1 時代錯誤
「ちょっと、待ってくださいよ!」
声を上げたのは優菜だった。
翔真も続く。
「そ、そうだよ、何それ。意味分かんないぞ。宇宙船……?」
二人はおそらく率直に、潮見が言っていることが空想の産物であるような、そんな印象から声を発したのだろう。
いっぽう彩音は。
二人とはまた少し違った受け止め方をした。
忘れがちだが、ここはラビットが生んでいるVR空間だ。
つまり、潮見がそう言っているだけで、真実であるという保証はない。
「潮見さん。それは、このVR内での『設定』の話ですか? まさか『現実』にまでそんな話を持ちだしてきませんよね?」
「いえ、とんでもない。現実の話ですよ。そうですねえ……たとえば、アスリートがいま手を突いているその壁。そこに、コンソールがあるでしょう?」
「あ、これかな……」
優菜が、翔真の横から覗きこんで、輝き出した壁に触れる。
すると、それまで何もなかった壁面に、画面が投影された。
プロジェクターで映し出したもののように見えるが、優菜達が見回した限り、映写装置に該当するものはない。
これもまた、ラビットがVRで作り出しているものなのだろうか。
彩音はごくりと唾を呑んだ。
「この映像は、何ですか? ……本に……写真もある」
「スキャンして保存してある、智峰島の観察記録です。画面にタッチで操作できますよ。ページをめくったり、拡大したり……」
早速、優菜が画面に指で触れた。しゅしゅっと画面の情報をめくっていく。
「あ、なるほどぉ。歴史書とか、書簡とか。そういうお宝をデジタル化してあるんですね……」
「ノベリストさん。ちょっと、いまの少し前の写真を……」
潮見が声をかけると、優菜の操作が止まった。
潮見が指示したのは、一枚の写真だった。セピア色の、いかにも古い写真。
島民らしき何人かと、外国人が一緒に映っている。真ん中には、そのどちらとも雰囲気が違う人物。
「この写真、何か気付きませんか?」
「真ん中の人が、あたしにはどう見てもボス……潮見さんに見えるんだけど。翔真はどう思う?」
「言われてみれば、似てるような。ご先祖様とか……?」
「横に説明があるね。えっと……文政七年、英船寄港ノ記念ニ」
「文政七年? っていつ、優菜?」
「わかんない。たぶん、幕末頃じゃない?」
彩音は助け舟を出した。
「文政七年は、1824年。イギリスの船がしょっちゅう来るようになってた頃。翌年には異国船打払令。そういう時代背景を考えると、島民が外国人と一緒に写真を撮ってるなんて、レアケースじゃないかしら」
「マスター、すごい。よく元号と西暦なんか一発で分かるね」
「そういえば、そうね……?」
彩音は首を傾げた。自分でもよく分からないが、一発でその数字は出て来たのだ。
「それに……。いわゆる白黒写真の技術が出来るのは、十九世紀半ば頃から。1824年なんていう十九世紀の前半に、写真がこの智峰島にあるはずはない。だからこの写真が撮られたのはもっと後の時代のはず……」
「じゃあ、説明書きの年号が間違ってる?」
「それ以外に説明がつかないけど……」
「それにしても、マスターは、そんな雑学の知識もすごいですね。あたしも職業柄、それなりのつもりだったけど、さすがだわあ。上には上がいる」
「……」
彩音は優菜の褒め言葉に再び思考停止した。
確かに、自分でも驚きの知識だ。写真なんて彩音は、人並みにスマホとデジカメぐらいしか知らないつもりだったが。
何か、おかしい。
あの、アスリート翔真との思考の混線があってからだろうか。
何かが、おかしい。
「うーん、だいぶいい線いってましたけど。惜しい、最後の詰めが違いましたね」
と、潮見。
「結論から言えば、その写真の時代は正確です。カメラは智峰島のものを使用しました。彩音さんがおっしゃるとおり、当時はまだイギリスでも写真技術は出来上がっていません。しかし初めてヨーロッパの方が智峰に補給のため寄港してくれましたので、これはぜひ記録しておくべきと思いましてね。急きょ、島にありあわせのものでカメラを作りまして」
「まるで見ていたように言うんですね、潮見さん。……いいでしょう、ラビットが宇宙船だというならその時点でオーパーツですから、カメラの技術なんてどうにでもなる、たとえばそう仮定するとして。でもまさか、そこに映っているのも潮見さん本人だ、なんて、おっしゃるんじゃないでしょうね」
「あはは」
潮見が声をたてて笑った。
「もちろん、僕ですよ。それ以外に何があるって言うんですか、彩音さん」
「そ、それじゃあ、潮見さん、あなたはいったい何歳になるんですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます