038
ヴェインが去ってから三ヶ月。
我が楽園は平和な日々を送っていた。
『コディー! ゴリさんが呼んでるよー!』
この三ヶ月、皆は成長しなかった訳ではない。
まず、ディーナが我々の言語をほぼ完璧にマスターした。
まぁ、難しい言葉は聞き返してくるが、今のように日常生活では全く不便がない。
『わかったよディーナ。ありがとう』
「おい、コディー! また新しい獣が来たぞ! 今度は山羊の群れだ! 追い返すか?」
「何で追い返さなきゃならないんだよ。いつものように注意事項伝えて、それでもOKなら住んでもらえ。あ、ヴァローナ。ちゃんと伝えろよ? リスたちの時みたいに適当に伝えたらお説教だからな!」
「うぅ……わかった。わかったよ!」
そしてヴァローナも人間の言語をマスターした。
今ではディーナより喋っているくらいだ。
新しく覚えた言葉って確かに使ってみたくなるものだよな。わかる。非常によくわかるが、俺が大変なの。是非そこを考えて欲しい。
更に、今ヴァローナが言ったように、徐々に獣の数が増えて来た。
鹿や山羊、野良の馬なんかも来ている。先程のようにリスのような小動物も勿論、鳥なんかも来る。
そんなに獣が来て森がパンクしないのか不安だったが、そんな問題はヴァローナと、俺に起こった
それが起きなければ、馬のような平野で過ごした方が良いような獣は、ここに住むことなど出来なかっただろう。
「来たか、コディー」
「おう、ゴリさん。どうした?」
ゴリさんは人間言語の勉強中である。
ただ、ほとんど喋れるようになっているので、間違った部分だけ指摘するようにしているのだ。
広場にやって来た俺を迎えたゴリさんは、森の西の方を指差し言った。
「あっちに二人、そっちに二人だ」
「OKわかった。あと、今の『そっち』は、用途として間違ってないけど、目に見えないくらい遠いなら『あっちにも二人』って言った方がいいぞ」
「そうか、善処する」
ゴリさんは笑って俺の指導を受け入れる。
いつも思っているけど、この笑顔がたまに怖い事は、俺は墓まで持って行こうと思っている。
ゴリさんからの伝言。
これはいつもの事なのだが、ヴェインが去った後すぐに起きた変化である。
あっちの二人とは、それよりやや南にいる二人とは一体何なのか。
それは行けばすぐにわかる事なのだ。
◇◆◇ ◆◇◆
森の外れ付近、木陰に隠れながら楽園内を窺う二人の男。
隠密故か、武具は土汚れに塗れているが、その質は非常に良いもののように見える。
「変化は?」
「特に……」
そんな少ないやり取りの後、沈黙が続く。
これがしばらく続くとなると、隠密業って退屈なんだろうなと思ってしまう。
「森にようこそ」
木から下りた俺は、二人の死角から現れる。
「どぅわっ!?」
「馬鹿、静かにしやがれっ!」
ふむ、どうやら偵察に慣れていない方は新人みたいだな。
一人は老け顔の冒険者、叫んだもう一人は若い冒険者だな。
「見ない顔だな」
「く、熊が……しゃべったぁ……!?」
「お、お久しぶりです、コディーさん」
新人はピクピクと俺を指差しているが、老け顔の冒険者は俺に頭を下げた。
「えーっと、確か、ダニエルだっけ?」
「はははは、
「おべんちゃらはいい。今回は何の用だ?」
「いや、まぁ……はははは。いつものです」
いつもの――というのはディーナの様子を探っているのだ。
可能であれば
「そこの若いのは?」
「ちょっと勉強中でして」
「ランクは?」
「先日Bに上がったばかりですわ、はははは」
「ちょっと、何勝手に喋ってるんですか!? ダニエルさん!」
「うるせぇ! 全部喋れば痛くしねぇし無事に帰してくれんだよ、コディーさんはぁ!!」
まるでコントを見ているようだが、俺がしてる大体の事をダニエル君が喋ってくれたようだ。
因みに、ダニエルはランクAの冒険者である。ふた月程前、初めてやって来た隠密業専門の冒険者らしい。俺にボロ負けして、ヴァローナの『額に穴空けちゃうゾ☆ キツツキ戦法♪』の最初の餌食になった可哀想な拷問体験者一号くんである。
以降、情報と交換でダニエルをキャッチアンドリリースしている訳だ。
担当が変わらないという事は、ダニエルも向こう側に上手く報告しているのだろう。
「来るのは構わないけど、もうちょっと上手く隠れろよ……」
「へい。恥ずかしい限りで」
「あっちのも新人?」
「うぇ!?」
ダニエルが
ふむ、この反応からして知らないって事か。もしかして別口かな?
「そ、そういや聞いた事がありますっ」
「続けて?」
「何か、最近獣狩りをしている冒険者グループがいるとかいないとか……」
「…………きな臭い話だな」
ダニエルに対し、注意勧告を終わらせた後、俺はゴリさんに一度報告し、もう二人の怪しい冒険者を尾行する事にした。
聖獣となった今、俺の事を狙いに来た冒険者は何人かいた。
しかし、グループともなると話は別だ。
危険は広がり、ディーナにまで及ぶ可能性がある。
場合によっては――――排除も辞さない。
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