権利がある世界
私の家には、ずっとずっと昔から代々伝わる不思議な鏡がある。
どこが不思議なのか。
それは鏡の表面に触れると別の世界に行けるという、普通だったらありえない効果がある事だ。
そして16歳を迎えた女の子が、一定の期間だけ使える条件が付いている。
行った世界で何をするのも自由。帰るタイミングは鏡が決めてくれるから、何があっても最後には絶対に帰れる。もちろん五体満足で。
もし誘拐されたとしても、安心と言えば安心。さすがに、むやみやたらとそんな危険な真似はしない。しかし保険としてある方が、色々と普段だったらやらない事が出来る。
それはとても魅力的なので、普段は冒険しない私もこの時ばかりは気持ちが大きくなった。
何故、私の家が鏡を持つようになったのか。誰がどこで手に入れたのか。
どうして別の世界に行けるのか。行く世界は、本当にどこかに存在しているのか。
女の子しか使えない理由はどうしてなのか。
父や祖父はこの事を知っていて、どう思っているのか。
現在鏡を使っている私には、たくさんの疑問がある。しかし未だに、ただの1つも答えをもらっていない。
昔は鏡を使っていたはずの母も祖母も、ただ行った世界で色々と学びなさいとだけしか言わなかった。
その経験が、私をどんどん成長させてくれて、いつか何も言わなくても分かる時が来ると。
だから使えなくなる日が来るまでは、絶対に後悔をしないように使いなさいと。
そんなごまかしたような話に納得したわけじゃなかったが、それ以上は何も聞けなかった。きっと聞いても、今は答えてはくれないだろう。
2人の顔を見て、そう察したからだ。
だから私は、2人に言われるがまま鏡の前に立つ。
次はどんな世界に行くのだろうかと、期待と少しの不安を胸に秘めて。
今回来た世界は、まるで欧州のような外国らしい外観の所だった。
私は観光に来た気分で、しばらく建物を眺めながら歩くと、目に入ったお店の中に入る。
落ち着いた雰囲気のカフェのようで、一時の休息を楽しんでいる人達がたくさんいた。
店員さんが案内してくれる感じではないので、私はキョロキョロと辺りを確認し、あまり人のいない一帯の席に座る。
テーブルに置いてあったメニューを見れば、これといって変わったものはなさそうだ。
私は無難にジュースを頼んで、窓から見える外を眺めた。
通り過ぎていく色々な人達。
彼等の背景に何があるのかを考えるのは、とても面白い。
あの人は、大家族なんだろうな。
お姉さんは、今から恋人にでも会いに行くんだろうか。
2人は姉弟なのかな。
そうやって眺めていれば、目の前に誰かが来た。
私は店員さんかと思って、作り笑顔を浮かべて顔を上げる。
しかしそこに立っていたのは、お客さんだろう男性だった。
何で机のすぐ脇にいるのか。
全く知らない人なので、私は気まずい気持ちで目をそらす。
そうすれば了解を取られる事なく、すぐ前の席に彼は座った。
「えっと。」
さすがに、それはスルー出来るものではない。
だから私は面倒な事に巻き込まれたと、げんなりしつつも声をかける。
「すみません。何で、そこに座っているんですか?」
元の世界に確実に帰れるという気持ちが、私に大胆な行動を取らせた。
もしも怒られたとしても構わない。
そう思っていたけど、返って来た言葉は予想外だった。
「私にはここに座る権利があるからです。」
私は何て返せばいいか分からず、変な顔をする。
しかしそのまま、落ち着き始めたので慌てて更に声をかけた。
「いや。でも他にも席空いているんですけど。」
満席で、仕方なく相席ならまだしも、ピークの時間帯じゃないのか座る所はいっぱいある。
それなのに、わざわざ私の前に座らなくてもいいんじゃないか。
「私の権利を阻害しようとするんですか?それなら然るべき場所に出て、争ってもいいんですよ?」
ああ、面倒くさい。何だこの人は。
どうして私は、こうも変な人に出会う率が高いのだろうか。
これがどうこれからに活かされるのか分からないが、変な対人スキルは身につきそうだった。
「すみません。私はこの世界に慣れていなくて。色々と教えてくれたら、嬉しいんですけど。」
こういう時に、何て言えば相手が良い気分になるかは経験上お手の物だ。
今回も上手くいったみたいで、あからさまにドヤ顔をしてご丁寧に説明を始める。
「ああ、そういう事。それならまあ、仕方がないか。この世界はね、1人1人の権利が守られているんだよ。」
「はあ。」
私は何とか興味が無いと顔に出さないようにしながら、男の話を聞く。
彼の話では、昔この世界に差別があったという。
そのせいで、たくさんの人が苦しんでいた。
しかし1人の人が立ち上がり、大改革を起こす。
今まであった差別を時間はかかったが、ついには無くす事が出来た。
そのおかげで昔は虐げられていた人達は、みんな他の人達と同じように生活している。
そして、もう二度とこんな事を起こさないために、人々に権利を与えた。
普通に生活するために必要な権利。もし邪魔をしたり拒否をしたら、厳罰を受けるらしい。
だから今の様に、彼が椅子に座るのを駄目だと言うのは、この世界の人だったらありえないと。
頼んでいない所まで詳しく教えてくれた男は、私の方を何故かまじまじと見てくる。
「えっと……お話ありがとうございます。」
「……。」
ただただこちらを見てくる顔は、締まりが無くて気持ちが悪い。
私はその顔を気持ち悪いと感じながら、店員がようやく頼んだジュースを持ってくるのを見つけて、席を立った。
そして急な行動に、間抜け面になった男ににこやかな笑みを向ける。
「すみません。私にはあなたと一緒に座らないという権利があるので。お話はありがとうございました。」
そう言って別の席に座り、男の方を全く見ずにジュースを楽しんだ。
何のフルーツを使っているのかは分からないけど、マンゴーに似た味はとても美味しかった。
戻ってきた私は肩の凝りを感じていた。
あれから男性以外にも、権利を主張して面倒な事を言ってくる人がたくさんいた。
そのどれもに、私も面倒くさい返しをしてきたが、随分と疲れてしまった。
みんながみんな、自分の権利を主張するなんて。
私は感想を忘れないうちに、ノートを開いた。
『権利がある世界……最初は良い話だったのかもしれないが、今やわがままなだけだ。』
それだけ書くと疲労がたまりすぎているので、大きく伸びをして部屋を出る。
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