第4話 対話

 オークション終了後、私はいきなりご主人様に抱きしめられている。

 正直これは予想してなかった。

 痛いことをされるより遥かにましだし、そこまで嫌じゃないんだけど、こういう場合はどうしておくのが良いのだろうか。







 ギュー


 猫ちゃんのあまりの可愛さに思わず抱きしめてしまった。

 オークションでは思わず大声を出してしまったり、急に抱きしめたり、どうやら私は思考の許容量を超えると考えることを止め行動してしまうタイプの人間だったようだ。

 今更自分の性格を知ることになってしまった。


 そんなことよりも、猫ちゃんの体はとても柔らかくてポカポカしてる。

 これは変な趣味に目覚めてしまうかもしれない。

 とは言えあまり長くこうしているわけにもいかないだろう。


「コホン。えーっと、取り敢えず私が泊ってる宿に行こうか。」

「……」


 名残惜しいけど猫ちゃんから離れて、宿に行こうと提案したんだけど完全に無視されている。

 どうやらこれはファーストコンタクトを誤ってしまった可能性が高い。

 いきなり抱きしめるなんて、私のバカ。

 これはこの先、前途多難だな……。







 いきなり抱きしめられたかと思えば、今度は宿に行こうと提案された。

 まだ日中なのに。

 やっぱりご主人様はそういう趣味なんだ。

 そういうことがしたいんだ。

 私にだってそういう知識はあるし、人の性癖を否定するつもりはないけど、正直逃げ出したい。

 申し訳ないけど私にそんな趣味はない。

 と言うかなぜ私なんだ。

 他にも女の子はいるし、私は人間でもないのに。

 もしかしてご主人様は人間以外がいいの……?

 様々な憶測が脳内を巡る。

 けど、抱きしめられた時のことを思い出すと不思議と不快だとは思わなかった。

 むしろ安心感を感じた。

 酷い生活が続いていたから人肌恋しくなっていたのだろうか?


 私が思案しているとご主人様が話し掛けてきた。


「いきなり抱きしめてごめんね……そういえば、自己紹介もまだしてなかったよね。私の名前はソレイユ! よろしくね!」


 私の新しいご主人様はソレイユという名前らしい。

 ニコニコした笑顔を思い出しながら、ピッタリな名前だなと思った。

 こういう感情が出てくるということは、私は彼女のことを嫌悪したりはしていないみたいだ、今のところは。


 …………


 私とご主人様の間に沈黙が流れる。


「……あの、名前聞いてもいい?」


 どうやら私が名乗るのを待っていたみたいだ。

 最近まともに会話してなかったからか、会話の流れを読むのが難しい。


「……シナア」


 私が名乗ると、


「シナアちゃんっていうのね! カワイイ名前! 似合ってるわ!」


 ご主人様は私の名前を知れたことが嬉しいのか顔をほころばせている。

 何だか憎めない人だな。

 それが私の彼女への印象だった。







 その後、微妙な距離感の二人はソレイユが宿泊している宿屋へ向かって歩き始めた。

 シナアにとっては、しばらく滞在していたこの街もキチンと見て回るのは初めてのことで辺りをキョロキョロと見回しながら歩いている。

 その様子を微笑ましそうにソレイユは眺めている。

 結局、二人は夕方までマーケットで時間を潰した。

 マーケットではソレイユがシナアに似合う服を見繕った。

 いままで着ていた服はボロボロで服とも言い難い布切れだったが、新調した服に身を包むとガラっと雰囲気が変わって見える。

 可愛らしい年ごろの女の子だ。


 その後、シナアとソレイユは宿屋兼ご飯屋に帰ってきた。

 相変わらず微妙な距離感のまま。


 グウゥゥ


 お店に近づくとシナアのお腹が鳴った。

 夕食どきになり美味しそうな匂いが漂っているのだ、無理もないだろう。

 一日一食というひもじい生活を強制されていたのだ、この美味しそうな匂いの誘惑には耐えられないだろう。

 空腹そうなシナアを見たソレイユは部屋に帰る前に食事を取ることにした。


「シナアちゃん! 好きなの注文していいからね!」


 ファーストコンタクトをしくじったソレイユは、シナアの胃袋を掴み仲良くなろうと考えているようだ。

 果たしてその思惑は上手くいくのだろうか?

 

 言われた通り好きなものを注文していくシナア。

 運ばれて来たご飯を美味しそうに胃に収めていく。

 パクパクとご飯を食べる女の子。

 なんとも微笑ましい光景である。


 しかし、その光景を眺めるソレイユは徐々に顔が青ざめていく。

 抑圧されていた獣人の食欲を舐めていたのだ。

 机の上には空になったお皿が山のように積みあがっていく。

 店内にいるお客や店員もシナアの見事な食べっぷりに驚きを隠せないようで、視線が集まり見世物のようになっている。


「シナアちゃん……無理して食べなくていいからね! お腹いっぱいになったら止めていいからね!」

「……まだ食べられる。」


 もはやソレイユには凍り付いた笑顔を向けることしかできなかった。


 食事を終え、二人は部屋へと引き上げていった。


 部屋に入るや否や、


「シナアちゃん。これからのことについて相談なんだけど……さっきの晩ご飯代で私の全財産が底を突いちゃったの。このままじゃ明日の朝ご飯も食べられないわ。」

「それは困る。ご飯食べたい。」

「そうよね! 私も困るもの! なので、明日、シナアちゃんには冒険者ギルドに登録してもらおうと思います!」

「冒険者ギルドって何? ご主人様。」

「簡単に言うと仕事をくれるところよ! そこで仕事を探して、達成して、お金をもらうの!」

「わかった、ご主人様。期待に応えられるよう頑張る。」

「理解してくれてありがとうシナアちゃん。本当なら私が養ってあげれればいいんだけど。」

「だいじょーぶ。 ご主人様。」

「お金が貯まったら、故郷に送り届けてあげるからね! 約束するわ! あとね、私のことはソレイユって呼んで欲しいな! 奴隷と主人の関係じゃなくてシナアちゃんと友達になりたいの!」


 ソレイユの言葉に対して、シナアはこくりと頷き理解を示した。

 

 その後、二人は他愛無い会話を交わし夜が更けていった。


 ソレイユとシナアが心から友達になれる日は来るのだろうか。

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