苔むした破砕機

 永田紙業から得た情報に基づいて、伊刈は本牧埠頭の駐車場で永田と別れるとすぐに電話で川崎市のハナイに立入検査を通告した。

 「どういう検査ですか」電話口に出た花井社長は理由を尋ねた。

 「ハナイさんを経由したミックスペーパーが流出し犬咬市に不法投棄された可能性があるんです」

 「まさかでしょう。うちはミックスペーパーなんて受けてませんよ」

 「出したという会社がありますよ」

 「どこですか」

 「それは電話では説明できません」

 「まいったなあ、でいつ来るんですか」

 「実は今横浜にいます。今から寄ってもいいですか」

 「えっ今からなの。検査は時間かかるのかな」

 「それはやってみないと」

 「まあいいですよ。取引先がうちへ出したと言ってるならしょうがないよ」花井は渋々検査を承諾した。

 ハナイは新たに造成された臨海の埋立地の一角にあった。中間処理施設の立地としては好条件だった。しかし施設に立ち入ってみると操業率の低いのが一目でわかった。花井はもともと産廃業者ではなく、廃業した処理施設を設置許可ごと買収した新規参入組だった。操業を再開して間もない上、社長が素人のためにまともに施設が動いていなかったのだ。破砕機は苔が生えたままで稼動した形跡がなかった。

 「これどのくらい動いていないの」掃除をしている作業員に伊刈が声をかけた。

 「ずっと動いていないね」高齢の作業員が独語のように答えた。

 「余計なこと言うな」花井が諭したものの後の祭りだった。花井は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 事務所に戻り創業以来半年分のマニフェストをテーブルの上にすべて並べさせた。全部で二百枚しかなかった。

 「この二百枚分の産廃、ここで処理しなかったとするとどうしたんですか」

 「さあ…」

 「どこかに頼んだんでしょう」

 「現場に任せていますから…」

 「他所へ出したなら委託代金は払ってるでしょう」

 「それはそうでしょうね」

 「だったら領収書ありますよね。領収書見せてください」

 「なんでそこまで。川崎市だってそこまでは言われたことないですよ」

 「見せてくれないと帰れませんよ」

 「あんた強引だなあ。わかりましたよ見せますよ」

 花井は渋々緑川専務に命じて領収書を出した。驚いたことに宛名欄に記載されたダンプ運転手の名前に見覚えがあった。犬咬の運転手だったのだ。伊刈は夏川と顔を見合わせた。偶然にしてはできすぎだが俄かにハナイが今回の不法投棄に介在している可能性が高まった。

 「このダンプ、許可はあるの」

 「…」花井は返答に窮した。

 「無許可業者への委託は川崎市に通報したら許可取消ですね」

 「脅かさないでくださいよ。どうすればいいですか」

 「どうするかは後で相談するとして京常鉄道の廃切符のことなんだけど」

 「は?」

 「使用済みの切符ですよ」

 「それがどうかしましたか」

 「ハナイさんが受けた廃棄物と一緒に出たんですよ」

 「そんなの知りませんよ。切符なんて見たこともない。だいたい京常鉄道なんかとうちが付き合えるわけないじゃないですか。ああいうとこは大手としか付き合わない。格が違いすぎですよ」

 「それもそうかもしれませんね」

 「わかってること聞かないでくださいよ」

 「だけど京常鉄道が出した先と契約したってこともあるんじゃないですか。売掛帳見せてもらえますか」

 「どうして」

 「そこに京常鉄道の契約先があるかもしれないでしょう」

 「切符なんかほんとに来てませんよ」そう言いながらも花井は売掛帳を出した。

 伊刈がハナイの帳簿を一ページずつめくって取引先を確認していくと驚いたことに東関浄技社との取引があった。もしかしたら廃切符の流出元は東関浄技社とハナイでビンゴなのか。しかし伊刈はできすぎた話に首を傾げた。もしかして誰かにはめられているということはないのか。

 「とりあえず現場を撤去してくれますか」

 「はあ、なんのことですか」花井が耳を疑うように伊刈を見た。

 「現場ですよ。ここから出た二百台は全部不法投棄でしょう」

 「ダンプがどこ行ったかなんて知りませんよ」

 「無許可のダンプに頼んだら責任がありますよ」

 「あんたたちの調べてる現場にうちから行ったって証拠があるんですか」

 「掘ってみればわかりますよ。それでよければ川崎市と一緒に調べますよ」

 「そんなまた脅かす」

 「それじゃ撤去じゃなく調査協力として二百台持ち帰るっていうのはどうですか」

 「同じことじゃないですか」

 「違いますよ。調査協力ってことで持ち帰ってくれるなら、ここから出た廃棄物が不法投棄されたってことが確認できても、こっちの自治体には通報しないって約束しますよ。不法投棄されなかったことになりますから」

 「ほんとですか」

 「信じてもらえますか」

 「なんか念書とか出せる?」

 「それはムリですね」

 「じゅあ五十台でもいいですか。それくらいが限界ですよ。見てのとおり今ろくな仕事がないんですから」

 「いいですよ、50台で」

 「じゃやりますよ」

 普通ならこんなにあっさり撤去を約束するはずがない。きっと現場から何か出ると伊刈は確信した。

 ハナイは翌日からさっそく火災現場の掘削工事を開始した。工事に着手して間もなく驚いたことに廃切符が入った袋が再び発掘された。総量は8トン、これはちょうど東関浄技社に実験委託されて処理が終わったことになっている量に相当した。

 伊刈は現場から京常鉄道に連絡して千尋に事情を説明した。千尋は新たに発見された廃切符の全量を即時引き取りたいと電話で即答した。

 「やっぱり東関浄技社さんだったんでしょうか」現場に駆け付けた千尋が不安そうに言った。

 「それはわかりませんね。あくまで状況証拠ですからね。それになんとなく話ができすぎてるように思うんです」

 「できすぎとは?」

 「東関浄技社を嵌めるために誰かがわざと目立つように京常鉄道さんの切符を投棄したんじゃないかなって気がしないでもないんです」

 「そんなことってあるんですか」

 「ありますよ。あれだけの会社ならゆすりがいがあるでしょう」

 「どうすればいいでしょうか」

 「東関浄技社を追求することはもうやめました。新たに出たものも含めて市でお預かりしている廃切符はすべてお返ししますよ」

 「そうですか」千尋は安心した顔をした。「実は切符と鉄粉を安価に分離する技術のめどが立ったんですよ。ですからもう今後はこのようなことはないと思います」

 伊刈が調査を止めると言ったことがよほど嬉しかったらしく、千尋は何度も頭を下げて帰っていった。だがこれで一件落着とはならなかった。

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