ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?

初柴シュリ

第一章

プロローグ




「とうとうここまで辿り着いた……魔王軍幹部にして至高の将、《瞬刻のヴィルヘルム》とはお前の事だな!」



 禍々しい雰囲気の漂う城の一間。仰々しい玉座のようなものが飾られている空間に、四人の男女と二人の人物が対峙していた。


 四人の先頭に立つ、煌びやかな装備を纏った金髪の男が、その手に持った一振りの剣を、玉座の前に立つ黒髪の男へと向ける。部屋の壁で揺らめく燭台の炎が、白銀の切っ先をギラリと輝かせた。



「貴様……人の城へと土足で踏み込んだ挙句、我が主をお前呼ばわりとはな! よほど肢体を細切れにされ、魔獣のエサになりたいと見える!」



 男の敵意を受け、その間に割って入った一人の美しい女性。いや、女性というには少しばかり異形が過ぎるか。

 額から生えた短い角に、口の端から覗く鋭い八重歯。そして何より、血のように真っ赤に染まった大きい瞳。まさに二重の意味で人間離れした美貌の持ち主である。


 腰に携えた刀、その柄に手を掛け犬歯をむき出しにしながら激しく威嚇をして見せる女性。圧倒的な怒気とプレッシャーが彼女の全身から放たれる。



「構えろ勇者共。貴様らなぞ物の数では……ヴィルヘルム様?」



 だが、その圧倒的な迫力も、背後に立っていた男に肩を叩かれるとすぐさま消滅する。それまでは悪鬼の様だった表情が、今では戸惑う生娘だ。


 ヴィルヘルム、と呼ばれた男は平凡だった。何処にでもいる黒髪に、イケメンでもブサメンでもない普通の顔面。無理やり特徴を挙げるとすれば着ている服がやけに豪奢という点になるだろうが、それすらも『着られている』感が否めない。


 本当に彼の様な男が二つ名持ちの魔王軍幹部なのか。勇者達も疑問に思い、鑑定魔法でステータスを確認すらしてみた。



【name】ヴィルヘルム・オライオン

【age】21

【sex】男

【level】1

【rank】Eマイナス

【reward】『魔王軍幹部』



 弱い。弱過ぎる。鑑定で覗き見れる部分には限界があり、相手のスキルや詳しいステータスは分からないとはいえ、幾ら何でも魔王の幹部とはなり得ない。


 ランクの部分など特にそうだ。『強者』と呼び讃えられる者は大多数がSSSを記録しており、そこに例外はない。同ランクの中でもバラツキがある為、一つでもランクが離れればその彼我の実力差は歴然だ。

 ましてや彼ら勇者のSSSと、ヴィルヘルムのE-の間では何を言わんや。赤子の手を捻るどころか、少し小突いただけで下手をすれば死にかねない。


 その上、レベルも一。一周回ってバグでは無いかと思えるほどに低い。どんな人間だろうと、生きているだけでレベルは上昇する筈なのだ。SSSランクの勇者ともなれば、そのレベルは優に500を刻む。


 だというのに、彼は一。十でも百でもなく、一。


 その為、勇者達から見れば余程女性の方が魔王軍らしかったのである。玉座に立つ彼はただの影武者で、女性から目をそらす為のミスリードなのだと考えた方が、むしろ自然ですらあった。


 だというのにこの懐き様。とても飾りの君主への対応とは思えないほど従順だった。


 ヴィルヘルムは女に対し、ゆっくりと首を振る。



「問題ありません。私の手にかかれば、あの下賎な者共など物の数では無いのです! ヴィルヘルム様のお手を煩わせる程の事では!」



 更に強く否定の首振り。女がヴィルヘルムに反抗したのはそれきりであり、それ以上抵抗する事なく大人しく身を引いた。



「了解しました。ヴィルヘルム様がそう仰るならばこの斬鬼ザンキ、身を引きましょう」



 自身の忠誠を表す為一度は自身が戦うと言いながらも、あくまで主君の要求を立てる女ーー斬鬼。まさに臣下として正しい振る舞いだと言える。


 斬鬼が身を引くと、入れ替わりに出て来たヴィルヘルム。ゆっくりと勇者達の前へと歩を進め、その諸手を上げる。


 その意味がわからず、構えた状態から一歩も動かない勇者達。何かを仕掛けているのか、それとも待ち構えているのか。前者であれば今すぐ動く必要があるが、後者ならば迂闊に動く訳にもいかない。


 どうするべきか。冷や汗が顎を伝い、雫となって落ちていく。


 やがてどれくらいの時間が経ったか、ヴィルヘルムの口がゆっくりと開いた。



「ーー話せば分かる」



「っ!! 戯言を!!!」


「おい、ユウナ!」



 彼の一言に激昂し、勢いよく床を蹴り出す一人の少女ーーユウナ。その手に鋭いダガーを携え、目の前の男を殺さんと、仲間の制止も聞かず一気に駆ける。


 彼女には両親が居ない。物心ついた頃、両親は当時幼かったユウナを庇って魔獣に殺されたのだ。


 目の前で四肢を裂かれ、腑を抉られ、骨すら残らず食われる両親だった物。不幸中の幸いというべきか、ユウナは食われる前に通りがかった冒険者達に救われた。


 だが、あの時の光景は今でも脳裏にこびりついて離れない。かつては魔獣の姿を見る度に吐き気を催し、それをなんとか克服したと思えば、次に出てくるのは魔獣への憎悪だ。


 それからは魔獣を目にする度に恨みを募らせ、それを束ねる魔王軍へも憎しみを向ける様になった。根本から根絶やしにしつくす為に、最強と名高い勇者パーティーへも素性を隠し尽くして参加した。


 幸いにして彼女の戦闘センスは類稀なるものだった。様々な偵察や下準備を行うレンジャーとして恥じない仕事をこなし、それでいて直接戦闘もメンバーに引けを取らない。まさにオールラウンダーと呼ぶに相応しい手腕だと言えた。


 そして今、その仇の一人が目の前にいる。それでも必死に感情を押し殺し、飛びかかりたい衝動を押さえつけてきた。


 だというのに。それを逆撫でするようなヴィルヘルムの言葉。それを聞いた事で、完全に彼女の堪忍袋の緒は切れたのである。



「あああああああ!!!! 《ブラッディー・スプラッシュ》!!!!」



 赤黒く禍々しい光がダガーの刀身を包む。


《ブラッディー・スプラッシュ》は、ユウナが魔獣を殺し尽くした果てに現れた特殊なスキル。傷付けた相手の傷を修復させず、その血液が失われるまで相手を刻み尽くすという必殺の技。


 一息にトップスピードに乗った彼女は、ヴィルヘルムの首筋へとその刀身を――



「なっ!?」



 叩きつけられなかった。


 すんでの所でダガーは止められていた。それも、



「馬鹿な……何故傷一つない! 貴様のような雑魚に! 何故傷一つ付けられない!!」



 感情のまま思わず叫ぶユウナ。鑑定では格下も格下、もはや赤子とも呼べないような男に、自身の必殺の一撃が受け止められたのだ。これを叫ばずしてなんとする。


 同様に目の前で起こった出来事が信じられず、勇者たちは驚きを露わにする。一緒に旅をしてきたからこそ、ユウナの強さは彼らが一番よく分かっていたからだ。


 慌てて引き抜こうとするも、握りしめられたダガーはピクリとも動かない。歯噛みをしながら、ユウナは仕方なく手を放してバックステップを踏み勇者たちのもとへと戻った。



「ユウナ、相手は仮にも魔王の幹部だ。独断専行はよしてくれ」


「でも! 私はそれじゃ気が済まない!」


「頼む! ユウナに何があったかは知らない。だけど……俺たちが仲間であること、それは確かに真実だろう?」


「……ハヤト」



 なぜか繰り広げられる青春の一コマ。そんな彼らを見ながら、ヴィルヘルムは静かに黙考した。




(……どうしてこうなった!)




 冷酷無比な魔王の僕。《瞬刻》なぞという二つ名をつけられた男の実態は、ただの平凡な一市民だった。


 魔族という人外で固められた軍勢の中、ただ一人だけ人間であり、そして何の間違いか幹部にまで伸し上がってしまっていた現状。彼が「話せばわかる」と言ったのは『争う気はないよ』という意志であり、彼自身人類と敵対する目的は一切無かった。

 別に復讐を目指すだとか、迫害されただとかそういった悲哀のバックグラウンドも一切無い。正真正銘、紛うことなき普通の……いや、少し寡黙な人である。


 ちなみに斬鬼に対して行った一度目の首振りは『あんまり怒るな』。二度目の首振りは『いや、別に俺やる気ないんだけど』という意思表示である。悲しいことにその意思はあんまり伝わっていなかった。



「さあ行くぞヴィルヘルム! 僕たちの全力を以て、お前のことを打倒させてもらう!」


「主よ、武運を」


(あ、これもう止まらないやつね)



 気づけば話は進んでいたのか、手に手を取って武器を構える勇者たち。頼りの斬鬼も完全に任せる体勢に入ってしまったのか、静かに横でかしずいている。働け、と思ったヴィルヘルムだが、彼女の機嫌を損ねさせたくはないので言わない。おそらく彼女ならば、矛盾した命令でも喜んでこなそうとするだろうが。



「……はぁ、《ジャイアント・キリング》」



 小声でそう呟くと、光が一瞬だけ彼の全身を包み、そして虚空に消えていく。


 手のひらを開閉させて調子を確かめると、彼は不恰好ながらも戦う構えを取った。

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