第8話 紅色の夜①
紅にとって、兄の蒼は特別な存在だった。
イチランセイというらしく、鏡でも見ているかのようにそっくりな彼は、見た目とは裏腹に紅にはないものをたくさん持っていた。
賢く、博識で、人から好かれ、面倒見がよく、そして母からも愛される蒼。
どうやれば兄のようになれるのかと、男の子のように言動を粗暴にしてみたが、差が開くばかりで望んだものは何一つ手に入らなかった。
いっそのことと、そっくりそのまま蒼の真似をするようにすると、急に周りが優しくなって驚いたのを覚えている。
まあ、結局当初の目的は果たせなかったのだが、蒼の手伝いをするのにちょうど良かったので、そのまま蒼のふりは続いた。
そして、この男が現れるまで、それは完ぺきだったはずだった。
「さて、何から聞こうか」
兄より幾分も低い声が耳に突き刺さる。予想もしていなかった窮地に立たされてただでさえいっぱいいっぱいだった紅は、もう無理だと蒼になることをやめることにした。
簡単に言えば、キレた。
「っせえんだよ・・・!」
一度感情を爆発させると、止められないし止まらない。止める気もない。
「いっつもいっつも上から見下ろして偉そうな口ばっか聞きやがって!貴族サマだか何だか知ねぇがなんでもてめぇの思い通りになると思ってんじゃねぇぞ!」
最後に「くそが!」と唾を吐くのも忘れない。
蒼はあまり良い顔をしないのだが、喧嘩にこけおどしと口の悪さはすごく重要であることを紅は知っていた。
そして、貧困街仕込みのガラの悪い表情で睨みつけると、大抵の人間は少し怯むのだ。
現に、先ほどまで余裕を浮かべていた看守長も呆気にとられている。
もう少し、もう一押しで勝てる。紅は確信した。
彼女は知らなかったのだ。自分の今まで生きてきた世界がどんなに狭かったのかを。
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