第30話 残念美少女、ケーキにこだわる


「おおー! さすが王都、人が多いね」


 前回来た時、ダイエットのため全く街が見られなかった私は、その華やかさに感動していた。

 落ちついた雰囲気の店が並ぶ大通りは、たくさんの人で賑わっていた。

 

「お、お姉ちゃん、離さないで」


 ドンは人混みが怖いのか、私の手をしっかり握っている。

 道行く人は、みんなドンの美貌に釘づけた。

 中には彼に近づこうと寄ってくる者もいるが、私が睨むとギョッとした顔で動かなくなる。


 前方に人だかりがしているお店がある。

 私はドンの手を引き、そこへ向かった。

 店から出てくる人は、皆、〇の上に△が二つついたマークが描かれた箱をもっている。

 そのマークには見覚えがあった。

 マイヤーンのロッジに置かれていたケーキの箱に、同じマークが描かれていたのだ。


「おー! ここ、きっとケーキ屋だよ」  


 お店に入ると、人がショーケースの前に並んでいる。

 ショーケースは、ガラスのような透明な素材で覆われている。それは、まさしく地球のケーキ屋さんと同じだった。


「うわあっ! お姉ちゃん、あれ見て。凄く綺麗。あれも、ケーキなの?」


 女性たちが、バッとドンの方を向く。

 今がチャンスだ。


「えー、これとこれ、ああ、それとこれも。ええい、もう、こっからここまで、全部ください」


 女性に囲まれたドンが、悲鳴を上げている。

 ドンよ、ケーキのためだ、我慢せい。


 ポチ(カニ)たち『ここでも、鬼畜!?』


「あの~、お客様、それだと、銀貨三枚になりますが……」


 ふん、日本円換算で三万か。

 安いもんだ。


「はいよ」


 ポーチから、黒いつぶつぶがついた銀貨を三枚取りだす。


「はい……ありがとうございます」


 お姉さんが、濡れた銀貨を布で拭いている。

 黒い粒を見て、首をかしげている。

 気にするな、それはポチたちのウ〇コ じゃない、と思う。


 ポチ(カニ)たち『いえ、間違いなく、です』


「はい、どいたどいたっ!」


 肩を使い、ドンにまとわりつく女性を吹っとばす。

 両手には、ケーキの箱を持ってるからね。


「お、お姉ちゃん、助けてーっ!」


「ドン、とにかくこのケーキの箱、持って」


「う、うん」


 ドンがケーキの箱を持ってくれたので、私は古武術の技で、次々女性を転がしていく。

 まあ、痛くないようにやってるから、構わないだろう。


 その時、銀色の鎧を着けた騎士っぽい若者が三人、店へ入ってきた。

 なぜか、女性たちが、さっと頭を下げる。

 店員も全員頭を下げている。


「おい! ショーケースにあるものを、全部出せ」


 若者の一人が、いきなりそう切りだす。


「は、はい、ただ今」

 

 店員が、あわててケーキを箱に詰めこみはじめる。


「どういうことだ? いつも、ここに並んでいるケーキが無いではないか」


「はい、たった今、そちらのお客様がお買い上げになったものが最後です」


 店員は、私の方を指さした。


「おい、お前、買ったものを渡せ」


「馬鹿か、お前は? どこに自分が買ったものを、人にやるヤツがいる?」


 私の声で、それまでざわついていた周囲から音が消えた。  


「貴様、我らが誰か、分かって言っておるのか!」


「誰って? ケーキ買いに来て、理不尽振りまいてる馬鹿だろう」


「キ、キサマっ!」


 鎧の若者が腰からワンドを抜き、こちらへ向けようとする。

 私はとっさに、彼の鎧を押した。


 ドン

 ヒューッ

 ガシャガシャガシャ


 あれ?

 私は軽く押したつもりなのだが、鎧の男は店の外に吹っとび、石畳の大通りを転がっていく。

 動かなくなった男を、通行人が遠巻きに見ている。


「キサマっ! 我らに逆らう気かっ!」


 二人目の男が、私に殴りかかってきた。

 

 ドン

 ヒューッ

 ガシャガシャガシャ

 

 そして、三人目。


「我らは近衛騎士で……」


 ドン

 ヒューッ

 ガシャガシャガシャ

 

 鎧姿の三人は、ぴくりともせず大通りで横たわってるわね。


「ドン、ケーキ買ったし、帰ろうか」


「うん」


 これ以上もめ事が起こらないうちに、さっさとたち去るほうがいいだろう。

 痩身エステは、またの機会にしよう。

 両手にケーキの大箱を持ったドンを連れ、大通りから一つ裏通りへと入る。

 そこからさらに人気の無い路地に入りこみ、ドンからケーキの箱を受けとる。


「じゃ、ドン、空中散歩で、『アヒル亭』までお願い」


「うん、分かったー」


 ケーキの箱をゴリラバッグにしまいそれを胸に抱くと、ドンが私をお姫様抱っこした。

 空に舞い上がった私たちは、王都を後に『アヒル亭』へと向かった。


 ◇


「なんじゃと! どうして『ニャンコちゃんケーキ』が無い!」


 黒いローブを着た男が、鎧を着た若者三人に怒鳴っている。


「陛下がお好みのケーキが無いとは、どういうことだ!」


「そ、それが、ある女の子が、買い占めてしまいまして」

 

「たわけたことを申すな! 押収すればよいだけの話であろう」


「そうしようとしたのですが、そいつが化け物のように強くて……」


「たわけっ! お主はそれでも近衛騎士かっ!」


「は、はあ」


「すぐに探しだし、ケーキを奪ってまいれ!」


「そ、それが……」


「まだ何かあるのか?」


「ええと、その少女が空を飛んでいったという目撃情報が……」


「馬鹿者っ! 民の戯言ざれごとを信じてどうするっ!」


「しかし、ユニークスキルの可能性も……」


「とにかく、陛下が『ニャンコちゃんケーキ』をご所望じゃ。なんとかせいっ!」


 この日、慣れないながら厨房に立ち、ケーキ作りに挑戦した騎士三人は、少年王の不興を買い、一兵卒に格下げとなった。

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