第87話 不幸な事故

 お返しとばかりにクリステル先輩による『氷槍雨アイシクルレイン』の弾幕が敵後衛たちに降り注ぐ。


 敵後衛達は、障壁に専念する者と攻撃魔術を詠唱する者で完全に分業していた。

 二人の魔術師に寄る障壁によって、クリステル先輩の魔術は阻止されていた。

 それでも、魔術師二人の障壁と拮抗しているクリステル先輩は流石だ。


 僕はクリステル先輩の側で、地面に手をついた。


 この手枷は確かに魔力を吸収するし、乱される。

 だが、中級クラスなら発動はなんとか可能だ。


土槍グランドランス


 地面に自らの魔力を流し込み、土魔術を行使する。

 手枷がズンッと重量を増すが、地面に手をついため負荷は少ない。


 敵魔術師群に複数の土の槍が襲いかかる。

 クリステル先輩の魔術をなんとか食い止めていた程度の障壁は粉々に砕け散り、土槍が魔術師たちを蹂躙する。


「うわあぁぁぁ!?」

「な、何が起き――」


 地面から手を離すと、手枷の重量で地面に手の跡がついていた。

 やっぱり普通に痛いわ。

 気力で肉体強化してなかったらとっくに手首から引きちぎれているだろう。


「ふぅ、シリウスさんがいると、わたくしの存在意義が揺らぎますわね……」


 クリステル先輩の苦笑いを背に受け、孤軍奮闘中のシオン先輩のところへ向かう。


 正直、シオン先輩の実力はこの学校でも突出している。

 他の学校含め、防御に徹した彼を打ち破れるものが果たしてどれ程いるものだろうか。


 先輩の闘気『螺旋駆動スクリュードライバー』の堅牢さに、ボブ先輩は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「兄貴とシオンが組むっつーのはやっぱフザケてんだろ……戦略もクソもあったもんじゃねェだろうが!!」

「正直すまないと思っている……あそこまで手枷が意味をなさないなんてね。僕もまだシリウス君の底は測りきれていないんだよ……」


 そんな話をしているボブ先輩の後ろに、縮地で瞬時に距離を詰める。


「いや、これかなり痛いですよ。メチャクチャ効果出てますよ?」

「ッ!? 兄貴ッ――ガハッ」


 咄嗟に防御に割り込ませた金砕棒に掌底を叩き込むと、ボブ先輩は血を吐きながら後ろに飛び退いた。

 ふむ、マオさんの真似をして打撃の瞬間に気力を放出してみたんだけど、意外と上手くいったな。

 彼女ほどの威力は全然出ていないけど、不意打ちには十分だろう。


 そして即座に驚きに目を見張っているボブ先輩の背面に、目を鋭く光らせているシオン先輩が回り込んでいた。


――ザシュッ


 シオン先輩がためらいなく手甲に装着されたチャクラムでボブ先輩の首筋を切り裂くと、ボブ先輩は闘技場から退場させられた。


 残りの団員達は自分たちのヘッドが狩られる瞬間までシオン先輩の死角を取ろうとしていたが、僕につく人数がほぼいなくなったこの状況でそれを許すはずもない。

 シオン先輩に意識が行っている彼らを逆に雷薙の居合で刈り取り、闘技場からは僕ら以外がいなくなった。



 あぁ、腕がつかれた。早くコレを取りたい。

 そう思い手枷に触れると、手枷からミシリと嫌な音が聞こえてきた。


「ボ、ボブ先輩、コレ、取ってくれませんか?」

「兄貴!! ご不便をおかけしてスンマセンッした!! すぐにお取りしますッ!!」


 ボブ先輩が飼い犬のように目を輝かせ飛んできた。

 そのままボブ先輩が手枷のロックを外そうとした瞬間……


――ミシミシ……バキャンッ!…………ゴトッ


「「「「……」」」」


「……な、なぁあれ、メチャクチャ高いモンじゃなかったっけ?」

「……あぁ、確かヘッドが親父に無理言って研究のために借りてたって聞いたな」

「……お、おい。ヘッド震えてるぞ……」


 静寂の中、団員達のヒソヒソ話だけが聞こえてくる。


 いや、これ僕悪くないよね? 何もしてないよね? むしろ被害者だよね?


 ……ごめん。


「あ、あー……ボブ、いやブラック先輩。これは不幸な事故だったんです。誰も悪くなかった、不運だっただけですよ」

「あ、あああああアニギィ……親父に……殺される……」

「あの、その……なんかすいません……」


 僕が申し訳なさそうに謝ると、ボブ先輩は涙目になりながら首を振っていた。


「あ、兄貴は悪くありません……でも申し訳ないんですが、一緒に親父に会ってくれませんか……? いや、勿論謝るのは俺なんですが! 兄貴と面識あるようですし、多分兄貴がいればそんなに怒れないはずです……多分……きっと……」


 ボブ先輩の父親と面識……? そんな記憶はないが……


「あー……すいません、ボブラック先輩のお父さんと会った記憶がないのですが……」

「あれ、そうなんスか? 確か親父が王城で兄貴と会ったことがあるって言ってましたよ」


 王城……王城!? え、ボブのお父さんって何者……?


「彼の父親はアレッサンドロ・ビーン、宮廷魔術師団所属の魔具師長だ。この国の魔導具製作の第一人者だね」


 名前は聞き覚えがないが、以前国王陛下から褒美を頂戴した時に宮廷魔術師が何人か部屋にいた記憶がある。

 恐らくあの中の一人だったのだろう。


 それにしても……アレッサンドロ・ビーン……ということは……


「……ボブ・ビーン……?」

「ブフゥッ…… そ、そうだよ……彼のフルネームはボブ・ビーン」


 シオン先輩は必死に笑いを堪えて……いや、全然堪えきれてないな。

 そんなシオン先輩を見てボブ先輩は歯ぎしりをしていた。


 それにしてもボブ・ビーン、なんという語呂の悪さだろうか。

 悪意すら感じるネーミングだ。

 ブラックというネーミングもどうかとは思うが、流石に同情を禁じ得ない。


 しかし父親が宮廷魔術師か、いよいよエリートだなぁ。


「名前の話はおいといてくだせェ…… 親父なんスけど、大体王城の隣の宿舎に泊まり込んでるんです。近々一緒に来てくれませんかね?」


 王城の隣かぁ……あぁ、そういえば……


「ちょうど明日、王城に行く用事があるんでした。その前後でよければ一緒に行きますよ」


 若干記憶から薄れかけていたが、王城に呼ばれていたのであった。


「王城……あぁ、あの恒例行事ね」

「武闘祭優勝者の賞品の一つですわね」


 そう。武闘祭優勝者にはもう一つ賞品があったのだ。

 それが【シングルナンバー】との模擬戦と訓練である。


 僕が会うことになっている【シングルナンバー】は、序列第八位【剣聖】セントラル白騎士団長リィン・ソードフェアだ。


 セントラル白騎士団は王都「セントラル」の警備および外敵からの防護の第一部隊として活躍している。

 リィンさんは現在は騎士団に所属しており冒険者として活動はしていないため名誉ギルド員とされているが、その強さと実績で序列第八位に君臨しているそうだ。

 その剣技は王国一と讃えられている。


 そんな人に訓練をつけてもらえるというのは非常に貴重な体験と言えるだろう。


「うぉぉ、ラッキーッス!! オナシャス!!」


 僕がすぐにでも来てくれるということで、ボブ先輩はガッツポーズで喜んでいる。現金な先輩である。

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