第41話 問われる意志・重なる姿

 訓練部屋21号室。 

 灰色のコンクリートに包まれた四角い空間。

 部屋の端には、水が出るであろう3つの蛇口が備え付けられている。

 並べられた数十に重なるバケツ。と、その隣に立ち並ぶロッカー。


 訓練部屋の1室でナキとロアが向かい合い立っている。

 

 ロアはジーっとナキを見つめる。


「なんで?私があなたの面倒を見なきゃいけないの」


「ロカ総隊長がそう言ったんだから仕方ないだろ!……ただオレは早く強くなりたいんだ。頼む、教えてくれよ」


 ナキが少し暗い様子で視線を下へと落とす。


 ロアはその様子を見てナキに指を向ける。


「そう、それ、それ、それ!あなたのそう言うところがすっごく腹が立つの!」


「えーっ!また怒ったああ」


 ナキは冷や汗を額から流し、少し驚いた様子でロアを見る。


「あなたがどうして強くなりたいのは昨日の話でだいたいわかったわ。でも、どれだけ強くなったとしても主王宮へ行くなんて無謀だとは思わないの?あなたは、あの大橋で何を学んだの。あれだけの強敵を目の前にしたんでしょ?あなたは自分自身が弱いことも十分にわかっているはずでしょ?!」


 ロアが現実を突きつけるように強く声を張る。


「なのに……、なのに!なんで何も考えもせずにそんな言葉を軽々と吐けるの。なのに、なんで意地ばっかりで強い敵に立ち向かおうとするの……。なんの意地よ!それで自分の思うようになるとでも思ってるの?!……なんで、なんで、そんな無謀なことをするのよ」


 ロアの脳裏に浮かぶ光景。


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 幼きロアの目の前で大の字で立つボロボロの父親の背中。


 擦り切れた服と額から流れる血。

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 ロアはナキに問いかける。


「私の目を見て答えて!なぜ!」


 ナキは硬直し、唖然とロアの強い眼差しを見つめた。


「あなたは戦いと命の重みを軽く見すぎている……」


 ロアは歯を食いしばる。


「人は、死ぬの。戦いは命の奪い合いなの」


「クッ……」


 ナキは歯を力強く食いしばり、拳に力をギュッと入れる。


 握る拳の中で突き刺さる爪が皮膚を割き、拳が流血する。


「無謀でも、ただ、そうしないとオレは苦しいから……」


 小さく吐かれた声とナキの片目から自然と床へと落ちる一滴の涙。


(あれ、オレは涙がでないはずなのに……)


 ロアは目を見開き、ナキの瞳を見つめる。


(なぜ、泣くの……)


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 大の字で立つロアの父親の頬からスーっと流れ落ちる一滴の涙。

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「オレはバカだし賢いやり方もわかんねぇ。でも必死にオレなりに考えたやり方でやりきらねぇと、オレは……必ず後悔する。もう……。昔みたいに何もできずに失うことだけは絶対にしたくないんだ……」


 シヴァとホタルを思い出し、ナキの瞳が揺れ動く。


(何も思い通りにいかなくて泣きだす幼い子と同じ……)


 ロアはうつむくと小さな声で言う。


「だから、そんなの、勝手じゃない……」


 そして、ロアは続けるように声を上げた。


「そんな叶わない未来のために自分の想いだけを理由にしないでよ!そんなことをしても自分自身も報われないし、あなたを想う人も救われないわ!なんで、なんでわからないの!!」


 ナキは訴えかけるようにロアに言い返す。


「そんなことわかってるに決まってんだろ。でも、立ち止まれねぇんだよ!……大切なやつには、笑顔で生きていてほしいから。」


 ナキは、どこか寂しそうな顔でロアの瞳を見つめる。


「……だから、どうしても。もう、失いたくないんだ」


 ロアの身体に風が突き抜けると、瞳を大きく見開いた。


 ロアの脳裏で重なる父親とナキの姿。


 ロアは下を向き黙り込む。


(たまに、いるのよ。どんな状況でも自分より他人を優先するバカが)


「うん。あなたの真意はわかったわ」


「あっ、わりぃ。涙が……」

 

 ナキは片目からこぼれ落ちる涙をふきとる。


「でもあなたのことは嫌い……大っ嫌い」


 ロアは下を向いたままそう小さく言葉を吐くと、そっと笑った。

 

 グサッとナキの胸に刺さる矢印。


「えええええええ!なんでこの状況でまたオレ嫌われるんだよ」


 つかの間、ロアは顔を上げると片目から1粒の涙を流し、続いて両目から涙を2粒、3粒とこぼし続ける。


「えっ?なんでお前が泣いてんだよ……」


 ナキは驚き動揺する。


「私はあんたみたいな弱くて勝手な人が1番嫌い。それはあなたを想う大切な人を必ず悲しませる行為になるから。でも、だからこそ私は必ずあなたを強くしてあげるわ。あなたが望む未来を掴めるようにね」


(もう……大切な人をおいて勝手に死ぬ人はいてほしくないから)


 ナキは涙を流すロアの瞳を見つめたまま何も言えずに突っ立っている。


「わかった?……次、泣いたら、泣き虫のナキって呼ぶからね!」


 ロアが少し緩んだ表情で涙を拭きとると、ナキに向かって指を差す。


「は、はい!ロア師匠!もう泣きません」


 ナキは直立不動の体制をとる。


「私の名前はロア・ブラックチェリー。ロアって呼んでくれればいいわ。あんまり歳も変わらないだろうし」


「おっ!ロアよろしくぅ!」


「師匠に対して、ノリが軽すぎるわっ!」


 ナキの頬にロアがパンチを入れる。

 

 その衝撃でナキは地に転がり、うずくまる。


「す、すみません(やっぱ、こいつ乱暴じゃねぇか!)」


 そうしてナキは立ちあがり、勇ましい顔つきでロアを見つめる。


「じゃあ、改めて…ロア!よろしく頼む」


「はいはい。わかったわよ。それじゃ、さっそく始めるわよ。ナキ」


「あぁ!」


 ナキはロアの前で両拳握り、戦闘ポーズをとる。



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 訓練部屋21号室外、廊下。


 ロカはナキとロアがいる部屋の壁越しに立ち、耳を傾けている。


「うん、うん。何とか2人とも打ち解けたみたいだね」


 ロカが笑みをこぼす。


「さぁ、次はあの2人のところに行こうかな」


 と、ロカはビリっと雷の速さでその場から姿を消した。

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※※最新話はここまでとなります※※

  続きはロアの幼き頃の物語『外伝編』となります。

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