第五話「忍者」
皆が振り向くと、悲鳴をあげて走ってくる女性がいた。
「○○△!」
女性が叫ぶその言葉を聞いて松五郎は眉をひそめた。
「どうしたのですか?」
ステファンの問いには振り返らず、かわりに二人を守るように手を横にのばした。
「おい、気をつけろ、クマが出たようだ。家の陰に移動しよう」
松五郎は二人を通りの家の陰に連れていった。
通りに出ていた人たちもみんな家の中に隠れていった。
松五郎は通りをそっとのぞいた。すると通りの向こうから黒い巨体がゆっくり歩いてきた。
「グオォォォー」
クマはいきなり大きな叫び声をあげた。
「でかいな。気をつけろ」
巨大なクマは急に走りだした。そして、家畜小屋を破壊しはじめた。
「くそ、家畜を狙ってやがる」
「グオォォ」
クマの雄叫びに鶏や牛がパニックになっている。
しかし、なぜかクマの動きがとまった。
「松五郎さん、あそこ!」
エミーラがさけんだ
「あっ、まずいっ!」
松五郎が立ちあがった。
一人の女の子がクマと遭遇し動けなくなっている。クマもそれに気づき、女の子のほうに体をむけた。
「まてぇ」
松五郎はクマのほうへかけよった。同時にステファンも飛びだした。
「あの子を助けてくる!」
「お兄ちゃん!」
エミーラがさけんだ。松五郎のあわてて呼びとめる。
「おいまてっ、無謀だろ。ちぇっ、しかたねぇ!」
松五郎は石をひろった。
「これでもくらえ!」
松五郎は、女の子のほうへ走るステファンを援護するように、石をクマに投げつけた。
ドンッ
石がクマの頭に命中した。額からはダラッと血がながれた。
「グオォォォォゥッ!!」
クマが怒りの咆哮をあげた。クマが恨みを込めてあたりをにらむと、運悪くその目に女の子がうつった。ちょうどそこへステファンがたどりついたのである。
「くそっ、こっちをむけ! おい、ステファン、にげろ!」
松五郎はさけんだ。
ステファンは女の子を抱えてようとしたが、体勢をくずし、そのまま女の子を守るようにかぶさってたおれた。
その様子をクマは怒りのこもった目で見おろした。
それをみてエミーラがさけんだ。
「お兄ちゃん! にげて!!」
そのときだった。
カンッ! カンッ! カンッ!
クマの前に鉄製のナイフが飛んできて地面にささった。
驚いたクマは一瞬立ちどまった。
次の瞬間、
バンッ、バンッ、バンッ!
今度は、クマのまわりに小さな爆発がおこった。
ステファンが見あげると、紫の装束をつけた男がクマと向きあっていた。
ほかにも、屋根の上に黒や赤の衣装の者が複数いて、さっきの鉄製のナイフを構えている。
助かったことを悟ったステファンは、すぐに女の子を家の陰に連れていった。
「グォォォッ!」
驚いたクマは怒って紫装束に襲いかかった。
クマの猛スピードの拳を紫装束は、流れるようによけている。
「す、すごい」
ステファンは人間離れしたその男の動きに息をのんだ。
「グオォォォ!」
怒りが頂点に達したクマは雄叫びをあげ、渾身の一撃を紫装束に浴びせかけた。
「あ、あぶないっ!」
と、さけんだステファンだったが、次の瞬間、自分の目をうたがった。
クマが放った一撃が紫装束に当たったかに見えたが、それが残像だったからだ。
残像がでるほどのスピードでクマの攻撃をよけた紫装束は、少し距離をとり、手元で素早く指を動かし、クマに向かってはなった。
バァァァーーン
さっきより大きな爆発がクマの顔もとでおこり、クマは後ろにたおれた。
「グルルルル……」
ゆっくり起き上がったクマは、まるで目が覚めたかのようにおとなしくなった。
それをみた他の黒装束の男が屋根から飛びおりて、クマの顔の口になにかをなげつけた。
「グググゥ」
クマは口元に当たったものをなめ、投げられたほうをみた。
黒装束は箱の中身をクマにみせると、クマが反応した。黒装束は箱を持ちながらクマを誘導するように山のほうに歩いていった。
こうしてクマは山に戻っていった。
紫装束は、松五郎に一礼をした。そして、ステファンのほうを向いてもう一礼して、滝のほうへ素早く走っていった。
「大丈夫だったか?」
松五郎とエミーラがステファンのもとにかけよった。
「え、ええ」
「ええじゃないよ、お兄ちゃんっ!」
エミーラが涙ぐみながら目を真っ赤にしておこっていた。
ステファンは素直にあやまった。
「エミーラ、ごめん、女の子が危なかったから、いてもたってもいれなくて」
「わかっている! 女の子が無事でよかったのもわかっている! でもダメなの! もう命を危険にさらすのはやめて!」
エミーラはステファンに抱きついて声をあげて泣きだした。
両親とわかれ、親友を自分のために亡くし、さらに兄まで亡くすことにたえられるはずがない。ステファンもそのことはよくわかっていた。
エミーラの気持ちが落ち着いたころ、後ろから声をかけられた。
「ア、アノ」
見ると、さっきの女の子とその両親が立っていた。
そして、ステファンに深々と頭をさげ、なにかをいっている。
「お礼をいっているんだ。娘の命を助けてくださりありがとうございました、だとよ」
父親が女の子をそっと促すように背中をおした。
女の子は頭をさげて、小さな声でいった。
「ア・リ・ガ・ト・ウ」
この言葉が、ステファンとエミーラが初めて覚えたこの国の言葉になった。
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