2-02 小神殿

 一応、私には使用人が付いている。身の回りの世話をするためだ。だが、護衛は付いていない。叔母様が不要だと断じたからだ。私の戦闘能力には欠片も疑問を持っていないが、身嗜みに関しては欠片も信用していない、という事だろう。よく判っている。前世でも私は、服装にあまり頓着しなかった。髪もボサボサだったし、私服も大して持っておらず、ほとんど2~3着を着回していた状態だ。まあ、就職してからは私服を着る時間なんて殆ど無かったが。


「はい、出来ましたよ、姫様。」


 王女らしさを損なわず、それでいて動きやすい服を侍女が用意してくれる。流石に王宮付きというところだろうか。部屋を出ると、丁度エミーも部屋から出てきた所だった。動きやすさを重視しつつ、綺麗に纏められた服が目に付く。彼女に使用人の類は居ないので、彼女のセンスなのだろう。私には到底望めないものだ。


 彼女の緑の髪は祝福を受けた結果だ。祝福を受けると、髪や瞳がその神の神色に近い色になるのだ。そう言う意味では、ミストサインの祝福を受けたはずの私の髪や瞳が黒いのは少々どころでなく特殊な事例だ。本来であれば赤寄りの紫になるはずだ。


「お待たせいたしました。」

「いや、こちらも今出たところだ。」


 期せずして恋愛漫画の定番文句みたいなやり取りになってしまった。だが、こればかりは真実なのでどうしようもない。そのまま2人連れ立って寮を出る。祝福組の寮とあって、寮は小神殿とそれほど離れては居なかった。神殿とは言うが、小神殿は使徒や信徒が常駐しているようなものではない。広さも体育館ほどではあるが、その中は壁沿いに最高神と6女神の神像がある以外はただ広い空間があるのみだ。灯りもなく、ただ窓から差し込む光だけが中を照らしている。日本人の感覚では祠やお堂をだだっ広くしたイメージが近いだろうか。


「思ったよりも広いのですね。」


 従使徒が小神殿、と言われて想像するのは村々にある小神殿だろう。それこそ手乗りサイズの神像が並んでいるだけの一軒家くらいの広さのものだ。供物を転送するための神術陣だけが設置されており、大神の日にだけその扉が開かれる。それに比べればここの小神殿は明らかに広い。天上も高く神像も人の身長よりも高い。


「素晴らしいです。ディーネさんもそう思いませんか?」


 エミーから話を振られ、「そうだな」と答えておく。割とちょくちょく本物と話をしている私としては、少々美化されている神像の姿には違和感がある。アスカノーラなんかは神像を見られているのが恥ずかしいのか、さっきからずっと身悶えている位だ。もし、ここに自分の像が並んでいたとしたら、私もその恥ずかしさに正視するのは難しかっただろう。叔母様が王都の神殿に私の像を作る、と言うのを止めさせておいて正解だった。


「偉大なる癒神リーベレーネ様に祈りを。」


 エミーがリーベレーネの像の前で跪き、祈りを捧げる。最高神よりも先に祈りを捧げる辺り、彼女はリーベレーネによほど感謝しているのだろう。エミーの祈りを受けて『あら、嬉しいわ』なんて応えている辺りは慣れたものだ。エミーの周りに返礼のように緑の光が降り注ぐ。


「やはり、ここでは神々にお声が届きやすいようですね。」


 自分に降り注ぐ光を見ながらエミーがそう評する。確かにここは神々に祈りを届けるための経路が他の小神殿よりも広いようだ。その後もエミーは他の神々に祈りを捧げていく。リーベレーネ程ではないがそれぞれから神色に応じた光が降り注ぐ。


「さて、では私も……」


 私もエミーに倣って祈りを……と思った瞬間、私の下に一斉に光が降り注いだ。それはもう、盛大に、である。私に祈りを捧げられたら堪らない、とでも思ったのだろうか。その上『あ、じゃあ私も』と便乗したレイアが一番派手に光を降り注がせたせいで、小神殿中が光で溢れていた。明らかにやり過ぎである。自重しろ。


「あ、その……ディーネさんは神々に愛されているのですね。」


 その様子を見たエミーが明らかに驚いた顔をしている。他に人が居たら大騒ぎになっていただろう。ここに私とエミーしか居なかったことを一瞬神に感謝しそうになったが、ドヤ顔のレイアが浮かんだため思い留まる。そう言えばここの最高神は彼女だった。


『とりあえず、そろそろ止めてくれないか。』


 流石に拙いと思ったのか早々に光を止めた6女神と違って、レイアは未だに光を送り続けていた。むしろ、光の殆どがレイアのものだったのだから他が止めても焼け石に水である。私の抗議を受けて、やっと光が収まる。レイアは『ちょっとやり過ぎちゃった、てへ』なんて言ってたが、ちょっとどころの話ではない。


「ちょっと好かれ過ぎかも知れないな。」


 奇跡と言われても仕方のない光景を微笑んで誤魔化した後、改めて感謝、と居う形で祈りを捧げる。盛大に祝福をしてくれたレイアの像に祈りを捧げておいたので、6女神から気まずい空気が流れることはなかった。レイアはあまりこういうのは気にしないからな。むしろ、『じゃあお返しに……』なんてやろうとして女神達から全力で止められているくらいだ。いや、頼むから徹夜のテンションでやらかすのは勘弁していただきたい。


 それから小神殿を一通り見て回る。神像は結構出来が良いと思っていたが、神器はそうでもなかった。形とかも本物とは違っていて、アスカノーラなんかは剣になっていたりする。これなら影の神器を使用してもばれないだろうか。そんな事を考えながら見て回る。気がついたら思ったよりも時間をかけてしまっていて、危うく夕食の時間に遅れる所だった。


「その、明日から朝と夜、一緒にお祈りしませんか?」


 夕食を終え、部屋の前で別れる際にエミーがそう提案してきた。ここでお断りするという選択肢は私にはない。私が快諾すると嬉しそうに笑う。とはいえ毎朝毎晩小神殿をライトアップされては困るので、色々と言い含めておく必要がある。今日は運良く人と出会わなかったが、いつ噂になってもおかしくはないのだ。


 と、言うわけでお説教である。6女神もだが、お説教が必要なのは主にやらかしまくったレイアだ。ごく普通に、一般的な程度で、と念を押す。『うう、ディーネのケチ』等と言っている辺りまだ少し不安が残るが、これ以上はもうどうしようもないので、後はその場で凌ぐしか無いだろう。


『そう言えば、例の鍵って公開しないの?』


 お説教から逃れるためか、レイアが露骨に話題を変えてくる。とはいえ、この話はしておく必要があるだろう。私は例の事件の後、侵獣に凍らされた者を元に戻すための鍵を秘匿していた。確かに、それを公開すれば被害者は減るだろう。だが、それをできない理由があったのだ。


『侵獣が持っていた鍵は、世界管理協会の更新システムが使用する施錠鍵だった。もし解錠鍵を公開すれば、更新システムを乗っ取られる可能性がある。』


 そう、あの鍵は世界管理協会の更新サーバと通信する際に、接続先が正しいことを検証するために使われていたものだ。もしあの解錠鍵を公開すれば、更新サーバになりすまして世界管理システムを乗っ取ることが可能になってしまうだろう。もし公開するなら、更新サーバの鍵を交換してからでなければならない。


 あの侵獣の真の目的は、被害者を利用して解錠鍵を作らせることなのだ。鍵はもちろんだが、最も危険なのは鍵を計算してしまった並行世界演算システムの方だろう。あれがある限り、どんなに鍵を変えても瞬く間に計算されてしまうからだ。並行世界演算システムだけを買っても私のプログラムがない限りは演算は出来ないだろうが、平行世界演算システム自体は市販品なのだ。だが、これに対する腹案もないわけではない。一度世界管理協会と話をして対策を練るべきだろう。


『そう言うわけで、公開は今はできない。あと、世界管理協会に面会を申し込んで欲しい。』


 これは、レイアにとっても利がある話だ。世界管理協会には私でも理解可能な範囲の思考の持ち主がいる。通訳を向こうに用意してもらえるようなものだ。であれば、一度顔を繋いでおきさえすれば世界管理協会との折衝は私が代わることも出来るようになる。少しは睡眠時間を確保できるようになるのではないだろうか。


『そう言えば、元の世界の知識はどこまで広めて良い?』


 ついでなので、前々から気になっていた事を確認しておく。異世界物の定番は元の世界から持ち込んだ異世界知識だ。霊魂だけでこの世界に来た私は元の世界の便利アイテムを持ち込めるわけがないので、必然的にチートの素は元の世界の知識に頼ることになる。いや、神様チートなら腐るほどにありはするのだが。


『むしろ積極的に広めてください。ディーネの知識も含めて、霊魂の購入代金に入っていますから。』

『……』


 聞き間違えでなければ今、代金と聞こえた気がするのだが?もしや私はドナドナされたのだろうか。まあ、よくよく考えればこの世界の運営資金は世界の特産物で出来ている。であれば、それの元となる知識に金銭が発生するのは致し方のないことなのだろう。なんだか友情までお金で買われたような気がして微妙だが。微妙だが。


『そんなに強調しなくても判ってますよう。友情はプライスレスですって。』


 レイアが言うとどうにも冗談にしか聞こえないのだが、まあ、ここは彼女を信用することにしよう。寝る間も惜しんで世界のために働いているのだから、悪人だとは思えない。それに、彼女だって私の大事な友人に変わりはないのだから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る