第62話 残念美少女、遠足に行く4


 伝説の魔闘士を前に、私は矢つきばやに質問する。


「でも、モウ・イヤンさんは、すでに死んでいるのでは?」


「それは、ただの噂じゃの。ほれ、現にワシはこうして生きておるじゃろ?」


「でも、モウ・イヤンの遺言では、「魔闘士になったら諦めなさい」って……」


「ああ、遺言ではないが、それは本当じゃ」


「やっぱり、魔闘士は残念職なんでしょうか?」


「魔闘士に覚醒する者は稀にいるのだが、彼らは長生きしない。なぜだか分かるかな?」


「……いえ、分かりません」


「魔闘士はレベルが上がりにくい職じゃろ? だから、レベルが上がると、どんなスキルが手に入るかと思い、みな挑戦するんじゃ」


 彼は目をつぶった。


「そしてな、みな死んでいく」


「どうして?」


「魔獣と戦うには、魔闘士レベル1の能力では足りぬのじゃよ。本来、己の体術を極めてからレベル上げに挑戦するべきなんじゃ」


 なるほど。

 私の場合、おじいちゃんとマサムネ兄さんとの修行で、ある程度体術の基礎があったからなんとかなったのね。

 これまでこの世界で体験してきた色々な冒険を思いだすと、確かに納得できるわ。


「そなた、魔闘士のレベルは6から8じゃろう?」


「いえ、まだレベル4です」


「なんと! レベル4で、あの力! さすが黒髪の迷い人じゃな」


「お爺さん、ああ、イヤンさんはレベルいくらですか?」


「ワシか? ワシは魔闘士レベル10じゃ」


「レベル10!」


「そうじゃ。レベル5くらいから日常生活に支障を来すようになっての。こうして山の中に引っこんでおるんじゃよ」


 日常生活に支障?

 聞きずてならないわね。


「お嬢ちゃんがワシのてつを踏まぬよう、修行させてやりたいのじゃよ」


 うーん、本当だろうか。

 最初が最初だからね。

 ただのエロじじいという線も、いまだに捨てきれない。


「修行ですが、最初に体験だけさせてもらってもいいですか?」


「それはよいが、一旦修行が始まれば、途中で投げだすなど許さんぞ」


「はい、それでいいです」


「では、今日からさっそく修行に入るぞ」


「でも、私、学校の行事が――」


「すでに、ハイラク殿に許可を取ってある。そちらは、なんの心配もいらぬよ」


 さっき出ていった時、ハイラク先輩と話をしたのね。


「そ、そうですか」


 こうして、私は魔闘士としての修行を始めることになった。


 ◇


「修行はどこでするんですか?」


「ここじゃよ」


「ここ?」


「ああそうじゃ。では、さっそく始めるぞ」


「な、何をです?」


「呼吸じゃ」


「呼吸?」


「まずは、呼吸を整えることから始める。これは初歩の初歩でもあり、魔闘士の奥義でもある」


 私のお爺ちゃんも同じような事を言ってた覚えがある。 

 こうして、地味~な修行が幕を開けた。


 ◇


 トゥルースお爺さんは、私が呼吸を整える修行をしている間、普通に家事をこなしていた。

 掃除をしたり、料理をしたり、裁縫をしたり、小さな小屋の中を動きまわっている。 

 彼はそうしながら、私の方を見もしないで呼吸の乱れを指摘した。


「それ、少し早くなっておる。息を吸うのは今のタイミングでいいが、吐くのはもっとゆっくり」


 これが一日中続くのだ。

 夕方になると、私の心は今日で修行を辞める方に傾いていた。

 当たり前だろう。呼吸法の修行は、シンドイ上やたらと単調なのだ。


「今日の修行は、ここまででよいじゃろう」


 そう言ってお爺さんが私と向かい合って座った。


「私、やっぱり――」


「レイチェル嬢ちゃん、ちょっと見せたいものがある」


 トゥルースお爺さんは部屋の隅に行き、古びた壺を手にした。

 それを机の上に置くと、椅子に座りその壺を抱きよせるような仕草をした。


 ピシリ


 壺はそんな音を立てると、大きなヒビが入った。

 コロンと上半分が机に落ちる。

 お爺さんは、もの問いげな顔でこちらを見た。


「何が起こったかわかるかの?」


 私は首を左右に振った。


「これが呼吸が乱れた魔闘士が引き起こすことじゃよ」


 そのことが頭に入ってくると、私は恐怖に震えた。

 もし、あの壺がドンやミーちゃんだったら……。


「ワシには、呼吸のことを教えてくれる者がいなかった。そのため、周囲にどれほど迷惑をかけたか……」


 彼は目を閉じていたが、その顔には苦悩が浮かんでいた。


「悪いことは言わん。呼吸を整えられるようになるまでは、修行したほうがよいの」

  

 結局、私は彼の元で修行を続けることにした。

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