第103話 騎士団団長


「ヴィクトーリア様! このパトリシア、お助けに参りまし――」



 部屋へ突入したはずのパトリシアの声が急に途切れる。見ると、パトリシアは部屋の中の何か・・を目撃して、固まっているようだった。

 当然、その何かは、今の俺の体勢からは見えるはずもなく、パトリシアの背中越しに部屋の中の状況を想像するしかないのだが……こんな状況で想像できる選択肢というのは、そう多くない。

 頭にサー……と、白いモヤがかかったような感覚になり、思考が鈍る。

 ――たとえば、この部屋にヴィクトーリアはいなかったとか。

 たとえば、俺たちがここまで来るのを分かっていて、待ち伏せされていたとか。

 ……そう、たとえばヴィクトーリアはもうすでに――



「ぱ、パトリシア様……!?」



 俺を現実に引き戻したのは、予期せぬ野太いおっさん声。

 しかしそれは、まったく聞き覚えのない声だった。

 一体、部屋の中はどうなっているのか。



「……くっ!」



 最早、ふざけている場合じゃない。

 俺は足の痛みを我慢し、なんとかその場で立ち上がると、パトリシアに続いて部屋の中へと這入っていった。



「……な!?」



 ――絶句。

 目に飛び込んでくる情報量が多くて、脳の処理が追い付かない。

 これは……なんというか、パトリシアが思わず固まってしまうのも無理はない。

 状況を簡潔に説明すると、目を閉じ、ぐったりとうなだれているヴィクトーリアを、頭から血を流している、白髪で髭を生やしたおっさんが抱きかかえており、そのおっさんを取り囲むようにして、ネトリールの警備兵が剣を構えて対峙していた。

 ……何が何やらさっぱりだ。



「――そこの青年」



 再び、おっさんの野太い声。

 どうやら俺をご指名らしい。その証拠に、鋭い、刺すほどの眼光が俺を捉えていた。



「青年は、コレ・・の仲間か?」


「……え?」



 あまりにも唐突に質問が飛んでくる。

 俺がその質問に答えられず、ポカンとしていると、おっさんは抱えていたヴィクトーリアを無造作に放り投げてきた。

 宙を舞うヴィクトーリアが、ゆっくりと弧を描きながら俺に向かってくる。俺は慌てて腕を出し、ヴィクトーリアを受け止めようとしたが、その重さと加速度に耐え切れず、ヴィクトーリアに押し倒されるような形で、背中から倒れた。



「く、痛……っ! ……おい、ヴィクトーリア! 大丈夫か!? おい!」



 俺は、俺の腹の上で寝ているヴィクトーリアを何度も呼んでみるが、反応はない。

 試しに頬を強めにパチパチと平手打ちしてみるが、これまた反応がない。



「――行け。そいつはまだ生きている」



 いつの間にか、周りの警備兵と戦い始めていたおっさんが、急かすように言ってきた。未だに事態が飲み込めていない俺は、それでも質問しようとする。



「ちょ、ちょっと待ってくれ! そもそもあんたは誰――」


「だ、団長……様……!? なぜ、こんなところへ……?」



 俺の声を遮るようにして、ようやくパトリシアの口が開く。

 それより今、団長って言ったか……?

 ということは、あそこで戦っているおっさんは、ヴィクトーリアが所属していた騎士団の中の一番偉い人……という事になるんだよな。……でも、だとしたら、一番ヴィクトーリアを始末したい人が、なぜヴィクトーリアを助けるようなことを……?

 それと、冷静になってきた今だから気付いたことだけど、周りの……騎士団の人間の様がおかしい。なんというか……理性を失った獣というか、姫であるパトリシアには目もくれず、一心不乱におっさんに攻撃を加えている。

 ……ダメだ。

 今、この状況で推理できるほど、俺の手元には情報ピースがない。



「パトリシア様! 無礼を承知の上で申し上げます! 今は黙って、そこに転がっているヴィクトーリアを連れて行ってください!」


「で、ですが……! それではあなたが……!」



 そう。

 現状、何が起こっているかは解らないが、あのおっさんがこれ以上無茶な戦い方をすれば、死んでしまうという事だけはわかる。それほどまでに警備兵のおっさんへの攻撃は苛烈で熾烈で、手加減などは全くなかった。

『本気で命をとる』

 おっさんと対峙している警備兵からは、そんな気概が感じられた。



「……なに。足手まといがいなくなった分、パトリシア様たちを逃すだけの時間は稼げます。安心してください」


「し、しかし、あなたをここに置いていくわけには――」


「そこの青年よ!」



 パトリシアの言葉を遮るようにして、おっさんが俺に声をかける。



「お、俺っすか……」


「聞いていただろう! 今すぐそのポンコツとパトリシア様を連れてここから脱出してくれ! このままでは全滅してしまうぞ!」



 あのおっさんの言い方からすると、今、おっさんと戦っているやつらはおっさんを倒した後、俺はともかく、パトリシアの事も襲うということだろう。

 そんな事あり得るのか?

 いや、でもあの半狂乱状態の警備兵を見れば、あながちなくもない……のか?

 ……クソ。

 やっぱり情報が足りていない。

 今、ネトリールで何が起こっているのか……俺が今、ここで取るべき行動は……。



「青年! 頼む、儂の言う事を聞いてくれ! そうでないと――」



 おっさんの背後から、剣を持った警備兵の男が襲い掛かる。

 それは、いままでのおっさんの体捌きからして、簡単に避けられるような攻撃だった……が、いま、俺たちに気を取られていたせいで、反応が遅れたようだった。



「し、しまっ――!?」


皮膚鋼化ガードポイント!」



 警備兵の振り下ろした剣はおっさんの首に当たると、そのままポキンと折れてしまった。

 おっさんは『何が起こっているのかわからない』という表情で俺を見た。

 ――俺がここで取るべき選択肢は目の前のおっさんを助ける事。そして情報を集めることだ。

 そうと決まれば話は早い。

 俺はヴィクトーリアを引きはがすと、強引に負ぶった。



「パトリシアは俺の周囲を固めてくれ! 他の誰も近づけないように!」


「は、はい! わかりましたわ!」


「――おっさん! 聞こえてるか!」


「あ、ああ……!」


「あんたはここで殺させない! 俺が必ず勝たせてやるから、必死に働いてくれ!」



 俺がそう言うと、おっさんは再び構えをとった。その顔には油断や不安の色は全くなかった。



「……了解した。元より捨てる命。青年の役に立つのならそれでよかろう……!」

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