第14話 迷宮
「なに?」
『後方の隔壁扉に硬球サイズの穴が開けられました。ブロッケンが侵入してきます」
「S弾、
『了解』
マイはくるりと向きを変え、扉の方を見た。
「!?」
だが、トリガーを引こうとする彼女の目に飛び込んで来たのは信じられない光景だった。
小さな穴が開いた隔壁扉の前に、5人の人間が立っていたのだ。
そしてそれを見た瞬間、マイは頭の中が真っ白になっていた。
「あ!!お母さんだ」
後ろからアリスの無邪気に喜ぶ声が聞こえてきた。
そう。5人のうちのひとりはアリスの母親だった。
そして、残りの4人は・・・、
「マイ」
「・・・お母さん?」
「マイ」
「・・・お父さん?」
「ま~ちゃん」
「・・・おばあちゃん?」
「マイちゃん」
「・・・おじいちゃん?」
それは、マイの家族だった。
「マイ、宿題ちゃんとやったか?アンナちゃんにノート見せてもらって写すのはだめだぞ」
「・・・お父さん」
「ま~ちゃん、今日の晩ごはん、ま~ちゃんの大好きなカレーよ」
「・・・おばあちゃん」
「マイちゃん、かき氷食べるか?シロップは何味がいい?」
「・・・おじいちゃん」
「どうしたのマイ?そんな顔して、また恐い夢でも見たの?」
夢にまで見た優しい笑顔で近づいてくるその姿から、マイは目を逸らすことが出来なかった。
「・・お母さん」
「マイ、泣いてるの?お母さんにちゃんと顔見せて」
「え?」
母にそう言われ、マイは初めて自分が涙を流していることに気付いた。
「お母さんが拭いてあげる。ヘルメットをはずしなさい」
「うん」
「お姉ちゃんのお母さんも生きてたんだ。よかったね」
それは後ろのパワードスーツに
「え?」
「ねぇ、ここから出して、お母さんが待ってるから」
「なに言ってるの?あなたのお母さんはさっき・・・」
‶ザシャ、ザシャ、ザシャ、ザシャ、ザシャ″
その瞬間、マイはバーニアスラスターを全開にして退いたその場所に、巨大な5本の刃が突き立てられていた。
それは、マイとアリスの家族、計5人の後頭部が変形しながら伸びたものだった。
そして5人の足元からは、黒いコードのようなものが隔壁扉に開いた穴の向こうへと伸びていた。
5人はブロッケンが擬態した姿だったのだ。
「シュート」
『シュート』
マイが連射した槍がブロッケンに次々に命中していく。
次の瞬間、撃ち込まれた槍から青白いイナズマが溢れ、5人は粉々に崩れ落ちていた。
「お母さんっ」
「あれはお母さんじゃない、ブロッケンよ」
「うそ」マイの言葉を否定するかのようにアリスが叫ぶ。
‶ドッゴゴゴゴオォォォォンっ″
だがその時、隔壁扉が穴から押し広げられるように破壊され、新たなブロッケンが津波のように押し寄せて来た。
‶ドガガガガガガガガガガガガっ″
それだけではなかった。
彼女の希望を打ち砕くように、進路上の壁や天井を突き破り、膨大な量の瓦礫とともにブロッケンが濁流のように押し寄せてきたのだ。
それにスーツが巻き込まれなかったのは、AIが急制動をかけてくれたおかげだった。
だが、結果としてマイたちは四方をブロッケンに囲まれてしまい、もはや逃げ場はなかった。
「お、お姉ちゃん」
「くっ」
‶ガガガガガガガガガガガガアアアァァァァァンっ″
その時だった。
突如として響き渡った金属音とともに、通路が大きく揺らいだ。
いやそれは、揺れたなどと言うレベルの話しではなかった。
まるで天地がひっくり返ったかのような激震がマイたちを、いや、通路を含めた全てを飲み込んでいた。
「何が起きたの?」
『このエリア一帯がパージされました』
「うそ?」マイは思わずそう叫んでいた。
ブロック、つまりは区画をパージすることなら、まだあり得るかもしれない。
しかし、エリアをパージするというのは、言わば街をまるごと1つ宇宙に棄てるということだ。
だが、目の前で起きていることは疑いようのない事実だった。
全ての景色が大きく歪んでいく。
そのまま足下が崩壊しスーツが落下した瞬間、今のいままでいたその場所に4方向からブロッケンが激突していた。
そして1つに融合しながら渦を巻き、巨大な漆黒の竜巻となってマイたちを追いかけて来た。
人工重力が切れたため、あらゆる物が空中に浮き進路を遮る。
それらの中を掻い潜るように逃げるパワードスーツに対し、ブロッケンは進路上にある全てを粉砕し飲み込みながらマイたちに迫ろうとしていた。
そしてマイは確信していた。
後方から迫るブロッケンは無差別に人を殺しているのではなく明確な意志を持って自分を殺そうとしているのだと。
(なんで?私がハーケリュオンのパイロットだから?)
その瞬間マイは、さっき爆発物処理室で見た、ドリルのように変形して下階層へと掘り進もうとしていた超巨大なブロッケンの脚と、その前に見たツルギの映像のことを思い出していた。
(間違いない、ツルギはあそこにいる。助けに行かなきゃ)
「脱出船への最短ルートを再検索。それと、ここの中心部へ行く直通の坑道、もしくはトンネルがあるはずだからそれを探して」
『了解』
「お姉ちゃん、どこに行くの?」
「ガリレオの中心部。一番深いところよ。そこにお姉ちゃんのとても大切な仲間がいるの」
「そこってどんなところ?遠いの?」
「遠いよ。でも行かなきゃ」
「アリスのお母さんもそこにいるの?」
「え?」
「いるんでしょ?お姉ちゃん、一緒に連れてって。アリス一生のお願い」
「そ、それは・・・」
その刹那、それは起きた。
前方から、いや四方からも、あらゆる場所から新たなブロッケンが飛び出し、マイたちは一瞬にしてその漆黒の渦に飲み込まれていた。
「しまった」
‶ドシュ、ドシュ、ドシュ、ドシュ、ドシュ、ドシュ″
その瞬間、ブロッケンの渦の一部が破裂し、マイたちはそこから外に弾き飛ばされていた。
スーツが渦の遠心力と爆発によってメチャクチャに回転しながら飛ばされていく。
だが、マイがそれを必死に制御しようとする前にその激震は収まっていた。
「!?」
周りを見ると、彼女たちのスーツは3機のスーツに押さえられていた。
3機のスーツが、マイたちのスーツを3方向から囲むようにして制動を掛け止めていてくれたのだ。
そして3機は、中心に置いたマイたちの機体に背を向ける形で円陣を組むとブースターを点火し、迫りくるブロッケンを迎撃しながら凄まじい加速で移動を開始した。
が、マイは自分を助けてくれたはずの3機に、全身の装備された武器を向け狙いを定めていた。
「動かないで」
マイが叫んだその時だった。
〔マイ、聞こえる?返事して〕
耳元に届いたその声に、彼女は聞き覚えがあった。
「アンナ?アンナなの!?」
そう。それは紛れもなくアンナの声だった。
〔マイ、私たちもいるんだけど・・・〕
「ハルカ」
〔マイ〕
「エマ」
〔マイさん〕
「アヤ」
〔マイちゃん〕
「リン」
3機のスーツから届いたのは、仲間たちの声だった。
「・・・みんな」
皆が生きていた。
それはマイにとって飛び上がるほど嬉しい出来事のはずだった。
しかし、今の彼女にとってこれは、とても素直に喜べる状況ではなかった。
〔マイ、なんで私たちに銃口を向けるの?説明して〕
「みんなごめん、それは出来ない」
〔マイちゃん、どうしちゃったの?〕
困惑した様子でリンが叫ぶ。
「アンナ答えて、どうやってここまで来たの?」
〔どうやってって?あなたの救難信号を追って来たに決まってるじゃない。なに言ってるの?〕
「そうか?そうだよね」
マイはそんなことを言いながら、右手の指をトリガーに掛けたまま、左手でキイボードを操作し始めた。
〈コンピューター、次のことを調べて。
3機のスーツおよび中の6人がブロッケンによる擬態でないかをスキャンして。
仮に全てが擬態でなかった場合は6人の脳がブロッケンに侵食されていないか脳神経をスキャンし、催眠状態にないかどうか脳波もチェックして〉
〈了解〉
そして、実際にはほんの数秒、しかしマイには永劫にも感じるほどの時間が過ぎ、
〈パワードスーツおよび中の6人のフルスキャンを終了。どちらもブロッケンによる擬態を確認できませんでした。また、全員の脳神経にも異常は認められず、脳波も正常でした〉とバイザーに文字が投影された。
「よかった」
〔マイ、誰と話しをしてるの?〕
「え?」
仲間がブロッケンが擬態した姿ではなく、脳への侵食も催眠状態でもなかったことに安心したマイは、思わず心の声を口に出してしまっていた。
〔何がよかったのかは知らないけど喜ぶのはあと。ブロッケン
が来る。いつまで銃口を突き付けてるつもりなの?〕
「え!?あ、その・・・」
ほっとしたせいか、アンナにそう言われ反論の余地のないマイはしどろもどろになっていた。
〔私にまかせてください。ここは私のテリトリーです。皆さん私の指示に従ってください〕
そんなマイに助け船を出すように聞こえて来たその声は、仲間のものではなかった。
だが、前にどこかで聞いたことがあるような、ないような声だった。
スキャンされた映像にも、アンナの後ろに見知らぬ女性の姿が確認できる。
「彼女は誰?データーベースと照合」
『照合完了、兵器開発部主任、メリル・リデュースと確認』
「え?ブリーフィングでギアの改造の説明をしていた、あの人?」
〔どうしたのマイ?誰と話しをしてるの?〕
どうりで聞き覚えがある声だと思ったマイが、突然口にしてしまった独り言にアンナが反応した。
「ごめんアンナ、そこにメリルさんがいるんでしょう?」
〔え?うん。マイの救難信号を追ってここに来る途中で偶然見つけて・・・〕
ガリレオがブロッケンの襲撃を受けた時、アンナたちは留置場にいた。
本来なら留置場ごと船に運ばれ、ガリレオから脱出するはずだったのだが、移動用のエレベーターが動かず、緊急措置として彼女らは徒歩での移動を余技なくされた。
その途中でブロッケンに遭遇し、彼女たちはスーツを装着した。
そして、エリア内の避難誘導や救助を終えたあとに、マイを助けるべく彼女の救難信号を追ってここまで来たのだった。
‶ビ~、ビ~、ビ~、ビ~、ビ~っ″
その時、再びサイレンが鳴り響いた。
『非常事態、非常事態、現在ガリレオはブロッケンにより地球への衝突コースを進んでいます。
これにより最高評議会がガリレオの自爆を決定し、たった今スイッチが押されました。ガリレオは650秒後に爆発します。
これは訓練ではありません。全員ただちに脱出してください。繰り返します・・・』
〔え?なに?どういうこと?〕リンが困惑の声をあげる。
〔まさか?本当にガリレオを地球にぶつけるつもりなの?〕
あまりの衝撃にエマも言葉を失っていた。
〔どうしようハルカ?どうしたらいいの?〕
〔ガリレオが地球の引力に捕らえられて戻れなくなる前に、ブロッケンを全て倒して自爆装置を止める。それしかない〕
今にも泣きだしそうなリンにそう訊かれ、ハルカは自分に言い聞かせるようにそう答えていた。
〔ギア部隊はもう出撃したのかな?〕
〔待ってください。今、情報をホストコンピューターから引き出してます〕
アンナにそう応えながら、メリルが凄まじい速さでキイを叩いていく。
〔え?どうやって?〕
〔ハツキングしています。・・・よし、きた・・・〕
そこで、メリルの言葉が止まった。
〔どうしたの?〕
〔ガリレオ内の動けるギアは全てブロッケンに乗っ取られたみたいです〕
〔そんな、・・・私たちのギアは使えないかな?〕
〔無理だよ、まだ改造中だし、あと10分で爆発しちゃうんだよ〕
エマの提案はリンにあっけなく却下され、
〔正確には、あと530秒です〕と、メリルが冷静に時間を伝えた。
その一瞬の沈黙のあと、
「ひとつだけ方法がある」
そう呟いたのはマイだった。
〈つづく〉
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