そう思わせる程には、玉座に座るリザリーの貫禄も、その隣にいるミザリーの佇まいも、禍々しく感じられた。
事実、彼女たちは
納得こそあるものの、とてもゲームで負けたやつらの態度じゃないと思うのは、俺だけだろうか?
「さぁコディー、余と姉上を満足させる品……出来たのじゃろうな?」
「はっ、こちらに」
「ふむ、姉上」
「はい陛下」
ミザリーが俺に近付き、俺が捧げるトレイを受け取る。そして優雅に踵を返し、それをリザリーに届ける。
トレイに乗った銀の器からソレをとったリザリーは、爪の先でそれを訝しげに見つめる。
「何なのじゃ、この黒き塊は?」
長方体の焦げ茶色の塊……それこそが、
「黒糖クッキーにございます」
「くっきぃ? 何じゃそれは?」
「美味しいお菓子ですよ」
「何!? 魔王である余に! この余に! 菓子じゃと!?」
何か凄い怒ってらっしゃる。
はて、外見に騙されてしまったか。もっと大人っぽい献上品の方が良かったのだろうか。
まぁ、折角苦労して作ったのだ。食って貰わないのは残念だ。
「陛下、ご賞味くだされば私がそれを持参した意味を理解出来るかと」
「ほぉ? コディーに狙いがあると?」
「はっ」
「がしかしじゃ、余の眼鏡に敵わぬ時は……それ相応の罰を覚悟しているであろうな?」
もの凄い威圧感でいらっしゃる。
罰ってなんだろう。きっと恐ろしい事に違いない。
「ふむ……」
言いながらリザリーは黒糖クッキーを口へ運んだ。
小さな口から聞こえる咀嚼音だけが、この魔王の間を支配した。
「陛下、どうでしょう? 閣下のお言葉の意味が………………陛下?」
おや、ミザリーの言葉に反応してない様子だな?
口を噤むリザリーを前に、姉のミザリーも黒糖クッキーを口に運ぶ。
勝手に食えるのは姉の特権だろうか。
止まったリザリーに対し……ミザリーも止まったぞ?
すると、リザリーが再起動し、アップデートのためか、また新たな黒糖クッキーを口に運んだ。次にミザリーが、そしてリザリーが、ミザリーが、リザリーが……。
止まらぬ手と、止まらぬ咀嚼。
指を舐め、頬を紅潮させ、黒糖クッキーを頬張る姿は正に…………子供。
「「ほぉおおおおおおおお……」」
とても魔王とNO3の声とは思えないな。
目を輝かせながら満足げな表情を見せる二人が、見合って頷いた後、俺を見た。
「――――りじゃ」
「は?」
「――わりじゃ」
「陛下、何と?」
「おかわりをよこせっと言っておるのじゃぁあああああああああっ!!」
何で俺、怒られてるの?
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