第6話 凄腕冒険者

 この先にある空洞で休憩しよう。

 そう考えた三人は力を振り絞りながら歩み、大空洞に足を踏み入れる。

 どうやらこの空洞は結構な広さがあるようだ。

 天井もかなり高く、洞窟内にも関わらず解放感を感じる。

 三人が空洞内を見回していると、何か巨大なものが佇んでいるのが視界に入った。

 岩でも盛り上がっているのだろうか。

 三人がそれに意識を向けると、


「嘘でしょ……」


 とロゼは愕然とし、声を漏らした。

 巨大なものは岩などの無機物ではなく生物だった。

 空洞内の一角に巨大なドラゴンが悠然と佇んでいるのだ。

 翡翠色の鱗に全身を覆われ、岩をも切り裂けそうな鋭く尖った爪に、口元にはどんなものでも喰い千切れそうな牙、目が合ったものに畏怖を与える深紅の眼光。

 まさに伝説の生物を体現したかのような佇まいである。

 三人は今までに感じたことのない圧倒的な力量差を感じその場に立ちすくむことしかできなかった。

 その巨体から放たれるオーラは、森の中で出会ったグランスライムの比ではない。

 本能が逃げなければと警鐘を鳴らしているのに体は全く言うことを聞かず、眼球さえ動かすこともままならずドラゴンを直視することしかできない。

 それほどまでに目の前にいるドラゴンはこの空間において圧倒的な存在感を放っているのだ。

 そのドラゴンを直視しながら、思い出したようにロゼが語り始める。


「洞窟内で魔物に遭遇しなかった理由が分かったわ……この洞窟はドラゴンの縄張りだったのね……」


 三人が洞窟に落ちてから、数時間が経過しているのだが、まだ一度も魔物に遭遇していなかった。

 運が良いこともあると、あまり気にも留めずに探索していたが、今の世界情勢から考えると魔物がいないというのは異常なことだったのだ。

 魔界から溢れる魔物は今や世界中に存在する。

 そして魔物は暗闇を好む習性があるとされている。

 となればこれほどまでに広大な洞窟というのは住処にうってつけのはずなのだ。

 三人が冒険に慣れていない弊害が露呈してしまった瞬間である。

 おそらく、冒険に慣れていれば魔物に遭遇しないことを異常に感じ、もっと慎重に行動できたのではないか。

 戦闘の経験が豊富であれば、今から対峙することになるであろうドラゴンとの戦いを切り抜けることができるのではないか。

 様々な思考が三人の頭の中を巡るが、この空間において三人はあまりにも無力だった。


『グルルルル』


 腹の底に突き刺さるようなドラゴンの低いうなり声が空洞に響く。

 しかし、今のところドラゴンにはシルトたちと敵対する意思は見られない。

 というのも、ドラゴンというのは昔から大陸に住まう原生生物の一種であり、魔物とは異なった存在であるのだ。

 人間と積極的に交戦するようなことはないとされており、大昔の魔王との戦争では人間に力を貸してくれた竜族も存在したという伝説も残っている。

 知能が高いものになれば会話も可能らしいのだ。

 現に冒険者の中にはドラゴンと共に活動するものもいる。

 だが、そのような情報があるからと言って、三人が目の前のドラゴンに対して心を許せるような状況ではなかったのだが。

 

「ゆっくりと元来た道に戻ろう」


 シルトが小声で意思を伝えると他の二人も頷き、同調した。

 三人が息を潜めながらそろりそろりと道を引き返し始めたとき、


『グルァァアアアアア』


 突然洞窟中にドラゴンの咆哮が響き渡る。

 耳を劈くような咆哮は聞いたものを震え上がらせる力を持っていた。

 三人は体が硬直し一歩も動けなくなってしまったのだ。

 どうやら目の前のドラゴンが戦闘態勢に入ってしまったらしい。

 口元で鈍く光るあまりにも鋭い牙が、ドラゴンに食い殺されるリアルなイメージを三人に連想させる。

 なぜ急に戦闘態勢に入ってしまったのか。

 これはシルト、ロゼ、リヒトへの敵対なのか。

 そのような疑問は三人には思い浮かぶことはなく、ただただ死の恐怖に戦慄していた。

 そんな時、


『………… ―― デッドリーインパルス ――』


 空洞内に人間のような声での魔法詠唱が反響したかと思えば、ズドーンと凄まじい威力の雷撃が轟きドラゴンに直撃した。

 直撃を受けたドラゴンは態勢を崩すが、すぐに立て直す。

 人間であれば即死であろう一撃を受けても、その程度のダメージしか受けないのは鎧のような鱗のおかげなのだろう。


「一体何が起きたんだ!?」

「分からないわ、でもドラゴンの注意が逸れた今のうちに身を隠しましょう!」


 目の前で起こった突然の出来事に、死の恐怖から現実に引き戻された三人は咄嗟に近くにあった岩陰へと身を潜め、成り行きを見守ることにした。

 ドラゴンへ攻撃した謎の存在が自分たちの敵でないことを祈るようにしながら。


「ようやく見つけたぜ~ターゲットはこいつだよなぁ、カレン。」

「ええそうよ、フレット。このドラゴンが今回のターゲット。」


 空洞の奥から先ほどの雷撃を繰り出したと思われる二人組が現れた。

 ドラゴンを前に全く動じた様子を見せないことからかなりの手練れであることは容易に想像できる。

 それでなくても、先ほどの雷撃は超級魔法であり、扱える人間などこの世にそう多くはない。


「あの二人相当強いよ。」

「分かってるよ、あんなプレッシャーを放つ人間見たことねぇ。」


 岩陰から成り行きを見ていたシルトたちはドラゴンと対峙する二人の存在を見て驚嘆の声を漏らした。


「あの二人、まるでバケモノだな。いや、英雄ってやつか?」


 シルトは思ったままの感想を口にする。

 目の前でドラゴンと戦っているのは男と女の二人組だ。

 男の方は大剣を手にしていることから剣士だろう。

 それもかなり凄腕であることは一目で分かる。

 女の方は宝石を散りばめたような杖を手にしていることから、先ほどの雷撃を放った超一流の魔導士だと推測できる。


「さっさと片付けて帰るぞカレン。こんな辛気臭い場所に長居したくねぇ。」


 フレットと呼ばれていた男が剣を振りかざし、ドラゴンへと切りかかる。

 大剣使いとは思えないほどの俊敏な動きだ。

 身体能力を強化する魔法をかけているのかもしれない。

 そんなフレットの斬撃はいとも容易くドラゴンの鱗を切り裂いた。

 動きの速さとは裏腹にかなり重い一撃のようだ。

 かなりの硬度を誇るであろう鱗を物ともせずにダメージを与えている。


「さっさとくたばりやがれ!」


 フレットは攻撃の手を休めずに幾度となくドラゴンへ斬りかかる。

 かなりの重量があるはずの大剣を軽々と振るい、喜々として目標を切り刻む姿はまるで鬼神のようだ。

 ただ、ドラゴンもやられるがままという訳ではない。

 一撃浴びせれば致命傷になるであろう、鋭い爪を振りかざし、尻尾を叩きつけ、フレットに対し攻撃を繰り出しているが、当のフレットは全て紙一重で躱している。

 この洞窟という空間はドラゴンにとってかなり動きを制限される空間になっているようだ。

 背中に悠然と備わっている翼も洞窟内では広げることができない無用の長物だ。

 もし空に飛び立つことができればここまで一方的に攻撃されることもなかったのかもしれない。


「カレン! そろそろ終わらせる、力を貸せ!」

「分かったわ。」

『汝に天空を震撼させし力を与えん ―― サンダーストラック ――』


 カレンと呼ばれた女性が魔法を発動すると、フレットの剣に雷の魔力が付随する。

 この世界にはエンチャントと呼ばれる魔法が存在する。

 エンチャントは対象物に属性を付与する魔法だ。

 エンチャント自体そこまで上位の魔法ではないのだが、カレンが使った魔法は通常のエンチャントとは魔法の質が違う。

 あくまでもエンチャントは属性を付与するに過ぎないため、多少の追加効果が望める程度の魔法なのだが、先ほどの魔法はまるで剣そのものが雷になってしまったかのような魔力量だ。

 おそらく上位互換なのだろう。


「まあ、ゆっくり眠れよ。ドラゴンさんよぉ。」

霹靂神一閃はたたがみいっせん


 凄まじい閃光と雷撃を纏った一刀を受けたドラゴンの動体は両断され力なく地に崩れ落ちた。

 絶命したのだ。

 圧倒的力な差を見せつけ、フレットとカレンの二人組はドラゴンに勝利した。


「終わった、終わった。素材を回収してさっさと引き上げるぞ。」


 そういうと慣れた手つきでドラゴンの鱗や牙、爪などのパーツを回収していく。

 シルトたちはただ息を潜めて素材回収している二人が去るのを待っている。

 これほどの力を持っている二人だ、本来なら救助を求めるべきなのかもしれないが、現状味方かどうか判断できないため接触は避けた方が無難だと判断したのだ。

 二人がこの場所までドラゴンを倒しに来れたということは、少なくとも普通に出入りできる通路があるということだろう。

 その事実だけで良しとすることにした。

 二人組はあらかた素材の回収を終えたようで、来た道を引き返し始めた。

 その際に、フレットがシルトたちの潜む岩を一瞥した。

 おそらく岩陰に何かが潜んでいることには気づいたのであろうが、これ以上労力を使いたくないのか、それとも無害だと判断したのか、特に何もせず去っていった。


「助かった~。今日一日でどれだけ死ぬ思いをしてるんだ俺たち」

「本当よね、死んでてもおかしくない状況だったわ。むしろ生きてることが不思議なくらいよ」

「冒険者って大変な仕事だね……」


 三人は脅威が過ぎ去ったことに安堵し、また冒険者が命がけの職業であることを再確認しながら話しを交わした。


「早くここを出ましょう。ドラゴンという存在がいなくなったことで魔物が入り込んでくるかもしれないわ」


 洞窟脱出のためフレットたちが出ていった通路へと歩を進める三人。

 ドラゴンの亡骸の近くを通過する際にロゼがあるものに気づいた。


「ちょっと待って、二人とも。あそこになにかあるわ。」


 ロゼが指さす先には楕円形をした何かが護られるように岩陰に隠されていた。


「これって……卵……よね」

「卵だな」

「卵だね」


 ロゼが見つけたものは紛れもなく卵だった。

 大きさこそ三人が知っている卵よりも大きいが。

 そしてこの場所にある卵ということは、十中八九ドラゴンの卵だろう。


「ドラゴンの卵だろうけど、どうするつもりだ、ロゼ?」

「どうするって言っても……」


 そのとき、パキパキと音を立てて卵の殻にヒビが入り始めた。

 それは数分もしないうちにドラゴンの赤ちゃんが生まれることを意味している。


「生まれるぞ、どうするんだ!?」

「このままここには放っておけないでしょ! この子にはもう母親がいないのよ!」

「確かにそうだけど……」


 ピシピシ


 パカッ


『ピィィィー』


 元気なドラゴンが産声を上げた。

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