第110話 心臓への道中
とりあえず俺は、俺の知っている範囲の情報をヴィクトーリアに伝えた。
ヴィクトーリアは俺の話を聞き終わると、顎に手をあてて、わざとらしく『むむぅ』と唸った。
「……つまり今、ネトリールはピンチだということだな」
「違う。ピンチじゃない、大ピンチだ」
「な、なるほど! たしかに大ピンチだ」
「……まあ、アホな問答は置いておいて、おまえ、他のネトリール人は暴走してるのに、なんで普通にしてられるんだ?」
「そういえば……なぜだろうな?」
ヴィクトーリアはそう言うと、怪訝そうにぐるぐると、自分の体を見回した。
「もしかしてヴィクトーリア、おまえもじつは王族だった……とかいうオチか?」
「それはない。ネトリール家の王族といえばアーニャ……こほん、アン王女とパトリシア様、それに国王の三人だけだ」
「じつは隠し子だった……とかいうドロドロしたアレコレは有り得ないのか?」
「はっはっは、バカも休み休み言ってくれ。万が一私が国王の娘だと仮定して、なぜ隠しておく必要があるんだ?」
「……ポンコツだったから?」
「ひ、ひどくないか!? ひどすぎるぞ! ユウト!」
「冗談だって……でも、たしかに……隠しておく必要はないよな」
「気絶していたから……という可能性はございませんか?」
「それは……あるかもしれませんね」
「ということはアレか、俺たちがさっきまでぶっ飛ばしてたネトリール人は全員、今は正気に戻ってるかもしれないってことか」
「……だが、たとえ正気だったとしても、私を見れば襲い掛かってくるかもしれない。できれば起こさずに、接触せずに進んだほうが私としては好ましいな」
「まあ、ヴィクトーリアだけだったら暴走しても暴走してなくても一緒かもしれなけど、そこはパトリシアもいるわけだからさ。そう簡単には襲ってこないんじゃないか?」
「……では、ためしに寝ている兵士さんたちを起こしてみましょうか? 正気を取り戻してもなお襲ってくるのであれば、再度眠らせてあげれば……」
「いやいや、眠らせるって物理ででしょ? パトリシアちゃん、魔法使えないよね?」
「はい! もちろんですわ!」
「そんなにハキハキと答えられてもなあ……」
「ですが、安心してくださいませ! 簡単に眠らせるコツを掴みましたので!」
「うん、安心できない。それとパトリシア、わかったから。……わかったから、そこに倒れている兵士から離れるんだ」
「そ、そうですわね……
「どのみち、心臓をどうにかすれば正気を取り戻すんだ。ガンマだって、そのつもりでヴィクトーリアを残したんだろうしさ」
「そうだな。……というか、ユウトの話を聞く限りだと、私たちにはそれほど時間が残されていないと思うのだが……こんなところで歓談していてもよいのだろうか?」
「それもそうだ。一刻も早く心臓まで案内してくれ」
ヴィクトーリアは頷くと先頭を走り始めた。俺とパトリシアは、そのあとに続いた。
「……幸い、まだ大きな揺れだけで落下している感覚はない。……となれば、心臓はまだ完全には破壊されていないという事になる。恐らく、やられたのはメインリアクターだろう。たぶんそのせいでネトリール全域にエネルギーが行き渡らなくなり、私やユウトの魔力を阻害する装置が現在機能していないのだろう」
「なるほど……だから魔法が使えてたんだな。でも、メインリアクターがやられたって、それもう相当ヤバいんじゃないか?」
「ああ。エネルギーの供給が出来なくなったという事は、どのみち心臓が動かなくなるのは時間の問題だという事になってくる」
「だよな。直せるのか?」
「……せいいっぱい、頑張ってみせるとも」
「まあ、それが出来なかったとして……次の対策は考えてあるのか?」
「要は魔王城にぶつからなければいいんだ。だから、落下地点を調整する」
「落下地点の調節って……そんな事、出来るのか?」
「せ、せいいっぱい……頑張ってみるとも」
「さっきと一緒じゃねえか。……ちなみに、どれくらいで成功できそうなんだ?」
「そ、そんなものは知らない! やったことないし!」
「なんかめちゃくちゃ不安になってきた……」
「もっと具体的に言うと、このまま進路と落下速度を変えて、海上に不時着するつもりだ」
「それって大丈夫なのか? ネトリールにいる人間とか、周辺の国とか都市への影響とか……」
「……たぶん直接魔王城にぶつかるよりも被害が減る程度……だろうな」
「……それでも、やらないよりはマシだ」
「でも、そうなってくると、ユウトの元同僚のジョンが障害になってくるんじゃないのか?」
「たしかにな。あいつは……というか、あのパーティの目的はこのネトリールを魔王城にぶつけることだ。それを阻止するとなると、必ず邪魔に入ってくるだろうな。そのうえ、今のあいつは魔法を使える」
「やっぱり、すごい魔法使いなのか?」
「……正直、実力を認めるのは癇に障るが、あいつ自身凄腕の魔術師だ。戦闘経験値の低い俺たちが束になっても勝てるかどうか……」
「だけど、もうひとりの……セバスチャンの時は何とかなったじゃないか」
「あれは……なんというか、あの時は色々と運が良かったし、あいつの行動パターンが単調だったってのも大きい。いわばあいつは、直線的で直情的で愚直なんだよ。だけど、魔法を使ってくる相手はそうはいかない。そのうえ、今回はアーニャもユウもいない」
「たしかに、あの時はふたりの力が大きかったから何とかなっていたな……」
「ああ。さらに、腐ってもあの
「まだ何かあるのか?」
「この事についてはヴィクトーリアには話してなかったけど、眼鏡をかけると性格が変わるんだ」
「せ、性格が……? むむむ……なんというか、愉快なやつだな」
「バカ、愉快なワケあるか! 性格が変わる理由は視力がハッキリすると集中できるから……とかなんとか言ってたけど、問題はその性格なんだ」
「どんな性格なんだ?」
「残忍で攻撃的な性格になる」
「ますます、おかしなやつだ」
「……まあ、おまえが楽観的なのは良いことだけど、要は手加減を一切せず、問答無用で叩き潰してくるってことだ」
「物騒なやつだ」
「さっきからそう言ってんだよ。だから、出来ればばったり会わないように行動したいんだ」
「……ふむ、なるほどな。では、眼鏡を渡さなければいいのだな?」
「いや、あいつは魔力で眼鏡を……というか、視力を強化する。その方法は現実的じゃないだろう」
「まあ、よくわかった。とりあえず、目立つルートは避けろと言っているんだな」
「話が速くて助かるよ」
「……よし。では、こちらのルートを通ったほうがよさそうだ」
ヴィクトーリアは走りながら、進行方向を指さした。俺たちは速度を落とすことなく、そのままヴィクトーリアの指す方向を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます