第53話 みっちゃん奪還大作戦
ポセミトールの郊外。
「ビースト、もっとだ。もっとスピードを出せんのか!」
俺は馬上ならぬ、猫上からビーストに指示を下す。
「ご主人に衝撃を与えない走り方とにゃると、これが最高速度にゃ。もっと速度をだしてほしいにゃら、ご主人がニャーに付与魔法をかけるしかないにゃ」
ビーストは俺を背負いながら、少しだけ振り向いて答えてみせた。
「確かにそうだ。……いくぞ。反動で、あとで筋肉痛になるかもだけど……『
俺の指先から緑色の光がほとばしり、ビーストの脚を包む。
俺の付与魔法はもはや、杖を媒介としなくても、通常通りの魔法を繰り出せていた。
どうやら、相当に癪だが、ビーストの言う通り、あの杖は本当にただの棒きれだったらしい。
グン――
ビーストのギアが一段階あがるのと同時に、全身に重力負荷がかかる。
しかし、ものすごい速さで走っているのにも関わらず、風の抵抗を一切感じない。
まるで、風がよけていく感じ。
なるほど、付与魔法を受けると、こういう感覚になるのか……。
そう考えているうちに、俺たちは前方――馬車に、グングンと近づいていく。
――あの馬車こそが、俺たちの目的。
馬車には暗殺されたとされる、みっちゃんが乗っている……と、喫茶店二階の、テラスにいた黒服は言っていた。
それを聞いたときは愕然としていたが……、しかし、俺たちはまだ、みっちゃんが生きているという、一縷の望みにかけていた。
巨大組織の頭を、街中で殺すことは相当リスキー。
ということは、このように、セオリー通り、外に連れ出して殺すのが、一番無難だと踏んだ。
そして、その予想は概ね、正しかった。
こうして、俺たちから必死に逃げるさまが、それを証明している。
「――にゃ。ところで、追いつくのはいいにゃが……、どうやって馬車を止めるにゃ?」
「そうだな。強引に……は、無理か」
仮に死んでいたら……いや、みっちゃんは生きている。そんな気がする。……だから、手荒に止めるのはナシだ。そんなことをして、馬車が横転やらなんやらして、みっちゃんが負傷してしまうのは避けたい。
ということは、キャビンの車輪を抜き取ることも無理だ。馬を殺したりして、止めるのも無理。
だったらもう、あちらさんが止まるのを待つしかないか。
でも、どうやって……。
「ニャニャ!? ご主人、見るにゃ。前にゃ」
「前……? あれは――」
馬車後方、キャビンの中から現れたのは、そこら辺にいる黒服とはまた違う、気弱そうな男。
その男が、果物ナイフほどの刃物を、頭に麻布をかぶせられ、両手を後ろで縛られている女性の喉元にあてがった。
男は必死になにかを叫んでいたが、こっちは男の話など、聞く気にはならなかった。
込み上げてくるのは怒り。
俺の目は自然とその男を睨みつけ、俺の口からは自然と無謀な提案が吐き出された。
「ビースト! 俺を投げ飛ばせ!」
「にゃにゃ!? ご乱心!?」
「早くしろ。問答してる暇すら惜しい!」
「いやいや……え?」
「いいから!」
「……ど、どうにゃっても、知らないにゃよ!」
ビーストはそう言うと急停止し、負ぶっていた俺を、体の正面まで持ってきた。
「ご主人、体を丸めるにゃ」
――というビーストの声に、俺は急いで両手で膝を抱え込んだ。
「いいか、狙いはあの男だ」
「にゃ。了解にゃ」
ビーストは俺を片手に持ち、振りかぶると――
「よーし、いくにゃー! 飛んでけー!」
思い切り、投げ飛ばした。
ものすごい速さで、まるで弾丸にでもなったかのように、風を切り裂き、風景を追い越していく。
グルグルグルグル回転する体で、かすかに捉えたのは、男のビックリした顔。
次の瞬間、俺の体に、稲妻に撃たれたような激しい痛みが走る。
遠くのほうで聞こえる、『ストラーイク!』という、ビーストの声を聴きながら、俺の意識は――
◇
「――ハッ!?」
目覚めると、俺の眼前には、涙をポロポロと、俺の目鼻口に落としてくる、みっちゃんの顔が飛び込んできた。綺麗だった顔にはところどころ痣があり、鼻孔の下には、鼻血を拭きとった後とおぼしき、血の線がかすかに見えた。
「お゛……、お゛ぎら゛ぁ゛っ……! ユ゛ヴぐん゛……!」
もはや、何を言っているかわからないほどの涙声で、全身激しい痛みで動けない俺の体を抱きしめてきた。
「いあだだだだだだだだ!! 痛いって、みっちゃん!」
「うぅ……、ごめんね、ごめんね、ユウくん……」
みっちゃんはそういうと、俺の上半身をゆっくりと起こしてくれた。
近くには停車した馬車。
ということは、止められたということだろう。俺の決死のダイブで。
じゃあ、あの男は……?
聞きたいこと、拷問したいことが山ほどある。
けれども、周囲を見渡すが、それらしき影はなかった。
目につくのは、遠くのほうにあるポセミトールの街と……、なにかを地面に埋めている、ビーストの姿。
「……おい、ビースト。おまえなにやってんだ?」
「うにゃ? おお、ご主人。生きてたにゃ。さすがだにゃ」
「いや、そうじゃなくて、おまえそれ、何してんだ?」
「これにゃ? これは、不届き者を地に還してるのにゃ、来年にはきっと、綺麗な花が咲くにゃ。皮肉だにゃ。悪党ほど綺麗な花が咲く」
「……おまえ、それ、馬車にいたやつか?」
「にゃ」
「アホか! 聞きたいこと山ほどあったのに、生き埋めにする奴があるか!」
「いやいや、この不届き者は、もう死んでたにゃ。にゃから、生き埋めじゃにゃくて、死に埋めにゃ」
「え?」
「当たり所が悪かったんにゃ。それくらい、ニャーの剛速球……もとい、剛速ご主人の威力は強烈だったんにゃ。にゃから、ご主人もてっきり死んでるものかと……」
ゾッとして、俺は自分の手のひらを見て、手の甲を見て、脚をみた。
生きてる……よな?
やっぱ、無謀が過ぎたか……、一歩間違えれば、俺もアイツのようになっていたってことか……笑えない。
「でも、どうするんだよ。喫茶店のあいつらから聞いたのは、みっちゃんのいる場所だけで、今回の事については、なにも……」
「私が話すよ」
「え? でも……」
「いいの。せっかく昨日、睡眠薬まで飲ませてたのに、ここまで来ちゃうんだもの。お姉ちゃん、呆れちゃうなぁ。……でも、ありがとね」
「い、いや……礼はいらな――す、睡眠薬……!?」
「気づかなかった? コーヒーの中にこそっと……ね。ごめんね? ほんとは昨日の夜から今日の夜まで、丸一日眠ってるはずなんだけど……」
「……おい、ちょっと待て」
俺は視線をゆっくりと、ビーストに向けた。
ビーストは何かを察したのか、急にソワソワと、挙動不審になりはじめた。
やっぱりか。
昨日、俺はユウと、ビーストに手を出していなかったのだ。
事実無根。
大方、何しても起きない俺に対し、好き放題、悪ふざけをやったのだろう。
「にゃ……、にゃんのことかにゃー?」
「まだ何も言ってないぞ」
「こ、心の声が駄々洩れなのにゃ」
「俺の心の声が聞こえているということは、おまえはいま、罪の意識に苛まれているということだ。観念しろ。お前は後で、相応の罰を受けさせる。俺を謀った罪は重い」
「そ、そんにゃあ……」
「だけど、いまは……ぐっ!?」
俺は立ち上がろうとするが、傷みがひどいせいで立ち上がれない。
再び支えを失った俺を、みっちゃんは優しく抱きかかえてくれた。
「その体じゃ、まだ無理だよ。いまは私の話を聞いて、ね?」
「……わ、わかったにゃ」
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