4-5:召喚
超大な荒野に、立派な城を数個は覆えてしまうほどの巨大魔法陣が描かれている。うっすらと不気味に赤紫色の光を放つ線が中央に向けて密度を増していき、その行き着く中心で、帝国が長年をかけて各地から回収し終えた悪魔像が4つ、対称に向かい合うように鎮座していた。
その光景を一望できる崖の上で、目玉だらけの異形が帝国全軍を背後に率いて蠢いている。漆黒に色を統一された鎧を着こんだ兵士たちに向けて、ぐずぐずの体から泡を盛大に地面に吐き散らしつつ、先頭に座するレイス帝は言葉をかける。
【皆の者、準備は良いか】
「……」
帝王の言葉に兵士たちが威勢よく一斉に掛け声でも上げるかと思いきや、誰からも答えは無く、空しく風音だけが鳴り響いた。その場の兵士たちは縮こまり、黙り込んでいる。それもそのはず、呼びかけたレイス帝の姿は、余りにも異形そのものであり、彼が実は悪魔でした、と耳打ちされれば納得してしまう風貌である。自分たちが仕えていた帝王は、化け物であったのかと、初見の兵士たちを大いに困惑させていた。
前々からレイス帝の姿を知っている隊長、副隊長格の面々も、悪魔殺しという大一番に身を引き締めているのか、今日は朝から一切口を開いていなかった。普段は戦場においても適当な軽口ばかり叩くラック隊長ですら、無言である。
「あ、あの。恐れながら……」
崖上の強い風音に紛れ、恐る恐るといった様子で、レイス帝の数歩後方に控えていたアルメアが声をかけた。
レイス帝が振り向き、血管の脈打つ白い触手を伸ばし、手で促すような仕草をする。
【構わぬ、話せ。アルメア隊長】
「はっ」
アルメアは緊張しつつ、胸ポケットに取り付けた隊長章の傾きを正す。
一月前までは帝都警備部隊“怠惰”の副隊長であった彼女であったが、前回の部隊長会議にて命を落としたベイル隊長の地位を引き継ぐ形で、急きょ隊長に昇進させられていた。
それは敬愛していた隊長の死に対して気持ちの整理がつかないまま与えられた、彼女にとって甚だ納得のいかない辞令であったが。
「ローム隊長はどこへ行かれたのでしょう。お姿が見当たらないのですが」
【ふむ……】
部隊の多くは隊長と副隊長を突然に失い、アルメアの部隊と同様に各人を繰り上げる形で昇進させて穴埋めをしているものの、未だ指揮系統に甚大な混乱を生じている。
特に末端の隊員にいたっては、部隊長と副隊長の死を理由も説明されぬまま告げられ、どうすれば良いかも分からない状態である。グズグズの指揮系統を通じて、この戦いにこれだけの頭数が揃っただけでも僥倖であった。
そんな中、ただでさえ指揮系統が狂って隊員達の士気が落ちているというのに、古株のローム隊長が見当たらないとあっては、不安も募る。
【きゃつは此度の戦いには参加せぬよ。別途、重大な任務を与えている】
「え……」
予想外の答えに、アルメアは言葉に詰まった。レイス帝の右腕として帝国の発展に生涯を捧げ、確固たる成果と信頼を勝ち得てきたローム隊長が、伝説級の悪魔を討伐するなどという帝国史に間違いなく載る戦いに参加していないとは何事か。彼女には、この戦い以上に重大な任務など思い浮かばなかった。
前回の部隊長会議では彼のおかげで生き延びれていた所が大きいため、この戦いにも是非ローム隊長が居て欲しかったアルメアである。
「ローム隊長のお力無しで、かの伝説の悪魔と戦うのですか……」
【さよう。悪魔と戦うに必要な戦力、そして召喚に足る数は既に揃っている。これ以上いたずらに時間を浪費する必要もあるまい】
「……?」
アルメアには、レイス帝が何を考えているのかが、いまいち読めなかった。何を急いでいるのか分からないが、そもそも隊長格の大半が抜けてしまった今の軍の体たらくで本当に悪魔殺しなど、やってのけることができるのか。体制を立て直してからでもよいのではないか。今更ながらに、彼女はそう進言したくなってしまう。
「はぁあぁぁぁぁぁぁぁ、あのよーー」
長い溜息が聞こえたかと思うと、近くで二人のやり取りを傍観していたユファが、ようやく口を開いていた。腕を組み、急かすように指先で二の腕を繰り返し叩いている。
「御託はいいから、さっさと始めようぜ。日が暮れちまう」
多分に苛立ちを含んだトーンで主張をしつつ、そわそわと視線を時々黒い城の方へと心配そうに向けている。
「悪魔殺しなど大したことではないとでも言いたげだな? ユファ・クロリネル」
アルメアはその不快そうに眉をしかめると、ユファに詰め寄った。
「隊長殺しの件、帝王様がお許しになろうと、私はお前を絶対に許しはしないからな!」
詰め寄られた紫髪の彼女は悪びれる様子もなく、何を言っているんだコイツは、とばかりに失笑してみせた。
「馬鹿じゃねえの? 僕を許そうが許すまいが、お前みたいな雑魚に影響力なんてねーだろ。お前に副隊長、いや一般兵並みの実力すらあったかどうか怪しいね」
「貴様っ!」
あんまりな煽り言葉に激昂したアルメアが掴みかかろうとするが、突然、二人の動きが停止する。
「っ!?」
【もうよい】
レイス帝が六芒星の刻まれた“念動力の魔眼”を自身の不気味な肉中から露出し、彼女らに向けて発動していた。その場が再び静まり返る。
帝王は魔眼を解除すると、命令を下した。
【これより、召喚の儀を執り行う。全軍、魔法陣に生じる魔物へ向けて突撃せよ】
「お、オオオオオオオオ!」
その言葉を皮切りに、背後に整列していた兵士達がお互いに顔を見合わせたかと思うと、口々に雄叫びを上げて一斉に崖を下り始めた。
同時に、魔法陣周辺に配置されていた数百人にもわたる召喚術士達が魔法陣を囲うように円陣を組み、両手を合わせて祈りを捧げ始めた。陣の中央から赤紫の液体が沸き立ち、血の海が渦を広げていくように、荒野の色が染まっていく。
「おい、始まったぞ。行かなくていいのかアルメア隊長さんは?」
魔法陣に向けてなだれ込む群衆の中で、アルメアはユファを睨みつけたまま立ち止まっている。
「黙れ、臆病者め! この戦いが終わったら、貴様が犯した隊長殺しの罪を国中に周知し、必ず私がお前の首を切り落としてやる!」
「うっさ。黙って早く行ってこい」
「ぬぐ……っ! ちっ、覚悟しておけ!」
舌打ちを残し、アルメアも遅れて突撃していった。漆黒の兵士たちの波に紛れ、彼女の銀髪が遠くへ消えて行く。
「ふう」
取り残され、突っ立ったままのユファは伸びを一つすると、すっと目を細め、不気味な光を放ち始めた巨大な魔法陣の様子を眺める。
「さあて、生贄達の最後を見物してやるか」
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