鏡の中へ

自主性の世界

　私の家には、私が産まれるずっとずっと昔から、代々と伝わっている不思議な鏡がある。

　一体、どこが不思議なのか。

　それは鏡の表面に触れると別の世界に行けるという、普通だったらありえない効果がある事だ。

　さらには16歳を迎えた女の子が、一定の期間だけ使える条件が付いている。

　行った世界で、何をするかは本人の自由。帰るタイミングは鏡が決めてくれるおかげで、何があっても最後には絶対帰れる。もちろん五体満足でだ。

　だからもし誘拐されたとしても、安心ではある。さすがに、むやみやたらとそんな危険な真似はしないけれど。ただ保険としてある方が、色々と普段だったらやらない事が出来るから良い機能ではある。

　それはとても魅力的なので、普段は危険なことや新しいことに挑戦するのが怖いと思ってしまう私でも、この時ばかりは気持ちが大きくなった。やらずに後悔より、やって後悔の方がマシというわけだ。その全部が上手くいくとは限らないけど、今まで後悔はしていない。

　何故、私の家が鏡を持つようになったのか。いつ誰がどこで手に入れたのか。

　どうして別の世界に行けるのか。行く世界は、どこかに存在しているのか。

　女の子しか使えない理由はどうしてなのか。そう分かったきっかけは何か。

　父や祖父はどう思っているのか。そもそも、鏡の事を知っているのか。

　現在鏡を使っている私には、たくさんの疑問がある。しかし未だに、その中の1つも答えをもらっていない。

　昔は鏡を使っていたはずの母も祖母も、行った世界で色々と学びなさいとだけしか言ってくれなかった。

　その経験が、私をどんどん成長させてくれて、何も言わなくてもいつか全てが分かる時がきっと来るはずだと。

　そして話の最後には、使えなくなる日が来るまで絶対に後悔をしないように使いなさい、と締めくくった。

　そんな、ごまかしたような話に納得したわけじゃなかった。だけど私はそれ以上、何も聞けなかった。きっと聞いても、今はたぶん答えてくれない。

　2人の顔を見て、そう察してしまったからだ。

　だから私は、2人に言われるがままに鏡の前に立つ。色々な世界で、疑問の答えを見つけるために。

　次はどんな世界に行けるのだろうかと、期待と少しの不安を胸に秘めて。

　鏡に触れて、ついた別の世界。

　いつもと明らかに違う様子に、私は戸惑ってしまった。

　私に気がついているはずなのに、みんな避けている。

　それは警戒心が強いせいだと思って、私は滞在場所を確認するために、手鏡を見た。しかし何も映らない。

「え、どういう事。」

　こんなことは初めてで、私は戸惑ってしまう。滞在場所が分からないなら、滞在時間はどうだと見てみても、何も映らない。

　一体どうして？

　私は急に焦ってしまう。

　手鏡が使えないのか、壊れたのか。どちらにしても、私にとっては最悪だ。

　私はもう一度、使えるかどうか試してみる。やっぱり変化がなくて、どうしたらいいか分からずに途方に暮れてしまった。

　しばらくの間、色々と試してみて何が出来るのかを、私は把握した。洋服やお金、その他必要なものは取り出せる。しかしそれ以外のことは、全く出来なくなっていた。

　今までにない事態に、私は焦りが止まらなかった。

　ちゃんと帰れるのだろうか？

　今一番心配なのは、その事だけ。

　手鏡が使えないのだから、鏡も使えない可能性だってある。それは本当にピンチだ。

　しかし何が原因なのか、全く分からないからどうすることも出来ない。

「……さて、どうしよう？」

　帰れるとしてもいつだか不明だが、すぐにという感じはない。

　だから、ここにずっといるわけにはいかない。

　私は大きく息を吐き、気合を入れるために頬を力強く叩いた。

「まあ、何とかするか。」

　少し楽観的に考えないと、不安で押しつぶされそうになる。私は最悪の予想を振り払うように、この世界を楽しむことにした。

　ここは何が有名なんだろう。

　教えてくれる人がいないから、私には全く表情がない。でも尋ねても答えてくれそうな雰囲気が感じられず、自分で調べるしかない。

　まずは、何から情報を得ればいいか。

　私は辺りを見回して、すぐにそれを見つけた。

　観光マップ。それも丁寧に写真付きで、詳しく載っているもの。

　なんてタイミングがいいんだろう。私はようやく幸福が訪れたと、気分が軽くなった。

　見た所、好きに持って行っていいみたいなので、私は一部手に取る。

　中を確認してみると、ありがたい事に現在地の表示まである。これなら迷うこともなさそうだ。

　私はマップを確認して興味が湧いたものを、何ヶ所かピックアップした。

「ここと、ここと、ここは行っておきたいな。あとは時間があるなら、ここもかな。」

　とりあえずメジャーそうな場所に。どういうルートで行くかを決めると、私は歩き始めた。

　一面に咲いた青い花。まるで青色のじゅうたんみたいな丘。写真を撮れないのが、もったいないぐらい綺麗な場所。

　その次は、何千年も前に作られた偉人の墓。権力を誇示するために、大きくて円柱の形をしていた。

　その次は、この世界の地獄とも呼ばれている、マグマでグラグラと揺らめいた沼。

　行く場所行く場所が面白くて、私はいつの間にか不安な気持ちもなくなり、この世界を楽しんでいた。

　観光マップはとても良く作られていたみたいで、書かれている場所にハズレはなかった。

　気がつけばマップに書かれていた場所を、全てまわっていた。

　一番最初の場所に戻ってきた私は、達成感に満ち溢れて大きくのびをする。

　最初は不安だったけど楽しかった。

　おそらくだけど、もう少しで帰れる気がする。

　そして私は、鏡が帰そうとしているのが分かるとゆっくりと言った。

「何も言わず、見守ってくれてありがとうございました。」

　先ほどと、全くいる場所が変わらない人達に向けて言ったお礼。

　私の方を今までずっと見ていなかったが、全員が一瞬だけ止まり、私に視線を向けた。

　しかし特にそれ以上の反応はなく、また自分の事をやり始める。その反応は分かりきっていたから、特に傷つきはしない。

　そして私は、元の世界へと戻ることとなった。

　元に戻ったのを確認すると、私は鏡に近づいて触れる。

　どうして今回、こんな事をしようとしたか分かったけど、それでも怒っていないわけじゃない。

「まあ、私もされるがままで何も考えずに従っていたけど。もう止めてよね。」

　私は文句を言い終えると、ノートを開いた。

『自主性の世界……色々と考えられるのは楽しかった。でもびっくりしたから、こんな事は止めてほしい。』

　本当に戻れないかと思った。

　あの怖さは、もう味わいたくない。