ぶっ飛びオムニバス:パルプフィクション

めぐみ千尋

うるさすぎる救急車

しばらくぶりに見た高校生のユウ君、体調を壊し吐血して入院していたらしい。

「救急車乗ったことある?」

すっかり元気になったユウ君に聞かれた。

「ない!でもね、、、」

「でも?」


2001年アメリカで同時多発テロが発生したあの日、西海岸はテレビで繰り返し流される映画のワンシーンのような悲惨な光景とは対照的な穏やかな日だった。

あと5分、、、

いつもと同じ日常がながれている。


まぶたを刺す陽が眩しくてギュッと目を閉じる。眩しくて不快だ。耳に入る、段々と近づいてくる救急車のサイレン音も不快だ。

(朝から救急車呼んだの誰よ。うるさいな。でも、仕方ないか。体調悪いんだろうから。)

諦めかけた時、サイレンの音はやんだ。


(ほっ。)

ほっとしたのも束の間、今度は人々の話し声とガチャガチャいう音がうるさい。

次の瞬間、身体が宙に浮いた。


?!


一旦やんだサイレン音は鳴り響き相変わらずガチャガチャとうるさい。

こんな不快な朝はごめんだ!騒音に安眠妨害され、仕方ないから起きるか、、、

「what is your name?(あなたの名前は?)」

声がする。身体は動かない。

素直に名前を答え、目を開けると救急車の中だった。身体はがんじがらめにされていて微動だにできない。



回らない頭で記憶を辿っていく。ニュースを見て、マフィンを食べて、学校に行こうとウィルシャーブルーバードを歩いていた。

そしてリカーショップの前で目に飛び込んできたのは白いトヨタの車。

トヨタのロゴが恐ろしく近くに見えて、よけられなかったんだ。

そう…私は車に轢かれたのだ。


うるさい救急車は自分を運びにやってきたものだったのだ。


insurance(インシュランス)この言葉を聞いたら、イエスと答えよう。

保険に入っているかいないか。日本のように健康保険制度が無いアメリカでは、自分がしっかり生命保険の類に入ってないと、救急車に乗ったような場合でも「なんとか慈善病院」のような病院に運ばれてしまう。


ということで、はねられた私も保険に入っているか否か聞かれた。

イエスだったため、日本ではロゴ入りTシャツでも有名なUCLAに運ばれた。(ハリウッド、ビバリーヒルズも近いことから、ハリウッドスターなども時々お世話になる病院。マイケル・ジャクソンが亡くなったのもココ)。


長い廊下をストレッチャーで運ばれていく、私以外には緊迫感が漂っている。

私は

(運ばれている。ERの中ってどんなんだろう?)

いつかテレビドラマで見たERを思いおこしていた。


いくつ角を曲がったか、処置室に運ばれるいなや、いくつもの手が伸びてきて一気に衣服が剥がされた。手際の良さに感心していると、布にハサミの入る少し思いジョリジョリした音がする。

(何?)

不思議に思った私の頭上を越えていったものは、綺麗に切り開かれた昨日ビクトリアシークレットで買ったショーツ25ドル(2500円ほど)だった。

(何なら自分で脱げたのに!おニューのパンツさんさよなら。)

意義を申し立てるほど元気な患者だったが、意義を申し立てず静かにしていた。



動かせる目だけ動かして辺りをグルリ見渡すと、緑色のエイリアンみたいな服を着た医者らしき人がぐるり囲んでいる。

アメリカの医療費は高いと聞いた。納得した。


右に転がされ、左に転がされ、変な釜に2度入り、ベッドごとグルグル回され、手には点滴を3本刺され終わった。

このころから身体の諸所に痛みを感じる。

処置室から病室に移されて、落ち着いた。やっと、この日自分が求めた静けさにたどり着いた。



が、ノック音に邪魔された。

入ってきたのは、日本人ばかりであまり勉強にならないからと、数日通って行かなくなった語学学校の校長先生と教頭先生。

約半月ぶりの再会だった。

この時のきまりのわるさといったらパなかった。彼らは何言か言葉をかけ、帰っていった。

点滴はそろそろ終わる。


「大丈夫?」

姿より先に大きな声が聞こえた。

声より後に美穂が現れた。

彼女とは、プレミア(試写会)で知り合った。

ロスで交遊し持った数少ない日本人のうちの一人だ。



(でも、今日は...)

昨日美穂は、

「明日テストだからグラマー(文法)を教えて裕しい。」

と言いハリウッドのドーナツショップで3時間くらい勉強を教えた。

だから今日は大切なテストのはずだ。

「大丈夫?擎察から電話がかかってきたから、テストを全部猛スピードでやって、来たんだよ...」

ありがたいと思った。


「さっき医者に話して聞いてきたんだけど、何か食べられたら退院できるらしいよ。」

確かに医者はそう言っていた。

処置が終わった後、

「大丈夫だよ。痛みは続いても、骨などには問題無いよ。」

と説明したのは、アクセントのキレイな日本語と話す、黒髪のほりの深い顔のイケメン医師だった。ショーン・鈴木とネームプレートにあったところをみると日系人なのだろう。

「どうする?今日帰る?まだ入院して、明日とか明後日とか迎えに来る?」

「帰る。」

勢いでそう言った。



昔、典型とされてきたロボット、ぎごちなくガコガコ動き、少ししか前に進めない。それが私の姿だった。

しかも鏡と見ると顔がはれあがり、ところどころに赤や青や黒のアザができていた。


ノ一メークでもハリウッドのホラー映画のオファーがきそうな顔だった。ロボットは少しの段差でも容易に上がれず惨めだった。

やはり3メートル飛ばされたツケは大きかった。

美穂と、一つ屋根の下ホームステイしていたノルウェー人に手伝ってもらい部屋まで連れてってもらい、横になった

ベッドに横になったまま、あちこち痛む身体でどうにか電話をたぐりよせた。

事故処理に来た警官が「家族に電話してあげようかと言ったが、真夜中に電話がかかってきて、英語で何かまくしたてられたら両親はあせるに違いなく、自分でかけると断ったのだ。


母はあわてた風だったが、思ったよりは冷静だった。

日本て出て行く時に、何かあっても動揺しない覚悟を決めたそうだ。


次の日、あごを除いて大方の痛みはとれた。処方された薬は袋から出して眺めてみると毒毒しいとも形容されるお菓子同様至極カラフルで、一粒ー米立が大きく飲むのにちゅうちょした。


しかし、やっと薬を飲む決意をしお湯を準備して飲もうとすると、口が開かなくなっていた。無理やり半分こじ開けて飲むとアゴは熱をもっていてお湯の熱さも感じなかった。(これは病院へ行かないと…)


「入るよ〜。」

神出鬼没に美穂が現れた。後ろには家主が心配そうな顔をしている。

(いつの間に?人のうちなのに…。)

美穂は、顔を見るなり「ありゃりゃ。」

と言った。

どんな顔をしているのだろう?

部屋には鏡がなかったので、自分の顔はわからなかった。

「あれだ。おかめ。」

「おかめ?」

「おたふくみたいになっちゃってる。」

恐る恐る手を伸ばすと、普段認識している顔の端と違うところに端があった。

でも、叫ぶにも口は開かなかった。


20分後私はダウンタウンの病院にいた。

入り口には何とかFacial plasticsと書いてあった。

(顔がプラスチック?)

美穂が電話して手配してくれた病院は、怪しげな名前だったが、質問する程口は開かなかった。


受付の周りにはマネキンが2つあった。

(医院長はサイコなのか、それとも美容師志望なのか?)

もっと疑問を持たなきゃいけない事があるような気もするけど、頭の中はそんな疑問で一杯だった。

美穂はブックシェルフのパンフレットをあさっている。やがて、一部パンフレットを手に取ると走ってきた。

「見て見て」

開いたパンフレットにはbefore Afterと書かれている写真がいくつか並んでいた。

Beforeは少し野暮ったい顔、Afterは女優顔負けの顔になっている。

「Facial plasticsって、整形の事みたいよ。」

すると、すまして聞いていた受付嬢が

「その通りです。日本からもよく患者さんがくるんですよ。」

と説明した。

すると目を輝かせた美穂が

「でも、海外で整形したらパスポートの写真と顔が違っちゃうでしょ?大丈夫なの?」

受付嬢は

「たまになかなか出国できない人もいるみたいです」

とくすっと笑った。

(笑いごとじゃないような...)

日系人が経営しているという、病院整形外科の診断結果はあまりにも意外なもので、顔を強打したことによる親知らずの炎症だった。

承諾をする前に何か注射を打たれた。注射の針の痛さよりも、口をこじ開けられている方が痛かった。


それから3日。

身体にはいくつか痣が残ったものの、すっかり元気になった私はsix frag(ジェットコースターばかりのテーマパーク)でジェットコースターに乗っていた。

UCLAのイケメン医師の「1週間ぐらいは衝撃を与えないで下さいね」の忠告も忘れて。

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