第60話 波乱の幕開け


「これほどまでに、舞台が整っているのもあるまいて。右腕さんの、『組長を普通の女の子に戻す大作戦』が、ワシに筒抜けなんだ。これを利用しない手はないだろう? 仮にとはいえ、二代目を殺害する作戦だ。それも、右腕さんと、タタリーアの野郎しか知らない作戦。……あとはワシが、その脚本の最後ラストを本当の事にして、それで終いだ」


「本当のことにするって……」


「ああ、二代目。今頃あんたは、殺されてたハズ……なんだけどなぁ?」


「じ、じゃあ、この襲名披露は――」


「そうだ。二代目……もし、あんたがここで現れなかったら、この襲名披露の最中に、そこの右腕を殺し、本当に『組長殺し』の汚名かぶせたうえで、ワシがこの組を乗っ取るつもりだったんだよ」


「ちっ、なんてことを……!」


「それしてもなあ、右腕さんよ。知り合いとはいえ、大事な女を他所の男に預けるなんて、なーに考えてんだあ? そんなに二代目が大事なら、自分の手が届く範囲に置いて、四六時中管理しておくんだな」


「……それはちげえよ」


「ああ?」


「いいか、下衆野郎。俺がしたかったのは、管理じゃなくて、解放だ。俺はこれ以上、マザーの……、ミシェール・ビトの苦しむ姿を見てられなかった。そのためなら、俺は俺が――」


「おいコラ、テッシオ。あたしがいつ、組長の業務がキツイなんて言ったよ。あたしがいつ、やめたいなんて言ったよ。勝手に思い込んで暴走して、ホントにあたしを危険に晒すヤツがあるかよ。黙って反省してろ、ボケ」


「……そりゃ、あんたはそんな弱音こと、口に出してなかった。……出してなかったが、内心ではどうせ、花屋続けたかったとか、ヤクザと関係のないところで不通に暮らしたかったとか、ンなアマっちょろいこと、考えてんでしょうが。……まるわかりなんですよ。俺ぁ、あんたがガキの時分からこの仕事やってるし、あんたのことも、なんでも知ってるからなぁ。だから、今までの自分とは、百八十度も違う自分を、無理に演じなければならないって苦しみも、ホントは怖くて怖くて仕方がない、この仕事に対しても、全部押し殺して、組のために頑張ってるのもひっくるめて、俺ぁ知ってんだよ」


「だったら、黙ってろよ! あたしが歯ァ食いしばってんだったら、おまえも黙って歯ァ食いしばってろよ! 余計な事、してんじゃないよ……!」


「ちっ、黙っとくなんて、出来るわけねえだろ。先代が死んだとき、俺ぁなにがあっても、あんたを守るって決めたんだ。だから、俺ぁ最大限あんたの意見を尊重したし、ある程度のワガママも聞いてやった。……が、それもここまでだ。いいか、ミシェール・ビト。これは俺の経験則からくる忠告だ。仕事には向き不向きってのがある。あんたは、この仕事には向かない。ほかの仕事なら、たとえ不向きでも、そのまま続ければ、ある程度のモノにはなってくるだろう。けどな、この仕事は違う。……あんた、この仕事をこのまま続けてたら、いずれ必ず死ぬぞ。慣れる前に死ぬ。それも、組長なんてのは尚更だ。俺ぁ、そう言ったやつらを、この目で、嫌ってほど見てきたんだ。……こんなこと言いたかないが、あんたの兄貴だって……」


「おまえ……!」


「わかるか。この仕事は、慣れるまで待ってくれねえんだよ。順応するか、死か、だ。……だから、悪いことは言わねえ、頼むから、そこの人たちとどこかへ――」


「おっと、口を挟むようで悪いが、ワシもそこの右腕さんの意見には賛成だな。これ以上やると、間違いなく倒れるぜ。心身に負荷がかかってな」


「それはあんたが、あたしを引きずり落としたいからだろ?」


「それもあるが、それだけじゃあない。……二代目、あんたは確かに、潰れかけてたビト組を立て直した。それはすごい事だ。けどなぁ……それがどうした? 金を集めて、組をデカくするなんざなぁ、んなの、街に薬配って、中毒にさせるだけさせて、そっから、その馬鹿どもに、薬を高値で売ればいいだけだ。ちがうか?」


「そんなこと、出来るはずが――」


「ハッ! アマいねぇ……いいか。ひとつ。あんたに決定的に足らないものがある。……わかるか?」


「……おまえらみたいなのは、どうせ『経験だ』とかでも言うんだろ。わかってんだよ」


「お、確かにな。それ足りてねえ。だがなぁ、俺が言いたいのは、んなことじゃあねんだよ。覚悟・・だ。おまえさんにゃ……、圧倒的に覚悟が足らねえんだ」


「ふ、フザケるな! あたしにゃ、覚悟だって――」


「あるってのかい? ふぅん、へぇ、ほぅ?」


「……なんだよ」



 バッジーニはそういうと、俺の隣の部下おっさんに目配せで指示を送った。

 おっさんは軽くうなずくと、俺の胸倉をグイっとつかみ、上に引き上げた。



「え? え? え?」


「オラァ! 二代目ェ! 今すぐ組ィ潰して、構成員を全員殺せ! そうしねえと、そこのあんたの客人は殺す! 五秒だけ待ってやる、それで決めろ! 五……」


「はあ!? え? ちょ、何言って――」


「く……っ! バッジーニ……おまえ……!」


「四……三……二……」



 再びの緊張状態が、この場に走る。

 俺は男に引きずり上げられ、宙に浮いた体を、脚を、無意味にバタバタとさせていた。

 しかし――

「一」

 バッジーニが、「一」をカウントすると、俺の体はすっと、そのまま床の上へと降ろされた。



「……とまあ、そういうことだ」


「はあ? どういう――」


「おまえさん、いま、迷ったろ?」


「ッ!?」


「組背負しょって立ってる人間が、たったひとり……、たった一人の人間ためだけに、組を潰す……ていう選択肢を前にして、迷う。……そりゃおまえ、言語道断だわな。即答できていない時点で、あんたの覚悟っつーモンの、底が知れるんだよ。それともなにか? あんたの言う覚悟っつーのは、組を背負う覚悟じゃなくて、弟を守る覚悟だって言いてえのか?」


「く……っ」


「なあ、殺す前に聞かせてくれるかい。あんたの覚悟についてだ。答えてくれるか? 二代目組長、ミシェール・ビトォ!」


「………………」


「みっちゃん!」


 俺は気が付くと、大声でみっちゃんの名前を呼んでいた。


「ユウくん……?」


「みっちゃん、いまは俺たちのことは気にするな。いままでの、ミシェールの通りに、言ってやればいいんだ。ここにいるみっちゃんの味方は、みんなみっちゃんの覚悟を知ってる! どれだけ頑張ってきたか、わかる! だから……、俺たちを信じろ! 言いたいことを言ってやるんだ!」


「フ……、そうだね。いいか、よく聞けクソジジイ……あたしの覚悟は……、あたしの覚悟は、もう決まっているんだ! ここに来る前から決まってんだよ。あんたをぶっ飛ばして、全部にケリをつけてやるって!」


「……ちっ、はーあ……、曲がりなりにも、こんなやつに手こずらされたなんて、笑いモンにもならねえな……。興ざめだ。殺せ――」



 バッジーニが小さく手を挙げると、みっちゃんの近くにいた男が刀を振り上げた。

 それと同時に、俺の近くにいた男も、俺めがけ、刀を突き出してくる。

 しかし――


「おにいちゃんに、手を出すな……!」


 俺のすぐそばまで来ていたユウが、男の刀を、手首ごと斬り落とした。


「ぐ……、ぎゃああああああああああああ!?」


 男の汚い。聞くに堪えない悲鳴が耳をつんざく。


「な!? あの小娘……、さっきまであそこに……!?」


 みっちゃんはバッジーニが狼狽えるのに、いち早く反応すると、持っていた刀で、すばやく手近の男の腹を、横一文字に斬りつけた。



「なめんじゃないよ! 組の上で、のうのうとふんぞり返ってたやつに、あたしは……あたしたちは殺されないよ!」


「く、へへ……、ひでぇこと言いやがる。なにも修行みてぇに無心でふんぞり返ってたわけじゃあねえよ。悪だくみしながら、ふんぞり返ってたんだ」



 ドゴォ!

 会場の扉が突如吹っ飛ぶ。

 扉の前にいた男たちは、壁と、飛んできた扉に挟まれ、ぺちゃんこになってしまった。

 パラパラと埃が舞い上がり、ひとりの大男が、そのモヤの中から、のそのそと、その巨体を揺らしながら会場に入ってきた。

 俺はその男の顔を見て、絶句する。

 あいつは――



「こんちわーっす。ストライキ、止めに来ましたー」



 筆頭勇者パーティ戦士、セバスチャンだった。

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