第5話 とりかえし

それから彼女はめったに笑わなくなった。

好きな音楽をかけたり、テレビを見たり、美味しいものを食べたり

思いつく限りを試してみたけれど彼女になんの進展もない。

時が解決してくれるんだろうか。

今はそっとしておいてあげるほうが彼女のためなんだろうか。


「今日は大学どうする?」

「無理。」

「そう。じゃあ留守番よろしくね。とりあえず2限だけ出たら帰って来る予定だけど、まぁ、好きなように過ごしててよ。」


彼女を置いて家を出るときはいつも胸が締め付けられそうになる。

帰ってきたらいないんじゃないかとか、ひとりで泣いているんじゃないかとか、ありもしないことまで考えてしまうから

できる限りそばにいるように配慮していた。


そんなことを考えていたからだろう。

大学にいると来ているはずのない彼女の声がどこからか聞こえた気がして振り向いたが、やはり、いるはずもない。

気のせいだって。早く帰ろう。

歩き出す


ほら、また、

「きゃあ、やめっ」

悲鳴だ。気のせいじゃない。夏乃子が泣いている。

振り返っても彼女はいなかった。声がするのは空き教室の中からだ。

音をたてないようにそっと覗くと男の子グループが3,4人の集まって動画を見ていた。

驚きを隠せなかった。彼らが携帯で見ていたのは彼女が襲われている映像だったから。

勢いよくドアを開けて男ちに近づいた。急に現れた私を仲間の一人がジロリとにらみつけた。

「んだよ。」

「けして。」

怖さなんてみじんも感じない。あるのは憎しみと怒りだけだ。

彼女をあんなめにあわせておいてまだへらへらと笑っている、非道な彼らに腹の底が煮えたぎった。

「消しなさいよ。こんなもの!最低!」

力任せに携帯をもぎとり、データもろとも破壊してやろうと振りかぶる。

しかし、男のひとりに取り押さえられ、いとも簡単に身動きが取れなくなった。

「はぁい、返してくださーい。」

「なに、その子の友達?かぁいいねー、必死になっちゃって。」

あっさりと私の手から携帯は抜き取られて男達のもとへ戻ってしまった。

力のかぎりじたばたともがいてみたが、相手は男4人だ到底勝てるわけもない。

「いいよ?消してあげても、君可愛いから。」

「ほんとに!?」

「そのかわり、一回やらせてくれたらね?」

ほんの少し我慢すればいいだけだ。夏乃子と同じ、いや、彼女はこれよりももっともっと怖い思いをしたのだから、私がここで踏ん張らなくてどうする。

必ず彼女を救うを誓ったのだから。

「いいよ。」

「ひゅーう、かーっこいいー。」


言った途端から始まった。キスをされ、唇から舌を入れられた。おぞましい、生ぬるい男の舌が私のあらゆるところを舐めまわす。

ある男は服をまくしあげて、触れた。

服はあらゆる角度から一気に脱がされ、私の裸は教室の白熱灯の下に鮮明にさらされた。

男たちの唇が、手が、加速してゆく。

怖い、汚い、気持ち悪い、泣きたい、嫌だ、やめたい、辛い

でも絶対に負けるもんか。こんなやつらに絶対に負けるもんか。

こいつらは私が泣きだして、やめてくださいっていうのを待ってるんだろう。苦悶の表情で「嫌っ」って言うのを待ってるんだろう。

だから、絶対こいつらが喜ぶようなことは言ってやらない、してやらない。

一言も声を発しなかった。

事が終わるまでじっと横たわったまましたいようにさせていた。

男のひとりが私の中に入ってきても、それでも、黙って耐えた。

その男と変わるようにして別の男が私に覆いかぶさった。

「待って、一回って言ったじゃん。」

「は?何言ってんの、ひとり一回っしょ?黙ってやらせろよ。ほら足開け。」

壊れてしまいたかった。

けれど、私より辛かったのはきっと夏乃子のほうだから。


ようやく解放され、散らかされた洋服を拾い集める私をひとり残して男たちはさっさと教室を後にする。

「ちょっと!消してから行きなさいよ!」

「えー?うーん、めんどくさいから、このままにしとくわ。」


なんだったんだ、じゃあこれは。はじめから、そのつもりだったんだ。

私が辱められたのは、ただの遊びでしかなかった。

こんな思いをしたのに、それは、全くの無駄だったんだ。


心の中の何かが切れた。

もっとよく考えなければ。

こんどはもっと上手に

必ず、葬ってやる。



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