第101話 覚醒
~ユウト~
ズズゥゥゥゥン……!
遠くのほうで何かが爆発するような音。
続いて、地面ごと体を強く揺すられるような感覚。
――段々と、手足の感覚がはっきりしていき、頭が覚醒していく。
もぞもぞと体を動かしてみると、布の感触と軽い布ずれの音。
背中には反発力のあるマット。
どうやら俺はベッドの上で寝ているようだった。
なぜだ?
なぜ俺はこんなところで寝ているんだ?
「………………」
思考が上手くまとまらない。寝起きだからなのか、寝る前の記憶があやふやだ。
まあいい……とりあえず今は起きるか。
俺は
「……っ!」
天井に備え付けられていた照明の光が目に染みる。
そこまでの光量ではないはずだが、しばらく目を瞑っていたからだろう。直視できないほどの痛みが目を刺激する。
俺はたまらず、顔を逸らし、ベッドの上で体勢を変え、横向きになった。
「……お」
するとそこには、簡易的な椅子に座り、大きく船を漕いでいるパトリシアの姿があった。
小動物のように、小さないびきをかきながら眠りこけている姿は、姉妹という事もあり、どことなくアーニャを連想してしまう。
――そうだ。
アーニャだ。
俺はアーニャとヴィクトーリアを助けようとして――
俺はかけられていた毛布をがばっとめくると、自分の脚を見た。
繋がっている。
どうやら切断された俺の脚は、親切な誰かが引っ付けてくれたようだ。
痛みもないし、縫合痕もない。
魔法か何かで治療したのだろうか?
でもいったい誰が……?
一瞬だけジョンの顔が脳裏をよぎったが、すぐに引っ込んだ。あいつがわざわざ他人を……それも俺を治療するはずがないからだ。そもそも、いまネトリールでは魔法は使えないはず――
「……あれ?」
そこまで考えて、俺は俺の中にある
「もしかして……」
俺は手に魔力を集中させると、毛布をぎゅっと掴み、試しに硬化させてみた。
すると予想通り、毛布は一瞬にしてカチカチに硬化してしまった。
魔法が……使える……?
どういうことだ?
ネトリールでは魔法が使えないんじゃなかったのか?
それがなんで今になって……そういえば、さっきからジョンとユウの姿が見えない。
もしかしてあいつらがなにか――
「……んはっ!? ゆ、ユウトさん! 気づかれたのですのね!」
「ごめん。起こしちゃったか」
「い……いえいえいえ!
そうやって、必死に両手をぶんぶんと振って否定しているパトリシアの口元には、涎の線が出来ていた。
「それよりも、脚の具合のほうは大丈夫ですの?」
「ん、ああ。痛みもないし、後遺症もない。とても綺麗に治療されているから、たぶんこのまま走ることもできるな」
「そうですか。それは良かったですわ」
「良かったですわ……? ちょっと待って、もしかしてパトリシアが治してくれたの? 俺の脚を?」
「あ、はい。差し出がましいとは思いましたが……」
「すごいな。てっきり他の誰かがやってくれたと思ったんだけど……て、パトリシアって魔法使えたっけ?」
「いいえ。私が使用したのは緊急用の医療キットですの」
「医療キット……?」
「はい。使うのは初めてだったんですけど、上手くいったようでよかったですの」
「そっか。とにかく助かったよ。ありがとな」
「ふふふ。お礼なんていりませんわ」
パトリシアはそう言うと、照れ臭そうに顔を伏せた。表情を見られたくないから、打とは思うが耳が真っ赤でどういう表情をしているか、想像に難くない。
「……ところで、パトリシアはふたりがどこに行ったかわかるか?」
「ふたり……というと、ジョンさんとユウさんですか? 大事な用があるのでここに残ってほしい……とは言われてたのですが……何処へ行くかまでは……すみません」
パトリシアはそう言うと、申し訳なさそうにぺこっと頭を下げた。
あのふたり、パトリシアにも何も言わなかったのか?
ということは、パトリシアには言いづらい事なのか……?
それで、それは今現在魔法が使えることと関係しているのだろうか……?
「で、ですが、たぶん、私の予想ではヴィクトーリア様の所へ行かれたのではないでしょうか。私に心配をかけさせまいと、おふたりは――」
「ヴィクトー……そうだ!」
俺は硬くなったままの毛布を跳ね除けると、パトリシアの両肩をガッと掴んだ。
「今、どれくらいだ!?」
「え? え? あの?」
「ヴィクトーリアの処刑は明日の早朝なんだろ!? あとどれくらいだ!?」
「も、もうそんなに時間はないかと……!」
仮にパトリシアが言った通り、二人がヴィクトーリアの救出に行っていたとしても、ここは一度、合流も兼ねて処刑場で落ち合ったほうがいいだろう。俺がこうやって魔法を使えるということは、ジョンも魔法を使えるという事。よほどのことがない限り、苦戦すらせずヴィクトーリアを救出できる。
だが、もし現在二人がヴィクトーリアとは全く関係のないところにいたとすれば――
「あの、ゆ、ユウトさん……?」
「……ん。どうかしたか、パトリシア」
「て、手を……」
パトリシアに指摘されて気付く。
俺は依然、パトリシアの両方をぐっと力強くつかんでいた。
相当強く掴んでいたのか、パトリシアの顔は真っ赤に茹で上がっていた。
「ご、ごめん……!」
俺はすぐさま手を放すと、パトリシアに謝罪した。
アーニャの妹とはいえ、パトリシアは立派なネトリールの姫君だ。現在、そのネトリールと敵対しているとはいえ、分を弁えなければならない。
「その……ちゃんと反省しているので殺さないでください」
「こ、ころ……!? しないですわ! そんなこと! 何を仰っているのですか!」
「殺さないでくれてありがとう。……て、あれ? パトリシアってネトリールのお姫様なんだよね?」
「はい。そうですけど……いかがなさいましたの?」
「その、パトリシアの一声でヴィクトーリアの処刑をなかったことには……」
「す、すみません。それは出来ませんの」
「なんで?」
「私にはそこまでの発言権は与えられておりませんの。それに、ヴィクトーリア様はこれまでの事と、今回の事がありますので……あ、勿論私は無実だと信じているのですが……」
たしかに、今までの積み重ねと、今回のこの罪を犯したことにより、ヴィクトーリアはかなりの窮地に追いやられている……それはつまり、ヴィクトーリアを擁護する人間も少ないという事だ。いろいろと誤解があったとはいえ、いま、ネトリールではヴィクトーリアに対する認識は大罪人。パトリシアひとりの力ではどうしようもないのだろう。だから俺たちを頼ったのだろう。
「とにかく、いまからヴィクトーリアがいる処刑場へ向かおう」
「ですが……いいえ。そうですわね。ユウトさんも復活したようですし、これ以上ここにいても意味がありませんわね」
「ああ。それに、ここで黙って指を咥えているよりも、実際に行動を起こしたほうがいいだろ?」
「そうですわね。では出発いたしましょうか」
「あ、その前に……」
「? いかがなさいましたか?」
パトリシアは小首を傾げると、俺の顔を見つめてきた。
俺はそんなパトリシアの視線から逃げるように、パトリシアの頬を指さした。
「涎の跡」
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