花火大会へのお誘い 基山と香奈編
聞き違いだろうか? いや、そうに決まってる。水城さんが僕を花火大会に誘うだなんて、そんなのさっき話していたデートそのものじゃないか。香奈さんが変なことを言うから、きっと幻聴が聞こえたんだ。そうに決まって……
『デートのお誘いキターッ!』
「ちょっと、香奈さん!」
『良かったねえ、花火大会デートだよ。初デートが夜だなんて、皐月も大胆ねえ。いっそのことそのままどこかに泊まっても……』
「香奈さん!」
何て事を言うんだ! あ、でも香奈さんにも同じように聞こえていたのなら、幻聴じゃなかったのかな?まさか、本当にデートの誘い?
ドキドキしながら水城さんを見ると、キョトンとした顔をしている。
「電話の相手って香奈だよね。ちょっと貸してもらえる」
「え?別にいいけど」
スマホを渡すと、勢いよく話始める水城さん。
「もしもし、香奈?」
『ああ、皐月。久しぶりー』
「久しぶり。って、そんなことより、デートとか変なことを言ってからかわないでよ」
『ええー。でも花火大会には行くんでしょ。やっぱデートじゃん』
「違うわよ。だいたいねえ……」
スッと息を吸う水城さん。
あ、なんだかとっても嫌な予感がする。残念な事に、こういう予感は得てして当たるものなのだ。すると案の定……
「私が基山をデートに誘うわけがないでしょう!」
……嫌な予感的中。
水城さんの冷たい声が、僕の心臓をえぐってきた。
もちろん言った本人は「気づいていないけど、僕は今にも食で倒れてしまいそうなくらいのダメージを受けている。さっきまで楽しそうな香奈さんの声が聞こえていたスマホも、今は沈黙していた。
「ちょっと香奈、聞いてる?」
『あー、うん。でもさあ、太陽をデートに誘うって、そんなにあり得ないこと?』
「もちろん。例えこの世の終わりが来てもあり得ないわ」
ううっ、さらに胸が痛む。このままではこの世の終わりが来る前に、僕の心が砕け散って終わりを迎えるんじゃないだろうか?
「だって基山、女子アレルギーじゃない。なのにデートなんてしたって嫌じゃないの?そんなイジメるみたいなことはしないわよ」
えっ? ああ、そういうことだったのか。良かった、別に僕とデートするのが苦痛で耐えられないって訳じゃなかったんだ。
それにしても、僕の苦手を気遣ってくれていただなんて、やっぱり水城さんは優しいなあ。さっきの強烈な言葉のせいでまだ少し胸は痛むけど、まあよしとしよう。
『私は今のアンタが、太陽をイジメてるようにしか思えないけどねえ。あれ? でもそれじゃあ、何で花火大会に?』
「八雲が行きたがってるからよ。で、基山も一緒が良いって言うから、こうして誘いに来たってわけ」
そうか、八雲か。全て納得がいったよ。きっと八雲の事だから、僕の事を思って水城さんに言ってくれたのだろう。あの子は本当に良い子だ、天使のように思えてくる。
「そうそう。あと、霞や笹原にも声をかけるつもりだから」
「え?田代さんはともかく、どうして笹原を?」
「勿論、八雲が会いたがってたからよ」
当然といわんばかりに胸を張る。
ああ、うん。そうだろうね。水城さん、八雲には駄々甘だからなあ。いったいどういう経緯でそうなったかはわからないけど、まあいいか。お陰で水城さんと花火大会に行けるんだし。二人きりでないのはちょっと残念だけど、仕方ないか。それにもしそうなったところで、僕じゃ上手くエスコートできないだろうし。
『花火大会かあ……それって、夏休み入ってからあるんだよね』
「そうよ。確か、夏休み三日目くらいだったと思う」
『だったら私も、そっち行ってみようかなあ。太陽、アンタの部屋に泊まっていい?』
「ダメ!」
女の子が何を言い出すんだ。確かに昔は家に遊びに来て泊まったこともあったけど、今はダメだって。
ほら、水城さんだって呆れて……
「いいじゃない、泊めてあげれば」
「水城さん!? その……色々マズイでしょ!」
「大丈夫でしょ、基山だし」
……そりゃ確かに問題なんて起こりようがないとは思うよ。絶対にあり得ない。だけど、好きな女の子にこうも安全って思われると言うのは、やっぱりちょっと複雑だ。
「ねえ、基山がどうしてもダメって言うなら、うちに泊まる?」
『え、いいの?』
「平気よ。一人泊まるくらいのスペースはあるし」
『ありがとう!じゃあ、お言葉に甘えるね!』
トントン拍子で話が進んでいく。ゴメンね水城さん、香奈さんがお世話になります。
それにしても香奈さんまで来るとなると、これは当日賑やかになりそうだ。いっそのこと僕も、西牟田を誘ってみようかな。この面子だと、しっかりしたまとめ役がいたほうが安心できる。と言うか、水城さんと香奈さんが揃ったら、二人して僕の心をズタズタに壊しにかかるような気がしてならない。普段からこの二人には、傷つけられているからねえ。
『皐月と直に会うのも久しぶりね。あと、八雲とも。』
「香奈さん、八雲が可愛いのは分かるけど、当日抱きついたりしないでよね。前に会った時、八雲ビックリしてたんだから」
『ええー、良いじゃない。あーあ、私もあんな弟欲しかったなあ。太陽みたいなヘタレな弟分じゃなくて』
「ヘタレじゃないから。それに、香奈さんの弟分になった覚えもないから」
どさくさに紛れてなんてことを言い出すんだ。
一方水城さんは、今の話を聞いてキョトンとした顔をしている。だけどすぐにハッとした表情になって、スマホに向かって話しかけた。
「えっ、香奈って、八雲の事好きなの?」
『当然。あんな可愛げがある、純真無垢っぽい男の子なんてそうそういないもんね。私の弟にしたいくらいよ』
「ちょっと、八雲はあげられないわよ」
水城さんはそう言い返すも、目は笑っている。なんだかんだ言いながら、やっぱり弟が褒められた事が嬉しいみたいだ。
香奈さんは可愛げのある小さい子が好きで、前に八雲と会った時はさっきも言ったように抱き着いていたっけ。その時は水城さんは不在だったから知らないみたいだけど、この様子じゃ当日は、八雲談議で盛り上がりそうだ。
『まあ弟にしたいは冗談にしても、花火大会の時は頭撫でさせてよ。それくらいなら良いでしょ?』
「八雲が良いって言ったら、私は構わないわ。どうだ、何なら今から、八雲が写った写メ送ってあげようか?」
『えっ? 、ええと……ごめん、それはいいや』
水城さんからのせっかくの提案を、申し訳なさそうに断る香奈さんあれ、ちょっと意外だなあ。香奈さんなら喜んで送ってもらうと思ったんだけど。
「珍しいね。香奈さんが遠慮するだなんて。てっきり喜ぶと思ったのに」
『うーん。私も欲しいことは欲しいんだけど。前に電話で八雲の事話したら、尋常じゃない数の写メが送られてきて……』
「そんなことがあったの? というか水城さん、いったい何枚送ったの?」
恐る恐る水城さんを見たけど、等の本人はキョトンとした様子。
「そんな大したことないわよ。ほんのニ十枚くらいだもの」
「ニ十枚……」
それはいくら何でも、香奈さんビックリしちゃうよ。どうやら水城さんの八雲アイは、僕の想像の遥か上を行っているみたいだ。
僕は呆れてものが言えなくて。電話の向こうからも、香奈さんも疲れた様子が伝わってくる。
さすが水城さん。八雲のことになると並々ならぬ情熱を発揮するようだ。けど、そこがとっても彼女らしい。
僕は水城さんに気付かれないよう、そっと笑みを浮かべるのだった。
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